45 次期当主として
フランチェスカの質問に、グラツィアーノは溜め息をついた。
「セラノーヴァ家の当主が、うちの当主を訪ねて来てたんです」
「リカルドのお父さんが?」
「お嬢を抱えたアルディーニと鉢合わせしないよう、工夫してこの部屋に通したんすけど……。あの様子じゃアルディーニは、来客の正体に気付いてたでしょうね」
各ファミリーの当主同士が、私的な交流の場を設けることは少ない。
ましてやどちらかの私邸で顔を合わせるとなれば、なにか秘密裏の話が行われる予定だった可能性がある。
それをレオナルドに知られることは、父にとって都合が悪かっただろうか。
「アルディーニが来たことをご報告したら、当主はすぐにセラノーヴァを帰しましたよ」
それを聞き、思わず項垂れた。
「私が酔っ払っちゃった所為で、パパのお仕事を邪魔しちゃったのかな……」
「別にお嬢の所為じゃないでしょ。そもそも事前に嗅ぎ付けていたアルディーニが、この家に来る口実作りでお嬢に酒を飲ませたのかも」
「もう、グラツィアーノ!」
弟分を叱りつつ、フランチェスカは頭を抱える。
「とにかくパパに謝らないと。私がレオナルドと一緒に帰って来たことも、パパがとんでもない行動に出る前に説明したいし……」
ちょうどそのとき、部屋にノックの音が響き渡った。
「どうぞ」と返事をすれば、開いた扉の向こうには、いま噂をした通りの相手が立っている。
「フランチェスカ」
「パパ!」
現れた父は、僅かに眉根を寄せていた。
そして説明された言葉に、フランチェスカは驚いて目を丸くしたのである。
***
その翌日、久しぶりにグラツィアーノとふたりで登校したフランチェスカは、昼休みにこっそりとある部屋を訪れていた。
このゲーム世界における学院は、日本の学校制度とあちこちが似せてある。扉のプレートに『風紀委員室』と書かれたその部屋で、フランチェスカは首を傾げた。
「じゃあ、リカルドも呼び出しの内容は知らないの?」
「ああ……」
奥の机に向かっているのは、裏社会一家セラノーヴァ家の跡取り息子であり、この学院の風紀委員長であるリカルドだ。
難しい顔でペンを走らせていた彼は、神妙に教えてくれた。
「父が突如俺に命じたんだ。三日後に父がカルヴィーノ家当主と行う会合、そこに『お前も参加しろ』と」
「うちのパパもおんなじ。『その際は十分に身なりを整えて』とも言われてて……はむ」
「ああ、同じだな。会合の主旨を尋ねたが、父は『当日話す』とはぐらかした。父は常に命令の意図がはっきりしているから、このような言い様は非常に珍しい」
「ほうあよねえ。……はむ、はむ、もぐ……」
「…………おい」
「んんん……。食堂の新作、ふっごくおいひい……!」
「おい、そこの淑女。食ってから話すか話してから食うか、どちらかにしろ!」
「……………………」
「……食う方を迷わず選ぶのか……」
なにせ昼休みは有限だ。風紀委員室のソファに座ったフランチェスカは、食堂で買ったサンドイッチをまずは元気に完食したあと、ふうっと息をついてから再開した。
「ああ、おいしかった。……それにしても、一体どうしたんだろ。あのパパが、私をファミリー同士の会合に出したがるなんて」
思い出すのは、昨日の父に告げられた言葉だ。
それは、『セラノーヴァ家との会合に、フランチェスカも参加してもらうことが決まった』という内容である。
(……ゲームでも、同じような会合が開かれるよね……)
フランチェスカの最大の憂鬱は、この点なのだった。
(ゲームシナリオの場合、いまは主人公とリカルドの調査によって、いくつかの事実が明らかになっている頃のはず)
その事実とは、『薬物事件の黒幕はレオナルド』で、『夜会ホールで招待客がおかしくなったのもレオナルドの所為』という点だ。
(その結果パパたちが同盟を結ぼうとするのが一章の中盤、つまりはこの時期の出来事。だけど私がフランチェスカであるこの世界で、リカルドはこのふたつに辿り着いていないよね……?)
その場合、『両家がレオナルドと対峙するための同盟を結ぶ』というイベントは発生しないのではないだろうか。
そう思っていたのに、フランチェスカは呼ばれてしまったのだ。
(『裏社会に関わりたくない』っていう私の我が儘に、パパはずうっと応えてくれてた。――だけど今回の話だけは、いつもと違う雰囲気だったな)
それを察したフランチェスカは、つい「わかった」と頷いてしまったのだ。
グラツィアーノからは朝の登校時、少し複雑そうな顔で、「お嬢がすんなり了承するとは思いませんでした」とも言われていた。
(おまけに今朝になってレオナルドの家から、『数日学院を休む』って連絡が来たのも変。パパたちの会合と関係あったらどうしよう)
フランチェスカは「ううーっ」と額を押さえたあとリカルドに提案した。
「考えても全然分かんない! ね、リカルド。四日後の会合まで、お互い何か分かったら情報交換しない?」
「……」
「……リカルド?」
リカルドは沈痛な面持ちだ。フランチェスカが首を傾げると、彼はぽつりと言葉を紡いだ。
「……すべては俺が、未熟な所為なのかもしれない」
「ど、どうしたの!?」
突然の吐露を聞かされ、慌てて立ち上がった。
「父から薬物事件の調査を命じられたものの、俺は成果を出せていない状況だ。父が不出来な俺を見限り、カルヴィーノと手を組もうと考えたとて、なんらおかしくはない……」
「不出来だなんてそんな!! リカルドは優秀だし、そんなに思い詰めなくたって」
「何が優秀なものか。そもそもこれが解決できなければ、俺は跡継ぎの資格を剥奪されることになっている」
「ひえ……っ!?」
想像以上の重圧に、フランチェスカはさっと青褪める。
「もっともそれは当然だがな。……伝統を重んじる我がセラノーヴァにとって、『薬物を侵入させない』という古くからの信条を守り切れなかったことは失態だ。このままでは信じて任せてくれた父の期待を裏切り、ファミリーの信用を失墜させてしまう」
「……リカルド……」
きっとこれは、いつも凛とした態度のリカルドにとって、珍しい弱音だ。
(授業が終わったら街で調査をして、学院内でも情報収集をして回って……ずっと真摯だったし、だからこそ疲れてたよね)
フランチェスカは、リカルドと特別親しい訳ではない。それでいて、当主の子供という近しい境遇だ。
だからこそ、何も事情を知らない人や、知りすぎている友人相手よりも吐き出しやすかったのだろう。
「同じ年齢のはずなのに、すでに当主として家を率いているアルディーニとは大きな違いだな。……所詮俺では、次期当主にふさわしくは無……」
「そんなのは違うよ!!」
「!」
思わず声を上げたフランチェスカに、リカルドが目を丸くした。