49 断定と迷い
「確か、国王陛下に決闘開催を申請して承認されれば、花嫁は決闘で勝った方の妻になるっていう……」
「その通り。血の署名は我々の中で何よりも強い掟だが、結婚においては当然のごとく、国王陛下による結婚承認の方が強い効力を持つ……」
リカルドは、そこで大きな溜め息をつく。
「……そうですね? 父上」
「いまの時代においては行われたことのない、古い伝統だ。だがしかし、それが失われた訳ではないことは、伝統を重んじる我が家の人間であれば承知しているな?」
「……ですが……」
リカルドと同じ青色の瞳が、フランチェスカを見据えた。
「アルディーニは決闘を受けざるを得ないだろう。体裁を重んじる裏社会で、正々堂々たる戦いの申し込みを拒むのは恥だからな。そしてリカルドが勝てば、お嬢さんはアルディーニから逃れられる」
「で、でも、リカルドが勝つとは限りません」
「……」
反論に、リカルドの父が目を眇めた。
「――勝たせるさ。どのような手段を使ってでもな」
「……!」
冷ややかな迫力が放たれて、フランチェスカは押し黙る。
リカルドの父はそれを誤魔化すように、柔らかな苦笑を浮かべた。
「もちろん君が望まないならば、その後にリカルドとの婚約も解消して構わない。君は盟約による婚約から逃れ、自由の身になれる」
その言葉を聞き、フランチェスカは思わず隣の父を見上げた。
「パパはこのお話を聞かせるために、私をここに連れて来たの?」
「……」
父は、長い睫毛に縁取られた目を伏せると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「我が父の結んだ盟約の所為で、お前の意思にそぐわない婚約を強いて来た」
「パパ……」
「それを破棄するためになら、どれほどの犠牲も厭わなかったが……やさしいお前は、それすらも望まないだろう?」
やさしくも、それでいてはっきりとした声音が、フランチェスカに告げられた。
「どうしたいか、お前が選びなさい」
「……っ!」
その言葉に、左胸がぎゅうっと締め付けられたかのようだった。
(レオナルドとの婚約破棄は、私がずっと望んで来たこと)
だって今世こそ、普通の人生を送りたい。
普通に生きるには、ファミリー当主との結婚なんてもってのほかだ。この決闘によって解放されれば、裏世界の住人としてではなく、平凡な人間としての人生に近付ける。
(だけど……)
フランチェスカは、自分の感情がよく分からないままに口を開いた。
「……ふたつの家が同盟を組めば、五大ファミリーの力関係が変わってしまいます」
「カルヴィーノのひとり娘とアルディーニの結婚こそ、五大ファミリーの均衡を崩す一因だ」
「本当にレオナルドが悪いことを考えているかどうかなんて、まだ分からないですよね?」
「君はおかしなことを言う」
リカルドの父が、苦笑してフランチェスカを見据えた。
「俺たちはみな、例外なく悪人だよ」
「――……」
その言葉に、心臓の辺りがずきりと痛む。
隣の父が何も言わないのは、フランチェスカに選ばせるためだ。
リカルドの父に対し、怒っているのは明白である。それでもフランチェスカの考えに口出しをしないよう、好きにさせてくれているのがよく分かった。
「アルディーニは抗争に巻き込まれて、当主だった父親と跡継ぎの兄を亡くしている。しかし、それが当時十歳だったアルディーニ自身の策略だったという噂もあるくらいだ」
「父上。それは……」
初めてその話を耳にしたはずのリカルドが、戸惑ったように顔を顰める。けれどもフランチェスカは、真っ直ぐにリカルドの父を見詰め返した。
そして、迷いのない声で言い切る。
「レオナルドは、お父さんやお兄さんを殺したりしていません」
「……!」
そのことだけは、絶対に信じたかった。
だってフランチェスカは、レオナルドが父と兄の話をするときに、どんな表情を浮かべるのかをちゃんと知っている。
(レオナルドと婚約破棄をしたくて、そのために動いて来た。……だけど)
フランチェスカは俯いて目を伏せると、静かに深呼吸をする。
(それを選ぶために取れる手段が、レオナルドを敵に回す形での同盟を組むことだっていうのなら……)
そんな提案は受けたくない。
そう告げようとした、そのときだった。
「さっきから、随分と面白い話をしているんだな」
「!!」
響き渡ったその声を聞き、テーブルについていた全員が息を呑む。
(まさか……)
いつのまにか入り口に立っていた人影に、フランチェスカは目を丸くした。
「とはいえ不毛な話し合いだ。余興としては興味深いが、これが当主同士の『会合』だって?」
その青年は、襟元を開けた黒いシャツに、赤色のネクタイを緩く締めている。
上着には袖を通しておらず、肩に引っ掛けるだけで羽織って、両手をスラックスのポケットに入れていた。
一見すれば無防備なはずだ。けれど彼の何処にも隙が無いことは、誰の目に見ても明らかだった。
「こんな話をするためだけに、裏社会で御用達の人気店を貸し切るのはあんまりだ。第一に同じ当主の立場、それも当事者にあたる俺を仲間外れにするなんて、ひどいじゃないか」
「くそ……! 一体どこから情報を掴んだんだ」
リカルドの父が、小さく舌打ちした。
「奴の周囲を探らせて、王都不在の日を選んだんだぞ!? だというのに……」
その人物は、一歩ずつ悠然と、余裕のある足取りで歩いてくる。
「なあ? 当主の先輩方」
そうして、満月のような金色の瞳を細め、どこか妖艶に輝かせながら微笑んだ。
「――雁首揃えて遊んでるだけなら、どうか俺もそこに混ぜてくれよ」
(……レオナルド……!)
美しい顔立ちを持つ婚約者、レオナルドが、挑むようなまなざしで父たちを見下ろしている。