40 彼の深淵
「俺はろくでもない人間で、目的のためならなんでもする。……汚い手段も平気で使うさ」
「本当にそうなら、わざわざ口に出して言わないよ」
フランチェスカは少々呆れて、レオナルドに告げる。
「それこそさっきの質問には、『関わっていない』って即答するはず。あんな口ぶりじゃ、たとえ私がレオナルドを信じていたとしても、疑っちゃうかもしれないでしょ」
「……」
レオナルドが、そんなことに無自覚なはずはない。
「むしろレオナルドの言葉は、ギリギリのところで私に嘘をつかずに済むように、はぐらかしているように聞こえるよ? ――私があなたを信じないように、警告してるみたいにも思える」
「……っ、は」
思わずこぼしてしまったかのような、小さな自嘲が零された。
「俺は嘘つきだよ、フランチェスカ。そして君は本当に、人を疑うのが下手すぎる」
「し……叱られてる?」
「もちろん褒めている、心から」
レオナルドは向かい合ったまま、フランチェスカと手を繋ぐように指を絡めた。
「だけど心配だ。人を信じすぎると、いつか足元をすくわれるからな。……特に、俺たちの生きている世界では」
「……レオナルド」
「俺の父親と兄も、そういう性質の人間だった」
レオナルドの言葉に、フランチェスカは目を丸くした。
(家族の、話だ)
レオナルドの口からは、ゲームでだって語られていなかった。フランチェスカの緊張を、彼は悟ってしまっただろうか。
「あの日、馬鹿正直に敵対ファミリーの元まで出向いて行って、それでまんまと命を落としたんだ」
ゲームの登場人物のひとりは、その事件のことをこんな風に話す。
『敵対ファミリーの仕業だというのは嘘偽りで、本当は幼かったレオナルドが、自分が当主になるために仕組んだこと』だと説明するのだ。
「俺の父を殺すのは、さぞかし簡単だっただろう。あのころ子供だった俺にだって、そのことは簡単に想像できたくらいだ」
「……」
その語り口は淀みなくて、軽薄だった。
レオナルドを知る前のフランチェスカであれば、すぐさま嫌悪感を抱いていたはずだ。
けれどもいまは何となく、その向こう側にあるものの片鱗が見えるような気がして、それを見付けたくて目を凝らした。
「レオナルド」
フランチェスカは、真っ直ぐに彼の瞳を見つめる。
「私のことを、好きだって思ってくれる?」
「……」
問い掛けに、レオナルドはわずかに目をみはった。
そのあとで、心得たように笑みを浮かべる。
「……もちろんだ。親愛なる友人、フランチェスカ」
「ありがとう。お父さんやお兄さんは、私に似てるって言ったよね? だったら」
レオナルドが先ほど繋いできたその手を、フランチェスカからぎゅっと繋ぎ返す。友人に、少しでも何かが伝わってほしいと願いながら。
「……レオナルドは、お父さんやお兄さんのことだって好きでしょう?」
「――……」
そのときのレオナルドの表情は、どこか幼い子供のようでもあった。
知らない言葉を耳にしたかのような、忘れていた景色を目の当たりにしたような、そんな顔だ。
「……俺が?」
「……!」
ぽつりと紡がれたその問いを、絶対に逃してはいけない気がした。
「っ、そうだよ……!」
だから、フランチェスカは言い募る。
「亡くなったふたりのことが、好きなはずだよ。……私のことが好きっていうのが、嘘じゃないなら!」
「…………」
口を閉ざしたレオナルドが、あわく眉根を寄せる。
それはなんだか苦しそうで、けれども目を逸らしてほしくはなくて、フランチェスカは手探りで口にした。
「言ってみて。私のことが好きって」
その表現は、レオナルドが軽率に繰り返してきたものだ。
「おねがい」
「……っ」
その瞬間、レオナルドはほんの少しだけ顔を歪めた。
かと思えば彼の手が伸びて、ぎゅうっと抱き締められる。
「……レオナルド」
いつもの余裕なんて、まったくない。
どこか縋り付くような、そんな寄る辺ない触れ方に、フランチェスカは息を呑んだ。
そうして耳元で、少し掠れた声が紡がれる。
「――好きだ」
「…………っ」
その言葉に、胸の奥が締め付けられるような心地がした。
レオナルドはフランチェスカを抱き締め、どこか祈るように口を閉ざす。
それでも、フランチェスカの肩口へ甘えるように額を擦り付ける仕草が、言葉よりずっと饒舌に語るのだ。
「……なんて、な」
次に聞こえてきたのは、いつも通りの軽い声音だ。
レオナルドは腕の力を解き、ゆっくりと一歩後ずさると、不敵な笑みで冗談めかしたことを言う。
「びっくりしただろう?」
「……レオナルド」
「やっぱり君は、人を疑うのに向いてない」
彼はそんな風に言うけれど、ここで騙されることはない。
(……子供の頃のレオナルドが、お父さんたちを殺したなんて嘘だ)
そのことだけは、なんとなく感じられた。