47 不自然な会食
「……グラツィアーノ、今日は特に機嫌が悪くない? もしかして、この会合について何か聞いてる?」
「別に。何も。一切聞いてないですけど?」
どう考えても何か知っている反応だ。けれど父に口止めをされているなら、フランチェスカが何を言っても教えてくれないのは分かっている。
「……よし。行こう」
諦めたフランチェスカは、気合を入れて背筋を伸ばした。
父と一緒に馬車に乗る。
しばらくして到着したのは、王都の中でも一等地にある、限られた人間しか出入りできないリストランテだ。
先に馬車から降りた父は、普段通りに周囲を警戒したあと、安全を確かめてからフランチェスカに手を伸べる。
「ありがとう、パパ」
その手を取ってフランチェスカも降りると、父は難しい顔をしたままフランチェスカを見下ろした。
「……パパ?」
「……いいや、なんでもない。行くぞフランチェスカ」
(やっぱり、いつものパパとは様子が違う……)
それを心配しながらも、父にエスコートされて店内に入る。黒服の給仕人が現れると、父に向かって頭を下げた。
「いらっしゃいませ、カルヴィーノさま。セラノーヴァさまはすでに、お席でお待ちです」
「ああ」
父は迷わずに歩き始める。赤い絨毯の敷かれた広いフロアに、テーブルはたったひとつだけだ。
窓際から離れて中央にあるのは、窓からの狙撃を防ぐためである。そのテーブルについているのは、リカルドとその父だった。
リカルドだけが席を立ち、父に向かって一礼する。席についたままである彼の父は、フランチェスカを見て驚いたように目を丸くした。
「カルヴィーノ。もしやそちらのご令嬢が、君の娘か?」
(やっぱり気が付くよね。私が、このあいだの夜会にレオナルドと居た人間だってこと……)
フランチェスカは父から手を離すと、ドレスの裾を摘んで礼をした。
「先日は、十分なご挨拶が出来ずに申し訳ありませんでした。フランチェスカ・アメリア・カルヴィーノと申します」
この挨拶で、リカルドの父も確証を得ただろう。彼は小さく息をつくと、着座のままこう名乗った。
「――私はジェラルド・カルロ・セラノーヴァだ。カルヴィーノ、これが私の息子で、名をリカルドという」
「リカルド・ステファノ・セラノーヴァです。カルヴィーノ家のご当主にお目に掛かることができ、恐悦至極に存じます」
そんな挨拶の場が終わったあと、彼らの向かいに着席した父は、フランチェスカにも促した。
「フランチェスカ。お前も座れ」
「はい、お父さま」
普段とは違う呼び方をすると、父がふっと息を吐き出す。
「そこまで畏まる必要はない。お前はいつも通りにしていろ」
「……?」
そんなことを言われて、ますます会合の意図が掴めなくなった。
フランチェスカがそっとリカルドを見遣れば、目が合ったリカルドは首を小さく横に振る。やはりリカルドも、父たちの目的が分からないままなのだろう。
フランチェスカの後に、リカルドも席に着き直す。するとリカルドの父ジェラルドは、おもむろに口を開いた。
「カルヴィーノ。早速だが……」
「まずは食事にする。文句を言うつもりはないだろう?」
「……」
父の言葉に、ジェラルドが口を閉ざした。重苦しい雰囲気が圧し掛かり、フランチェスカは慌てて口を開く。
「わ……わあ嬉しい! 私、すごくお腹が空いていたんです。ねえリカルド、楽しみだね!」
「あ、ああ……」
こうして、食事の時間が始まった。
料理が一皿ずつ運ばれてくるあいだも、フランチェスカはなるべく場を和ませるように会話を続ける。しかし、父たちの言葉数は少ないままだ。
「それで、リカルドがうちのグラツィアーノに勉強を教えてくれまして……」
「……」
「…………」
(ど、どうしよう。どうして私がリカルドのことを褒めれば褒めるほど、どんどん微妙な空気になってくの!?)
リカルドの話題を取り上げたのは、薬物事件に協力しないことへのせめてもの償いのつもりだった。息子の活躍をジェラルドが知れば、犯人探しが上手くいかない分を挽回できないかと期待したのだ。だが、なぜか父たちは沈黙している。
そんなことを繰り返した結果、最後の皿が下げられたときには、フランチェスカは大分疲れてしまっていた。
(こ……この一時間だけで、一日分のお喋りをしたような気がする……!)
ここまで頑張ってみたというのに、雰囲気が明るくなる兆しすら見えないままだ。
もう諦めようとしたところで、リカルドの父が口を開いた。
「――そろそろ話しても構わないろう? カルヴィーノ。そちらのお嬢さんも、随分と気を遣ってくれているようだ」
(気遣ってたことを察してたなら、ちょっとくらいは会話に乗って欲しかったんですが!!)
心の中でそう叫びつつ、表面上は大人しくしておく。父は不機嫌そうに溜め息をつき、懐からシガレットケースを取り出した。
上品なデザインの箱の中には、黒い紙巻き煙草が納められている。
金色のフィルターを咥えた父は、マッチで火をつけて、フランチェスカに煙がいかないように吐き出した。
(パパが煙草を吸いたがるのは、すっごく機嫌が悪いときと、悲しいとき)
恐らくいまは、機嫌が悪いときの方だろう。フランチェスカはどきどきしながらも、改めて姿勢を正す。
(あれ? だけど……)
とある違和感を覚えていると、リカルドの父が、深呼吸のあとで口を開いた。
「先日の続きだ、カルヴィーノ。是非とも正式に話を進めようじゃないか」
「……」
そしてリカルドの父は、思わぬ言葉を口にする。
「――そちらのお嬢さんと我が息子リカルドの、婚約についての話を」
「……え……」