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【アニメ化&5部完結】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
~第1部 極悪非道の婚約者~

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4 ここで会うとは思わない!

***




 レオナルド・ヴァレンティーノ・アルディーニは、ゲームにおける最大の悪役だ。


 漆黒の髪に、月のような金色の瞳。男性キャラながら睫毛は長く描かれ、目をみはるほど整った顔立ちに、やや細身だが高身長という体格をしている。


 立ち絵では不敵な笑みを浮かべ、強者でありながら底が知れないその振る舞いは、入手不可能な敵キャラでありながらも圧倒的な人気を誇った。


『ほらどうした? このままだと大切なものが壊れるぞ、フランチェスカ。……はははっ、そうそう、そういう表情が見たかったんだ!』

『俺が憎いか? 安心しろよ、その憎悪もいつか終わる。――俺がそのうち、ちゃんとお前を殺してやるから』


 強いカリスマ性を持ち、人の懐にすぐに入るのに、それはすべて目的のためだというキャラクターだ。


(前世では、本当にすごい人気だったんだよね……)


 ひとりで街を歩くフランチェスカは、過去の記憶を辿って考えた。


 この日はお忍び用のドレスを纏い、つばの広い帽子をかぶった格好で、王都一番の大通りを歩いている。こっそり屋敷を抜け出してきたから、お付きの護衛はついていない。


(都内の駅に大きなゲーム広告が出るときも、レオナルドひとりだけのバージョンがあったくらい。ゲームを始める前の私ですら、レオナルドの立ち絵イラストだけは見覚えがあったもんなあ。入手可能(プレイアブル)キャラじゃ無いのに)


 レオナルドは、この国で王家の次に権力を持つ五大ファミリーのうち、『強さ』を重んじるアルディーニ一家の若き当主だった。


 年齢は、フランチェスカと同じ十七歳だ。レオナルドが当主になったのは、彼の父と兄が死んだときで、ほんの十歳の頃だったらしい。


 そんな幼さで当主を継承する場合、通常ならば後見人がつき、お飾りの当主となる。


 けれどレオナルドは、裏社会を生きるために必要な才能を、すべて持ち合わせていた。


 明晰な頭脳、何者をも恐れない度胸、冷静に見極める慎重さ。人を惹きつける振る舞いをしながらも、彼自身は誰にも頼らないという冷徹な心。


 レオナルドは、幼い頃からそんな性質を発揮していた。

 そして当主として、一家に所属する大の大人たちを、たったひとりで率いてきたのだ。


(そして、そんなレオナルドの婚約者が『私』……)


 ふっ、と遠い目をしてしまう。


(それもこれも、私のおじいさまとレオナルドのおじいさまが、『両家の間に性別の違う子供が生まれたら、ふたりを婚約させる』って約束をしていた所為なんだけど……)


 そんなわけでフランチェスカは、物心つく前から将来の夫が決まっていたのだ。


(変な感じ。ゲームでは五歳から遠くの街に住み始めるし、いまの私は徹底的にレオナルドから逃げているから、この年齢になるまで一度も会ったことが無いのにね)


 帽子が風に飛ばされないよう、片手で押さえながら人混みを歩いた。

 四月の風は暖かく、人々もどこか浮き立っていて、街はとても賑やかだ。歩道の横の馬車道では、大きな馬車が何台も行き交っている。


(――大きな街)


 石畳の大通りを見渡して、フランチェスカは思わず足を止めた。


(この国が大陸で栄華を誇って、すごく豊かなのも、王家とそれを支える五つの家門があるお陰……)


 そしてフランチェスカは、そのうちのひとつであるカルヴィーノ家のひとり娘だ。


 家は権力を持っている一方で、たくさんの恨みも買っている。本来なら、その当主に溺愛されているいまのフランチェスカが、ひとりで出歩くことを許されるはずもない。


 そんな中、こうしてお忍びで屋敷を抜け出したのは、とある目的があるからだった。

 フランチェスカは目を瞑り、そっと集中力を研ぎ澄ます。


(……見てる。遠くもなく、近くもない場所から、ずっと私のことを)


 屋敷を出た直後から、その気配はしっかりと感じていた。


 どんな目的を持った何者なのかは、考えるまでもなく分かっている。

 だって明日は、フランチェスカの学院転入日であり、今日がメインストーリーの開始日だ。


(……来る……!)


