34 平穏の条件
※本日2回目の更新で、朝6時にも更新しています。
※前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
駆け込んだホールには、叫び声が反響しあっていた。
改めて異様な光景に、フランチェスカは顔を顰める。会場内を駆けながら、どこかにいるはずの人物を探した。
(いまはとにかく、リカルドを見付けなきゃ……!)
会場内には、何らかのスキルで行動を支配された人々と、その人たちから逃げ惑う人々が混ざり合っている。
怒鳴る女性、悲鳴を上げる男性、その傍で床に蹲って怯える女性。フランチェスカはぐっと歯を食いしばり、殴り合ったり、互いに首を絞め合おうとしている人たちの間を走った。
(我慢して。冷静に、確実に行動するの。……ひとりひとり止めて回りたいけれど、それじゃあキリがない……!)
いまはただ、シャンデリアの明かりの中でも目立つ銀髪を探す。
探し人であるリカルドは、比較的すぐに見付かった。
(居た!!)
ホールの中央に位置する場所で、大勢の人が揉み合っている。
リカルドはその中央で、大柄な男性を必死に抑え込んでいた。
「目を覚ませ、男爵閣下!!」
「離せ……!! 殺す、全員殺してやる!!」
「くそ! 一体どうしてしまったというんだ!!」
(やっぱりリカルドたちは無事……!! みんなを惑わせてるこのスキルは、一定以上の爵位の血筋には通用しないんだ)
ゲームでは明言されていなかったが、会場を見渡せばよく分かる。少し離れた場所では、リカルドと同じ銀髪の男性が、同じようにこの場の制圧に回っていた。
「リカルド! お前の『全体防御』スキルは、一体あとどれくらい保つ!?」
「もうそれほど時間がありません、父上!」
(リカルドのお父さん、セラノーヴァ当主だ……! あの口ぶりだとお父さんの方は、『全体防御』のスキルを持ってない……)
フランチェスカは彼らの方に走りながら、改めてホールの中を見回した。
あちこちに倒れている人はいても、誰もまだ致命傷は負っていない。それはあそこにいるリカルドが、『全体防御』のスキルを発動させているからだった。
(リカルドが味方だと認識した人たちの、『防御』の力を一定時間だけ上げるスキル。深い刺し傷は浅くなって、殴られた傷も軽く済む。そのお陰でホールにいる人たちは、まだ深刻な傷を負ってない)
だが、あくまで『傷が多少軽くなる』範囲に過ぎないものだ。
スキルが効いている状態でも、心臓を撃ち抜かれれば命は危ない。第一に、スキル効果は永続するものではなく、ゲームでいえば3ターンで終了となる。
(余裕があるわけでも、楽観視できる状況でもない……だからこそ、行かないと!)
フラチェスカはその瞬間、人々を止めようと戦っているリカルドの後ろに、ひとりの女性が歩み寄っていくのを見付けた。
「……!」
フランチェスカは辺りを見回すと、床に落ちていた銀色の盆を引っ掴んだ。
(リカルドは気付いてない、ここから声を上げても聞こえない!! だったら……)
女性は酒瓶を拾い上げると、傍らのテーブルで叩き割る。瓶の首を握り込んだ。
「どいつもこいつも、邪魔なのよ……!!」
ナイフのように尖った瓶の先端が、リカルド目掛けて振り翳される。
異変に気が付いたリカルドが、反射的に振り返ろうとした、そのときだった。
「死ね……!!」
「な……っ!?」
女性とリカルドのその間に、フランチェスカは飛び込む。
もちろん、リカルドを庇って殺されるつもりはない。
フランチェスカは、眼球へと振り下ろされそうになった硝子の先端の前に、銀の盆を迷わずに翳した。
「――……」
ばりん! と砕ける音がする。
緑の硝子が粉々になり、破片が散らばって落ちていった。シャンデリアの光に反射して、まるで美しい宝石のようだ。
「転入生が、何故ここに……!?」
リカルドの言葉には返事をせず、ドレスの裾を翻す。
「……あ……?」
瓶を握り締めた女性が、一瞬だけ目を見開き、何が何だか分からないという顔をする。
けれどもすぐさま眼を閉じて、がくりと体の力を抜いた。
「っ、危ない……!!」
このままでは、破片の上に倒れ込んでしまう。
フランチェスカは手を伸ばし、迷わず女性を抱き止めた。その隙を狙うかのように、ナイフを持った男性が突っ込んで来る。
「転入生!!」
「……!」
リカルドが手を伸ばそうとしてくれたが、彼の位置ではどうにもならない。フランチェスカは覚悟をし、せめて女性を守ろうと身を丸める。
そのときだった。
「ぐあ……っ!?」
悲鳴が上がり、男性が吹っ飛ぶ。
誰かに全力で殴られたのだ。顔を上げた先には、バルコニーに残してきたはずの人物が立っていた。
「レオナルド……!」
「……君は、随分と無茶をする」
レオナルドはそう言って、フランチェスカの腕から女性を引き剥がす。
彼女を破片の無い方の床に押し遣ったあと、フランチェスカを覗き込んだ。
「可愛い顔に、傷でもついたらどうするんだ」
(私を助けるのに体術を使った。やっぱりこの人たちをおかしくしたのは、少なくともレオナルドのスキルじゃない……!)
仮にレオナルドがしたことであれば、スキルを操作すればいいだけだ。フランチェスカを襲おうとした男性は、それだけで止められたはずである。
リカルドは、突然現れたフランチェスカたちを前にして、人々に応戦しながらも声を上げた。
「アルディーニ!! おい、一体この状況はどうなっているんだ、説明しろ!」
「悠長なことを言っている場合じゃないだろ」
「なに!?」
ホールの中には、たくさんの悲鳴が響き渡っている。
「正気のやつはこっちに来い!! 全員で避難してホールを塞ぐぞ!」
「待ってくれ、誰か助けてくれないか!! 友人が急におかしくなったんだ、誰か……!」
スキルの影響を受けていない人々が、狼狽えながら声を上げる。この場において、表情を変えずに堂々としているのは、レオナルドたったひとりだけだ。
「セラノーヴァさん、力を貸して!」
フランチェスカが声を上げると、リカルドは目を丸くした。
「お父さんとの会話、さっき聞こえたの! リカルドさんは全体防御のスキルを持ってるんだよね!?」
「あ、ああ。だが……」
「一度だけ、私の言うことを信じてほしい」
フランチェスカはそう言って、手袋を外す。
だが、レオナルドがフランチェスカと指を絡め、咎めるように見下ろして来た。
「君のスキルを使う気か?」
「……レオナルド」
「これほど人目のある場所で、誰に知られるか分からない。少なくともセラノーヴァ家には、筒抜けになると思え」
フランチェスカを庇うように抱き込んでいる彼の、その瞳はとても静かで真摯だ。
「……『平穏』という君の望みが、永遠に叶わないものになるかもしれないぞ」
「レオナルド、それは違う」
忠告の込められた口ぶりに、フランチェスカは迷わずこう返した。
「助けられた人たちを顧みなかった未来に、私の望む『平穏』なんて存在しない……!」
「!!」




