31 世界のかたち
今世でも、度々耳にすることがある。
街で歩いているときや、お忍びで店に買い物に行ったときなど、誰かが誰かをこんな風に謗るのだ。
『こいつのスキル、弱くて使い道がないんだよな』
『やはり庶民の血は駄目だ。スキルすら持っていない人間に、まともな人生が与えられるはずもないだろう?』
フランチェスカはそれを聞くたびに、悲しくなった。
「裏社会に流れ着く人たちってさ。……私たちみたいな血筋を除けば、表の社会にどこにも居場所が無くて、それでやってくる人も多いでしょ?」
「……」
少なくとも、フランチェスカが出会った人々はそうだった。
最初から『表』で不自由なく、幸せに生きる選択肢があったのなら、彼らは迷わずそれを選んでいただろう。
けれども表で生きることを許されず、中には表の世界があることすら知らないで、みんなそうやって生きて来た人たちがたくさんいる。
(この世界では、王族や貴族、その血に連なる人しかスキルを持っていない)
そのことは、血統による明確な差を生み出していた。
裏社会の家々が力を持つのも、そんな格差を利用しているからこそだ。
「私は、色んな人がそれぞれの良さを生かしながら、誰だって活躍できる世界が良いと思ってるよ。……生まれ持っての血筋や、スキルだけじゃなくて……」
「……」
いつもの笑みを消しているレオナルドが、ぽつりと口にする。
「『血統』以外に、人間の価値が見出される世界、ということか?」
「……!」
その瞬間、フランチェスカはきらきらと目を輝かせた。
「レオナルドは分かってくれる!?」
「!」
ずいっと顔を近付ければ、レオナルドは少しだけ息を呑む。
「……君が、口にしている言葉の意味だけは」
「それだけでも嬉しい!」
よかったあ、と安堵して微笑んだ。
「この話、いままで話した人にはあんまり通じなかったんだ! そもそも話せる人が少なかったんだけど……。すごいね、なんだか友達が出来たみたいな気分!」
「……」
少しだけはしゃいだフランチェスカを、レオナルドがどうしてか眩しそうに見下ろす。
かと思えば、ふっと柔らかくて甘い微笑みを浮かべた。
「『レオナルド』と、もう一度俺のことを呼んでくれ」
「え……」
唐突に脈絡のないことを言われて、フランチェスカは瞬きをする。
「ええと……レオナルド?」
「もう一度」
「……レオナルド……」
乞われて何度も呼んでいると、だんだん恥ずかしくなってきた。
挙句にレオナルドは、最終的に肩を震わせて笑ったあと、フランチェスカを見てこう口にする。
「――やっぱり、君に名前を呼ばれるのは心地が良いな」
フランチェスカは溜め息をついて、なんだか呆れる。
「レオナルドは、こう見えて結構さびしがり屋だよね」
「俺が?」
自分で気が付いていなかったのか、レオナルドが僅かに目をみはった。
そのあとで、緩やかに否定する。
「……俺がさびしさなんて感じるのは、君にだけだ」
その声音は、本当にどこかぽつんとしていた。
(『嘘つき』の、はずなのに)
フランチェスカは口に出さず、ただただ静かにレオナルドを見詰める。
(どうしてかな。……いまの言葉はなんとなく、本当のことみたいに感じる……)
そんなことを考えていると、レオナルドの手が伸ばされた。
「!」
すっぽりと腕の中に抱き止められ、ぎゅうっと大事そうに抱き締められる。
「わわあ! ちょっと、レオナルド!!」
突然閉じ込められたフランチェスカは、身じろいで脱出を試みた。
しかし、決して強い力で抱き締められているわけではないはずなのに、ちっとも脱出できそうにない。
それどころか、くるりと体の位置を反転させられて、フランチェスカの方が柱に背中を押し付けられた。
柱とレオナルドの間に挟まれて、ますます身動きが取れなくなる。
「可愛いな。フランチェスカ」
(うわあ、押しても全然びくともしない!)
細身に見えても男性なのだ。きちんと筋肉はついているし、力の使い方も分かっている。
「愛しているから、どうか俺を退屈させないでくれ」
「っ、絶対に嫌! 私はあなたの玩具じゃないの!」
くすっと笑ってみせたあと、レオナルドは柔らかな声で囁く。
「……それなら、俺から早く逃げないと」
「……っ」
揶揄うようなその声音に、フランチェスカは眉をひそめた。
「王都の薬物問題なんて、君は放っておくべきだ。それなのに俺に近付いて、自分の逃げ道をどんどん潰している」
「……放っておけるわけない。平穏に生きていく夢を叶えるためには、平穏な環境が必要だもん」
それに、と内心で考える。
(ストーリーから逃げ出したケジメは、私がきちんと果たさなきゃ……)
レオナルドを真っ直ぐ見据えたフランチェスカを、彼はどうしてか愛おしそうに眺めるのだ。
「……君があまりにも健気だと、どんどん手放せなくなってしまう」
「レオナルド……」
フランチェスカは目を細め、小さな声で耳打ちした。
「――私を隠してくれるために、『口説くふり』なんてしなくてもいいんじゃない?」
「……ふ」
【お知らせ】
本作の書籍化が決定しました!
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詳細はまた後日お知らせさせていただきます。引き続き、なろうでの連載も頑張って参ります!
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