36 うれしい、だけど
※昨日、3話(33話~35話)を一気に更新しています。
※昨日の更新分をすべてお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
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「……はあ、疲れた……!!」
ホールを出た先にある中庭のベンチで、フランチェスカは息をついた。
事態が収束して安堵するも、とにかく第一声はこれにつきる。はらはらしたし緊張したし、何よりあちこちの筋肉も使った。こうなればもう、『疲れた』以外にないだろう。
足を投げ出すようにして前に伸ばし、お行儀は悪いのだが爪先を左右に揺らす。
少し肌寒いと思っていたら、レオナルドが当然のように上着を脱いで、フランチェスカの肩にかけてくれた。
「……ありがと」
「これでも寒かったら、くっついてもいいんだぞ」
「それは遠慮しとく……」
レオナルドは冗談だったようで、固辞の言葉に小さく笑った。
「それにしたって、本当に君は予想がつかない。飛び出してあちこちに跳弾する、弾丸みたいだな」
「それ、褒めてるつもりはまったく無いよね!?」
いつもなら、嘘くさい賛美がすらすらと出てくるのがレオナルドだ。しかし、その微妙な表現の仕方からは、本音の気配が感じられた。
「……リカルド、このまま黙っててくれるかな」
俯いてぽつんと呟いたフランチェスカに、レオナルドは言った。
「まあ、馬鹿みたいに頭が堅い男だからな。隠しておくのが礼儀だと判断したなら、愚直にそれを貫くんじゃないか」
「よかった。……それにしても、本当は今夜、ちょっと期待してたんだけどな」
「期待?」
「……夜会で、お友達を作るチャンスがあるかなって」
けれども結局はこうなった。そのことが、心底残念で仕方ない。
(今世でも、結局ひとりも友達が出来ないんじゃ……)
レオナルドは、しばらくフランチェスカのことを見下ろしたまま、やがてこんな風に口を開いた。
「……そんなに欲しいんだったら、いっそ俺がなってやろうか?」
「?」
その言葉に、フランチェスカは首を傾げる。
「なるって、なにに?」
「それはもちろん」
満月の明かりの下にあっても、レオナルドの瞳は月色だ。
本物の月よりも輝く瞳を、フランチェスカは真っ直ぐに見上げる。
「君の、『友達』とやらに」
「…………」
思わぬ提案に、ぱちりと瞬きをした。
「レオナルドが、私の友達……?」
「……なんて」
レオナルドは僅かに眼を伏せて、どこか自嘲的な表情を浮かべる。
「悪かった。君はそんなもの――……」
「…………っ、ほんとう……!?」
「!!」
あまりにも素敵なその言葉に、フランチェスカは身を乗り出した。
「ほんとうの、本当に!? レオナルド、私の友達になってくれるの……!?」
「――……」
きらきらと瞳を輝かせ、レオナルドの顔を間近に見据える。
確かめているのはフランチェスカの方だ。
なのに、どうしてかレオナルドの方こそ不思議そうに、幼い子供のような目でこちらを見下ろしていた。
そうしてレオナルドは、ゆっくりと微笑む。
「君が、俺にそう望むなら」
「っ、わああ……!」
まるで夢のような返事をもらい、フランチェスカの頬が赤く染まった。
「ありがとうレオナルド! それじゃあ今度から、移動教室のときに一緒に行ったり、学食でお昼も一緒に食べる!?」
「ああ、食べよう。約束だ」
「……!! あとあと、学院にも一緒に登校したいし、帰りもおんなじようにしたい!」
フランチェスカが大はしゃぎで口にすると、レオナルドは少しだけ目をみはる。
「一緒に登下校……」
「それから、放課後に寄り道して遊びに行くのは!? そこでお買い物したり、お互いに贈り物を買ったりするの!」
「……君、それは」
レオナルドは何か言い掛けたあと、おかしそうに俯いて肩を震わせた。
「っ、はは!」
「え!?」
何かを間違えているのかと思い、フランチェスカは慌ててしまう。
「友達、そういうことしない?」
「……いいや?」
レオナルドはすぐに顔を上げると、フランチェスカの手を取って繋ぐ。
