338 子供の頃の
凄まじい熱を帯びた炎の蛇が、シルヴェリオに食らい付こうとした、その瞬間だ。
(結界……!)
硝子のように透き通った壁が、シルヴェリオの前に顕現する。
壁に防がれて広がった炎が、ごうっと風を切るような音を立てた。熱風が室内に吹き荒れて、フランチェスカは顔を顰める。
守るように抱き込んでくれたレオナルドが、続いてもうひとつのスキルを放った。
シルヴェリオの頭上へ現れたのは、氷で出来た剣だ。
数百は超える無数の氷が、切先をシルヴェリオの方へと向けた。
(ルキノが使ったのと、同じ技)
氷が一斉に降り注ぐ。シルヴェリオは涼しい顔をして、透明な結界でそれを弾いた。
「すごいじゃないか。レオナルド」
椅子に掛けて頬杖をついた姿勢のまま、穏やかに笑う。
「見事な制御だ。他人のスキルを扱うのは、強力なものほど難しいのに」
剣が降り、防がれて、氷の砕ける音が幾度も響く。淡々とした表情のレオナルドに、暖かな声音が寄せられる。
「――強くなったな」
「…………」
一層大きな氷の一撃が、強い衝撃と共に砕け散った。
それと同時に、フランチェスカとレオナルドの身体が、柔らかな光に包まれる。
(このスキル、転移の……!?)
シルヴェリオは先ほど、フランチェスカたちをここに招くのに、転移スキルを使ったはずだ。
奪取方法がレオナルドと同じ条件ならば、それだけ多くの『親しい人の亡骸』から、スキルを奪っているということだった。
「ひとつだけ聞く。兄貴」
「ん?」
フランチェスカを抱き寄せたレオナルドが、シルヴェリオへと尋ねる。
「俺があんたなら、父さんが死んだ七年前の時点で、俺のことも連れて行ったはずだ。説得――洗脳してでも計画に巻き込み、あんたの配下として動かしていただろう」
冷静に状況を見定めるまなざしが、真っ直ぐに兄へと向けられた。
「どうしてあのとき、俺のことを置いて行った?」
(……レオナルド……)
すると、シルヴェリオは微笑んでこう答える。
「お前が、やさしい子だからだよ。レオナルド」
「…………ははっ」
軽やかに笑ったレオナルドの声が、フランチェスカの左胸を締め付ける。
「良い理由だな。馬鹿馬鹿しい!」
そう言って、フランチェスカの額にくちびるを寄せ、軽く口付けた。
「俺がやさしくしてやりたいのは、フランチェスカだけだ。彼女を傷付ける一切が、この世界に要らない」
(……レオナルドは平気そうに笑ってる。だけど、本当は)
「だから、忘れるな。……シルヴェリオ」
僅かに目を細めたレオナルドが、兄に言い切った。
「――あんたは、俺の敵だ」
「……ああ」
シルヴェリオは、寂しそうに微笑んで瞑目する。
「会えて嬉しかったよ、俺の弟。いずれまた」
「待って、シルヴェリオ! レオナルドは――……」
フランチェスカが言い募ろうとした、そのときだ。
「!!」
転移によるものらしき浮遊感が、四方から襲い掛かってきた。
レオナルドに強く抱き締められて、フランチェスカも彼に手を伸ばす。レオナルドを守らなくてはと、受け身を取ろうとした直後のことだ。
「わ……っ!!」
身体が空中に放り出される。
上下と左右が分からなくなり、どさっと倒れ込んでしまった。
(やっぱり、転移させられた……!)
痛みを感じなかったのは、レオナルドが下敷きになってくれたからだ。慌てて身を起こしたフランチェスカは、真下の彼を覗き込む。
「レオナルド、ごめん、大丈夫!?」
「ああ」
すぐに降りてあげたかったが、レオナルドの腕が腰へと回されている。床に仰向けのレオナルドが、フランチェスカを見上げて笑った。
「君こそ、怪我はしていないか?」
「私は平気! だけど」
危険がないか確認するべく、フランチェスカは周囲を見渡す。
「ここ、何処だろう……?」
どうやら転移させたれた先は、誰かの屋敷の一室のようだ。
家具もなく、窓にカーテンも掛かっていない。がらんどうの一室には、月の光が差し込んでいる。
「俺の部屋」
「え……」
思わぬ言葉に、フランチェスカは瞬きをした。
言われてみれば、フランチェスカたちが投げ出された床は、確かにアルディーニの屋敷のものだ。
「俺たちを、送り届けたつもりなんだろう」
フランチェスカを離さないまま、レオナルドが身を起こす。座ったレオナルドの膝に乗るような体勢で、彼を見上げた。
(だけど、私が知ってるレオナルドの寝室は、大きなベッドとソファがあって……)
こんな空っぽの場所ではない。
フランチェスカの戸惑いを眺め、レオナルドが優しい声音で言う。
「……兄貴も馬鹿だな」
綺麗な指が、フランチェスカの髪を撫でてくれた。
「子供部屋なんて、いつまでも使っているはずがないのに」
「…………っ」
とても泣きたい気持ちになって、咄嗟にレオナルドを抱き締めた。
「フランチェスカ?」
「……」
無垢な驚きを浮かべたレオナルドに、小さな声で尋ねる。
「大聖堂の地下で、シルヴェリオの幻覚と戦ったんだよね?」
「……ああ」
「『次もちゃんと殺せる』って、そう言ってた」
レオナルドはあのとき既に、自分の兄が『クレスターニ』である可能性に気が付いていたのだ。
その上で、覚悟を告げてくれていた。
「シルヴェリオとの敵対を選んだのは、私のため?」
「…………」




