336 奪う者の血
【第6部1章】
王国を危機に陥れ、たくさんの人を悲劇に巻き込んだ、その男。
灰色の髪に、月の色をした瞳を持つクレスターニを前にして、フランチェスカは息を飲む。
(この人が、レオナルドの……)
頭は酷く混乱していた。
それでもただひとつ、明確に分かっていることがある。
(訳が分からない。知りたいこともたくさんある。だけど、今はとにかく)
フランチェスカ自身の動揺なんて、どうでもいい。
(レオナルドの傍に、居てあげないと……!)
「!」
フランチェスカを背に庇ったレオナルドの手を、迷わずに両手で握り込んだ。
「……フランチェスカ」
「大丈夫」
彼の背中に隠されるのではなく、隣に並び立ってクレスターニを見据える。
「私が絶対に、味方でいる。……だからレオナルドは、レオナルドがやりたいことをして」
「……」
フランチェスカの言葉に、レオナルドはひとつ瞬きをした。
その上で、柔らかく微笑む。
「……ありがとう」
指同士を絡めるように繋ぎ返されて、フランチェスカは大きく頷いた。
そんな中、椅子の肘掛けに頬杖をついたクレスターニは、微笑んでレオナルドのことを眺める。
「教えてくれないか、レオナルド。一体いつから気が付いていた?」
いつでもレオナルドを守れるように、フランチェスカは身構えた。
そんなフランチェスカを微笑ましそうに見遣りながら、クレスターニが問い掛ける。
「お前の敵が、自分の兄だということに」
(…………っ)
場違いなまでに穏やかな声音に、フランチェスカは憤りを感じる。
しかしレオナルドは、感情の窺えない無表情に戻り、クレスターニへと静かに告げた。
「んー…………そうだな」
つまらないことを考えるような、そんな声音だ。
レオナルドはクレスターニの挑発に乗らず、こう口にする。
「――俺はもともと、『黒幕』が持っている能力のうち、『集団洗脳』と『洗脳』は別のスキルだと考えていた」
(……?)
レオナルドが切り出したことの真意が分からず、フランチェスカは横顔を見上げる。
(確かに、あのふたつのスキルは、似ているようで違うけれど)
クレスターニの集団洗脳による支配は、大勢を操り人形のように動かすものだ。一方で洗脳スキルは、誰かを強固に支配しつつ、一見すれば普段通りのように見せ掛けられる。
「そうなれば、残るスキルは最大でもあとひとつ。……ラニエーリ家の森で、あんたは、撃たれそうになったフランチェスカを助けたよな」
(私が、崖から落ちたときだ)
ゲームの二章、グラツィアーノの父が暗殺されるシナリオの攻略時に、フランチェスカは襲撃に遭った。
その際、誰かの雷のスキルによって、窮地を脱することが出来たのだ。
「俺があんたの配下なら。……ご主人さまにフランチェスカの監視を命じられて、彼女が目の前で撃たれそうになったとしても、それを独断で助けはしない」
「ははっ」
クレスターニは機嫌が良さそうに目を細め、脚を組み替えた。
「当然だ。そんなことをしたら、自分の存在がお前に察知されるからなあ」
「だろ? つまり、あの場でフランチェスカに干渉する判断が出来るのは、ボスである『黒幕』本人だけだ」
(そういえば)
あのときの会話で、思い出したことがある。
レオナルドは、フランチェスカを助けるために雷のスキルを使ってくれた人物について、こう言ったのだ。
『――恐らくは、俺が探す人物に近い』
(あのときのレオナルドの話し方。黒幕に対する発言のはずなのに、『人物』っていう、少しだけ丁寧で優しい言葉を使っていたのは)
フランチェスカが見上げたレオナルドは、引き続き冷静に口にする。
「フランチェスカが落ちた崖に、落雷の跡があったのは、捜索中に確認していた。黒幕の持つ最大三つのスキルのうち、最後のひとつは雷――……『本来なら』そう言い切れる」
レオナルドが、金色の瞳を眇めて笑う。
「だが、それだと明らかにおかしいんだ」
(え……)
フランチェスカは、思わずレオナルドに尋ねてしまった。
「どうして? だってレオナルドは、あの雷で私を助けてくれたのは、黒幕本人だって考えてるんだよね?」
それならば、三つ目のスキルが雷であることに、なんの矛盾もないはずだ。
「フランチェスカ」
疑問を口にしたフランチェスカに、レオナルドは優しく微笑んだ。
「黒幕が持っていないとおかしいのは、雷よりも記憶操作のスキルだよ」
「……ひょっとして」
その答えに、フランチェスカは予測を立てる。
「クレスターニが記憶操作をしていることに、夏休みの時点で気が付いていたの……?」
「……ああ、やっぱりか。レオナルド」
クレスターニが、何処か納得したように呟いた。
「何しろお前は、フランチェスカと墓地に行ったんだものな。お前の記憶を書き換えて、墓地から意識を遠ざけていても、あの出来事は回避できなかった」
(墓地? ……私のママのお墓参りに、一緒に行ってもらったときの?)