「しよう、たくさん。君が『友達』とやってみたいことを、これから全部俺に話してくれ」
「うん! うわあ、どうしよう。生まれて初めての友達だ……」
「……それと」
レオナルドはくすっと笑い、フランチェスカの耳元にくちびるを近付けた。
「……悪い男に騙されるのは、どうか金輪際、俺だけにして」
「……?」
友達からの忠告だ。
これはつまり、もう騙さないという宣言なのだろうか。
(どうしよう……。友達が出来た、とうとう出来ちゃった、私の友達!! ……だけど)
わくわくと胸が躍るものの、頭の中ではこうも考える。
(――『友達』に、話すわけにはいかないことがたくさんある)
フランチェスカが目を伏せたのは、先ほどの出来事を思い出したからだ。
(ゲームのシナリオでは、さっきの事件を起こしたのはレオナルド。レオナルドが持っている、他人を支配するスキルを使って、ホール中を混乱に陥れたって言われていた)
だが、そんなはずはない。
(レオナルドはそのスキルを、私に対して使っている)
スキルには、使用制限があるのである。
一回使えば、しばらくは使えない。
スキルの強力さによってその時間は延びるため、レアリティが5のキャラクターのスキルともなれば、使用後に丸一日は使用不可となるはずだ。
(スキルの使用回数を回復させるスキルは、この世界で私くらいしか持たないってゲームで言われてた)
実際にこの世界で生きていても、そんな話は聞いたことがない。
(レオナルドが、あのスキルでホールの人たちをおかしくしていたなら、あのときバルコニーで私を這い蹲らせたりできなかった)
もちろん、レオナルドの持つ残りのふたつのスキルが、人を意のままに操るものの可能性はある。
しかし、『前世におけるゲームのシステムバランス』という面で推測すると、ひとりのキャラクターにほとんど同じ効果のスキルが設計されているとは考えにくいのだった。
スキル枠は最大三つなのだから、そのうちの二枠を潰してしまえば、いくらなんでも課金者が減ってしまう。
(もちろん、レオナルド本人がやったことじゃなくて、配下の人たちにやらせた可能性もある。私の誘拐事件みたいに)
だから、まだ判断することは出来ない。
けれどもフランチェスカの中には、新たな可能性が生まれていた。
(ゲームの序盤から、『黒幕』として描かれていたレオナルド)
月の色をしたその瞳を、満月の明かりの中で見据える。
(――だけど、ゲームの終盤で『本当の敵』が現れるのだって、物語の王道のひとつだよね……?)
レオナルドは、本当に黒幕の悪役なのだろうか。
(私が生きている間に配信されたストーリーは、全七章のうちの五章まで。それ以降の章で、本当の黒幕がほかにいると明かされる可能性は十分にある)
そして、その場合。
(真実の敵が他にいるなら、ずっと主人公の傍にいるキャラクターこそが、本当の黒幕になるのが王道なんじゃ……)
思わずこくりと喉を鳴らした。
前世で流行った物語には、フランチェスカもいくつか手を出している。終盤になり、身近な人物が敵だと分かることは、そんなに珍しい話ではなかったような気がした。
(ゲームの前半で関わる人たちが、黒幕の可能性だってある。……リカルドだけじゃなくて……)
「フランチェスカ」
レオナルドがやさしく微笑んで、フランチェスカへと手を伸ばす。
「馬車の停留場に向かおう。実は、君のお父君や弟分がこっそりホールの様子を見に来ていたのを、ホールに着いた瞬間に気付いていた」
「……パパたちが……?」
こくり、と喉を鳴らした。
「もっとも、俺たちが入場してからすぐに、君に見つからないように退場したようだが」
(このホールに、来ていたなんて)
妙な胸騒ぎに、小さく俯く。
もちろんシナリオの通り、レオナルドが敵の可能性もあるだろう。いくらレオナルドが『友達』になったからといって、その点で信用できたわけではない。
けれど、そうでない可能性も、この一晩で生まれてしまったのだ。
フランチェスカは、レオナルドと一緒に歩き出しながらも、心の中で考える。
(……本当の黒幕は、誰……?)
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3章・終わり




