339 大切な人
レオナルドは、フランチェスカの背中をとんっと撫でる。
「君と出会う前の俺でも、きっと同じ選択をしていたさ。――裏切り者は、粛清しなければならない」
「……レオナルド」
「だが、君の願いがあるからこそ」
フランチェスカを抱き締め返す腕は、まるで、小さな子をあやすかのようだ。
「俺は一切の迷いもなく、この道を選べる。兄貴が生み出す悲劇を止めなければ、君に幸福な運命をあげられない」
僅かにふたりの身体が離れる。
「愛おしいフランチェスカ」
レオナルドの持つ金色の瞳に、泣き出しそうなフランチェスカが映り込んだ。
「俺は、俺自身がこうあるべきだと思う生き方を選んだよ」
「……レオナルド……」
レオナルドの左手が、フランチェスカの頬に添えられる。
「……っ」
くちびる同士が淡く重なる、とても優しい口付けをされた。
フランチェスカの悲しみを溶かそうとするように、そうっと触れる。そうして離れたキスのあと、レオナルドが笑った。
「どうかそんな顔をしないでくれ。今はただ、君が無事に帰ってきてくれた、それだけでいい」
(……うそつき……)
本当は、悲しいはずだ。
(小さなレオナルドは、お父さんとお兄さんのことが、大好きだった)
幼い頃のレオナルドが、ふたりを心から慕っていたと知っている。
その想いが、急に掻き消せる訳がない。父を喪い、それが兄による策略だったと暴かれて、どんな心情でいるのだろう。
(それでもこうして、なんでもないみたいに笑う。自分には悲しむ資格すら無いって思い込んでいる。だけど)
フランチェスカは、レオナルドの上着をぎゅっと握り込む。
「帰ってきただけ、じゃないよ」
「……フランチェスカ?」
「もう一度。……ううん、何回でも言う」
両手でレオナルドの頬をくるみ、今度はフランチェスカからキスをする。
「!」
「……レオナルドが好きだよ」
丸く見開かれた月の瞳を見上げ、祈るような気持ちで告げた。
「……レオナルドを幸せにするために、なんでもするから……」
「フランチェスカ……」
そのまま彼の首へと腕を回し、想いを込めてぎゅうっと抱き締める。
後ですごく恥ずかしくなるのは分かっていて、だけど、どうしても離したくなかった。
「あなたが大事。……私の、大好きなレオナルド」
「…………っ」
もう一度フランチェスカが重ねたキスを、レオナルドは大切に受け止めてくれる。
短く息を詰めたレオナルドの頭を、何度も撫でた。
(レオナルドが大事。レオナルドが大好き。……大切、愛おしい、私の……)
そのひとつずつが、少しでも伝わるようにと願いを込めて。
「……レオナルドの悲しさを、全部消してあげたいな」
「…………」
耳元で小さくそう囁いたら、レオナルドがまるで懇願するように、ぎゅうっと強く抱き締め返してくれた。
「君が幸福なら、何もいらない」
「……レオナルド」
その声が僅かに掠れていて、フランチェスカは心配になる。
「ひょっとして、スキルを使いすぎた反動が出てるんじゃ……」
レオナルドが他人から奪ったスキルは、使い過ぎると身体に負荷が掛かる。フランチェスカを探すために、間違いなく無理をさせているはずだ。
「もう休もう、カルロさんを呼んでもらわなきゃ」
「……君の診療が先だ。洗脳の後遺症がないかを、確認する」
「駄目だよ!」
「!」
レオナルドの瞳を真っ向から見据えて、譲れない気持ちでこう告げた。
「レオナルドが幸せじゃないと、私も幸せじゃないんだから。……いまは絶対に、レオナルドが優先!」
「――――……」
息を吐き出したレオナルドが、フランチェスカに微笑む。
「分かった。……君が無事だと伝令を出すから、カルロが君を診られるようになるまで、俺の傍に居てくれ」
「うん!」
大切な人たちの居るところに、ちゃんと帰ってくることが出来た。
この世界に生まれて、『フランチェスカ』として生きている。その喜びを、改めて噛み締めるのだった。
***
「――『クレスターニ』を名乗る面々は、屋敷から姿を消したようです」
夜が更けた王城で、小さな執務机に向かう国王ルカは、報告に耳を傾けていた。
「その場に残った戦闘要員は、洗脳された無関係の人間です。恐らく、取り調べても徒労に終わるかと」
「……そうだろうなあ」
外見だけは幼い子供でありながらも、ルカの実年齢は百を超えている。
無垢な瞳に慈愛を宿し、くちびるには柔らかな微笑みを浮かべて、ルカはこんなことを口にした。
「仔細は明日、改めて議論する。まずは何よりも、フランチェスカが無事であったことを喜ぼうではないか。……手が必要であればいつでも貸すと、エヴァルトに伝えてくれ」
「は」
一礼した臣下に退室を促して、ルカはゆっくりと目を瞑る。
「可愛い可愛い、子供たち」
ひとりきりの部屋に、柔らかな幼な子の声が響いた。
「――許しておくれとは、決して言うまい」
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【悪党一家の愛娘 第6部・スタート】