あの出来事は、フランチェスカがレオナルドと友達になったばかりの放課後だ。
王都の墓地を一緒に訪れて、母の墓前に薔薇を手向け、そこでレオナルドの家族の話を聞いたのである。
「……レオナルドのお父さんと、お兄さんのお墓も」
フランチェスカは、クレスターニの言葉の意味に気が付いた。
「私のママと、同じ墓地にあった……?」
「…………」
困ったようなレオナルドの微笑みは、とてもやさしい肯定だ。
(レオナルドが何も言わないから、お父さんやお兄さんのお墓は他の場所にあるんだって、無意識にそう思ってた。だけど)
その考えは、大きく間違っていたのだろう。
(王都にあって、私たち貴族が埋葬されるための墓地なんて、考えてみれば一ヶ所だけだ! レオナルドの家族がそこに眠っていないはずがない、それなのに……)
自分の家族の墓が存在していることに、レオナルドは言及しなかった。
そのことに、レオナルド自身が違和感を持っていたのだ。
「父さんとあんたの『亡骸』は、焼け崩れたセレーナの屋敷から運び出されている。父さんの死は、俺があのとき触れて確かめているが……」
レオナルドは自身の左手を見下ろして、目を細めた。
「『あんたの死体』は、目視で身元を判別できる状態じゃなかった。いくつかのスキルを組み合わせれば、他人の死体で偽装できただろう」
(……レオナルド)
「死を偽装する舞台に燃え落ちる屋敷を選んだのは、ふたつの意味があったよな? 死体を損傷させて他人とすり替わらせる目的の他には、俺の奪取スキルへの対策だ」
兄からスキルを奪ったという話は、確かにレオナルドから聞いていない。
レオナルドがそれを試みなかった理由が、兄とされる亡骸の状態にあったのだろう。
(亡くなった人からスキルを奪うレオナルドのスキルは、制約がある。そのうちのひとつが、『誰の死体か、目視で識別できる状態であること』……)
会ったばかりの頃に教わった話の、その重みを改めて感じ取る。
「あんたは死体を他人とすり替えているから、誰も墓に近付かせたくなかったはずだ。だから俺の記憶を操作して、墓地のことを意識に上らせないようにしたんだろ?」
レオナルドは、少し皮肉めいた笑みを浮かべてクレスターニを見据える。
「フランチェスカと一緒に墓地に行って、自分が父親と兄の墓に一度しか訪れていないと自覚した。……さすがの俺も、兄貴自身にそう仕向けられたと悟ったのは、それからしばらく探ってからだが」
(…………っ)
そのときの心情を想像して、フランチェスカはレオナルドの手をぎゅっと握る。
レオナルドは、フランチェスカをあやすように握り返しながら、なんでもないことのように続けた。
「『黒幕』のスキルは、集団支配と洗脳、記憶操作。その三つに仮定した場合、雷のスキルは四つめだ」
ひとつずつ指を立てていったレオナルドが、四本目である小指を見て笑う。
「この仮定がすべて正しければ。……『黒幕』が俺の血縁者である可能性が、一気に高くなる」
「あ……!」
フランチェスカは小さく呟いた。
スキルの強さや最大所持数は、高貴な血を引いているかどうかに左右される。つまりスキルという要素には、遺伝とも呼べるものが大きいのだ。
「クレスターニは、レオナルドと同じように」
以前のレオナルドが辿ったものと、きっと同じ思考を巡らせる。
「……他の人からスキルを奪う、奪取のスキルを持っている……」




