35 伝統と礼節
※本日3回目の更新で、朝6時と夕方18時にも更新しています。
※前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
目を丸くしたレオナルドから手を離し、フランチェスカはリカルドの腕を掴んだ。
「私のスキル、『一回だけスキルの使用回数を回復させる』効果があるの。だから」
「……!! 本当か!?」
すべてを話した訳ではないが、説明の部分に嘘はない。実際はスキル自体を恒久強化するものであることを伏せ、フランチェスカは頷いた。
リカルドのスキル発動中は、リカルド自身に隙が生まれる。錯乱した人たちに取り囲まれた中で、フランチェスカはレオナルドにもこうねだった。
「レオナルドお願い、セラノーヴァさんを守って!」
「俺が守るのは君だ、フランチェスカ」
それならば、フランチェスカがリカルドの傍にいればいい。目を瞑り、自身のスキルを発動させて、リカルドのスキルを強化する。
(――強化回数、『二回』――!)
手袋を外した手を通し、温かな力を流し込む。リカルドが目を見開いて、小さく呟いた。
「……使える。これならば、『全体防御』のスキルと共に、もうひとつのスキルも……」
(そうだよリカルド。全体防御だけでなく、そっちもちゃんと強化した)
フランチェスカは手を離す。数人の男がナイフを振り上げ、フランチェスカたちに襲い掛かってきたものの、レオナルドはすぐさまそれを殴り飛ばした。
(スキルの使い方だけじゃなく、単純な身体能力も高すぎる……)
レオナルドの方を見ながらも、リカルドの気配に気を配った。これだけ広範囲に全体スキルを使うには、相当の集中力がいるはずだ。
「――スキル、『全体防御』」
彼が口にしたその瞬間、ホール内にいる人々の体を覆うように、青白い光がじわりと滲んだ。
(これで防御スキルが再適応された。――でも、これだけじゃない)
リカルドのスキルは把握している。
スキルレベルを最大まで上げれば、味方全員に一切のダメージが通らなくなる全体防御。それから、味方の攻撃力を強力に上昇させる、攻撃補助。
そして、『味方全体の状態異常を回復する』という、治癒スキルだ。
(最初に支配された人が出た瞬間、リカルドはすぐさま治癒スキルを使った。お陰で最初のひとり、その人だけは正常に戻れたけれど、『状態異常』がホール全体に広まっていくのはその後のこと……)
リカルドの迅速な行動により、スキルの使用残量がゼロになった結果、却って危機に陥ってしまったのだ。
だが、いまはその使用残量を回復させている。
リカルドは目を開き、ホールの床に手で触れた。
「…………っ!」
びりびりとした感覚が、足元を放射状に広がってゆく。
スキルの力を操るには、人それぞれ集中しやすい方法があるのだ。目には見えないスキルの治癒力が、リカルドによって正確に適用されてゆくのを感じた。
「ぐ、う……」
「……?」
先ほどまで暴れていた人たちが、小さな唸り声と共に倒れ込む。
床へとしたたかに身を打っても、防御スキルのお陰で軽傷のはずだ。少しずつ罵声が消えて行って、やがてホール内は静まり返った。
「終わった、のか……?」
「た、助かったぞ……!!」
「リカルド! おい、いったい何が起こったんだ!!」
リカルドの父が、息子を案じて駆け寄ってくる。それを見て、フランチェスカはぎゅっと目を瞑った。
(うううあーっ、もう駄目だあ……!!)
リカルドはこれから間違いなく、父に報告するだろう。彼の生真面目な性格は、ゲームでもたびたび語られていた通りだ。
(スキル強化の能力を知られたくないから、『スキル残量回復』なんて表現をしたけど。一度使ったスキルを、またすぐに使えるようにするスキルだって、この世界では他にない希少なものだ……)
レオナルドと共に夜会に来た、赤い髪に水色の瞳を持つ『フランチェスカ』。これがカルヴィーノ家の娘だということには、絶対に誰かが気付いてしまう。
スキル無しの嘘がバレるだけでなく、持っているスキルの希少性を知られてしまったとき、フランチェスカの状況は大きく変わってくるだろう。
(……起きてしまったことは仕方ない。嘆かない。自分で分かってて覚悟したこと、受け止めよう……)
自分にそうやって言い聞かせ、フランチェスカは目を瞑る。
けれど、夜会用ドレスから露出させた肩を、後ろに立ったレオナルドの手が柔らかく包んだ。
「いかに無粋なリカルド君でも、ここでやるべきことは分かってるよな?」
「……馬鹿にするな」
(え……?)
リカルドはレオナルドを睨みつけたあと、父の方へと歩き出す。
「父上!」
そして、こんな説明を口にした。
「どうやら、錯乱して自らのスキルを発動した者の中に、俺と似たスキルの人間がいたようです」
「!!」
その言葉に、フランチェスカは目を丸くした。
「お前と似たスキル? ……全体防御と状態異常回復を持つ者が、この場にいたのか?」
「はい。恐らくは、自分が何をしているか分からなくなっている中で、発作的にそれらのスキルを発動させたのでしょう」
(リカルド、スキルを使ったのが私だって隠してくれてる……?)
ぱちくりと瞬きをするフランチェスカに、レオナルドがそっと耳打ちした。
「さすがの堅物も空気を読んだな。さあ行こう、フランチェスカ」
「で、でも」
「ここに留まると面倒だぞ。セラノーヴァの目が向いていないうちに、一旦は帰ろう」
そう促されて従いつつ、ちらりとリカルドを横目で見る。
リカルドは、フランチェスカの視線に気づいたあと、父親には分からないように一礼してみせたのだった。
***