 ぱちりと目を開いた瞬間に、隣を通りすがった馬車から、いきなり大男の手が飛び出してきた。


「――っ」


 馬車から出て来たその腕が、フランチェスカの腰のリボンを引っ掴む。


 体の重心を捉えられて、フランチェスカの体が呆気なく浮いた。馬車内にはカーテンが引かれており、その中へ強引に引きずり込まれかける。


「わああっ、なんだ!?」

「おい、女の子が攫われそうだぞ!!」


 往来の人々が声を上げ、慌てて駆け寄ろうとしてくれた。けれども馬車は猛スピードで、決して追い付けそうもない。


(――シナリオの通り!)


 ただひとり、攫われそうなフランチェスカ本人だけが、頭の中まで冷静だった。


(ゲームでも、私はモブに攫われる。レオナルドの指示によって)


 馬車へ容易に引きずり込まれないよう、足を馬車の扉に押し付ける。そして、自分を引っ張ろうと四苦八苦している手を見遣った。


(これ! これが確かめたかったの! 十二年前に思い出したゲームの記憶が、本当にすべて正しかったのか……これでようやく確信が持てた、シナリオの出来事は実際に起こるんだって!)


 メインストーリーの冒頭は、フランチェスカの誘拐事件から始まる。

 レオナルドが仕組んだその策略により、ここから事件が幕を開けるのだ。


(目標は達成! このエピソードはプロローグで、『敵』がレオナルドだと分かるのは一章の終わりだ)

「くそ、この餓鬼……! 抵抗するな、痛い目を見るぞ!」

(私はこのプロローグで、怪我もせず無傷で帰れる代わりに、五大ファミリー同士が争う事件の幕開けに利用されるわけだけど……)

「抵抗するなって言ってるのが、聞こえないのか……!」


 馬車の中から、男の焦るような声が聞こえる。だが、知ったことではない。


(馬車の中には構成員だけ。ここにレオナルドは居ない。……このエピソードにはもう、用はないよね)


 馬車の速度が速いせいで、被っていた帽子が飛んでいった。そのことはひとまず無視しておいて、フランチェスカは作戦をする。


「……えいっ」

「あ!?」


 手を伸ばしたのは、自身の腰のリボンだった。

 それはつまり、男に掴まれている部分だ。男が掴んでいるのは後ろ側で、結び目は前である。


 それをしゅるりと解いた瞬間、フランチェスカは男の手から解放された。


「ば、馬鹿な!!」

「よいしょ」


 当然ながら、凄まじい速度の中でのことだ。普通ならこうして飛び降りても、着地の時に大怪我をする。

 けれど、この日のために幼い頃から対策を練ってきたフランチェスカは、受け身を完璧に取ることが出来た。


「……っとと」


 ヒールのない靴を履いてきているから、そのまま軽やかに着地する。ドレスの裾が翻り、はしたなくないように手で押さえた。


 見ていた人たちが戸惑いつつも、思わずといった雰囲気で拍手をし始める。


(よし、帰ろう! シナリオの内容が現実に起きるんだって分かったから、やりたいことはいっぱいある。普通の人生を送るために、この調子でレオナルドを回避して、学院でたくさん友達を作ろう!)


 そんな決意を新たにし、辺りをきょろきょろと見回す。唖然とする人々の中に、飛んで行った帽子がないかを確かめた。


(風の向きは南南西。馬車の速度を考えると、帽子、あっちの方に飛んで行っちゃったかなあ……?)


 そう思って振り返った、そのときだった。


「探しているのはこれか?」

「……!!」


 フランチェスカが息を呑んだ瞬間に、再び体が浮き上がる。


(っ、一体なに……!?)


 先ほどの馬車のように、近付く気配すら感じなかった。


 首根っこが呆気なく捕らわれ、引っ張り上げられた。そうかと思えば、高い場所にすとんと横向きに座らされて、手綱を握った人物と向い合わせになる。


「あ…………」


 引っ張り上げられたのは、石畳を走る馬の上だ。ぐっと腰に回された腕によって固定され、思わずその人物にしがみつく。


 そのあとで、思わず息を呑んでしまった。

 だって、フランチェスカを捕らえたその男が、記憶に描いていたよりも圧倒的な容姿を持っていたからだ。


 吸い込まれそうな漆黒の髪に、陶器のような白い肌。

 長くくっきりした睫毛に、通った鼻筋、酷薄そうなくちびる。


 たとえこんな状況であろうとも、彼の姿は呆然とするほどに美しい。



「――つかまえた。俺のフランチェスカ」



 男が笑い、フランチェスカの頭に帽子を被せてくれる。

 そこだけ見れば、紳士的な仕草だ。けれども冷たいその瞳には、窺い知れない思惑が秘められていた。



(……私の敵、『レオナルド』……!!)



 フランチェスカを真っ向から見据えるのは、満月をそのまま象ったような、金色の瞳なのである。




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