301 奥底の秘密
※昨日も更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
(グラツィアーノ、ちゃんとご飯を食べてるかな……)
フランチェスカは、クレスターニの屋敷を歩き回りながら、心の中で心配していた。
(普段はあんなにいっぱい食べるのに、こういうときは無理をするから)
クレスターニのお茶会を逃げ出してから、そろそろ一時間ほどが経つだろうか。
二度ほど立ち入り禁止区域に入ってしまったらしく、先ほども気絶したばかりだが、『頭の中の地図作り』は順調だ。歩いても罰則を受けない場所に関しては、随分と把握も出来てきた。
(グラツィアーノがうちに来たばかりの頃は、パパか私が一緒に居ないと、絶対にご飯を食べなかったんだよね。夜寝るときもベッドに入らなくて、眠りも浅くて……)
こっそり同じベッドで寝て、『大丈夫だよ』と撫でた日のことを思い出す。
(……今は授業中にも居眠りするくらい、この世界に安心してくれてる)
グラツィアーノが学院で居眠りをし、叱られたのだと聞く度に、実のところ少しだけ嬉しかった。フランチェスカがそんな本音を打ち明ければ、リカルドなどは呆れた顔をするだろう。
「あーあ。グラツィアーノだったら、今日みたいに寒い日は熱めのお茶を、とっても美味しく淹れてくれるんだろうなあ……」
「……君、この状況で飲食の話をしてるの?」
一緒に歩いてくれているルキノが、想像の中のリカルド以上に呆れた様子で言った。
「お茶が飲みたいなら、クレスターニさまのご慈悲を賜ればよかったのに」
「うん。お茶とケーキを残すことになっちゃったのは、ずっと気になってる……」
フランチェスカは少ししょんぼりしつつ、ルキノに尋ねた。
「捨てたりしないよね。あれ全部、クレスターニが食べてくれるかな?」
「あのお方が、そんなみっともない真似する訳ないだろ」
「価値観の相違だ……」
食事のマナーは国や階級によっても違うので、この話題はもうやめておくことにする。フランチェスカは屋敷の最上階と見られる四階の廊下から、そっと窓を覗き込んだ。
(どれだけ時間が経っても、外は真っ白で眩しいまま。結界で遮断されてる所為で、何も見えない)
硝子にこつんと額を預け、目を閉じる。
(このお屋敷は上から見ると、横長で四角いドーナツの形。くり抜かれてる真ん中は中庭になってて、さっきの温室もそこにある。……この窓からは見えないけど)
それでも建物の構造として、本来ならここから見下ろせる造りのはずだ。
(屋敷の入り口は、真ん中よりも少し右側にある気がする。二階のその辺りにある階段から一階に降りようとすると、気を失うもんね)
一階と二階を結ぶ大階段を除き、他の階に向かうための階段は、屋敷の二ヶ所に存在する。
木製の手摺りが据えられた、折り返し式の階段だ。
(うーん……)
フランチェスカはその階段に近付いていき、手摺りの外に身を乗り出した。
(さっき、具合が悪くてこの手摺りに寄り掛かったけど……)
「あぶな……ちょっと、落ちないでよ?」
「うん。ありがとう、ルキノ」
「は!? 別に、お礼を言われるようなことなんて何もないだろ!」
吹き抜けのようになっている空間からは、下の階までを見下ろすことが出来る。
(あのときも気になったのに、それどころじゃなかったんだった。やっぱり何か、違和感がある)
四角い空洞は、ちょうど人間ひとり分の幅があり、確かに危なっかしいかもしれない。
体調が万全ではない自覚もあるので、フランチェスカはぎゅっと手摺りを掴みつつ、そこから見下ろす空間に目を凝らした。
(四階建て、だよね?)
何度も気絶しながら探索した結果、その目測に間違いはない。
それでもフランチェスカは手を伸ばし、眼下に見える手摺りの数を数えた。
(いち、にい、さん……)
「ねえ! 下を覗き込む体勢で爪先立ちするの、本当にやめてくれない!? 落ちる落ちる!!」
ルキノに腰のリボンを引っ張られながら、目的を完遂する。
(……やっぱり)
「君、いい加減に……」
覗き込んでいた空間から、がばっと勢いよく顔を上げた。
「うわ!」
(……もう一階分、階段がある……)
そのことに気が付いて、小さく喉を鳴らす。
(ここから見えている床は、一階じゃなくて地下の床なんだ! 階段を降り切ろうとすると、二階の辺りで気絶する理由。一階に降りようとしたからっていうだけじゃなかったのかも)
頭の中で浮かべた見取り図の中に、地下への階段をしっかりと加えた。問題は、どうやってそちらに近付くかだ。
(『罰則』がある以上、自分の足で地下には行けない。気を失って、戻されちゃうよね……)
「あーもう、最悪……」
「…………」
ルキノの疲れた溜め息を聞いて、フランチェスカは彼のことを振り返った。
「私が気を失ったあと、毎回ルキノが部屋まで運んでくれてるの?」
「なに? ひょっとして、自力で歩いてる夢でも見てる?」
返されたのは、嘲笑うような皮肉だ。
けれども遠回しな肯定に、フランチェスカは内心で考える。
(もしもルキノに運んでもらえなかったら、どうなるのかな。少し時間が経てば目を覚ませるのか、罰則を受けた場所に居続ける限り起きられないのか、どっちだろう……)
少なくとも今の状況で、結論を得ることは難しそうだ。
「……ありがとう。ごめんねルキノ」
「だから、君に感謝される筋合いはない。それを少しでも態度に出す気があるのなら、大人しくしてくれると有り難いのだけど?」
「分かった。そろそろお部屋に戻ろうかな」
フランチェスカが素直に笑うと、ルキノは眉根を寄せた。
「どうしたの? ルキノ」
「別に。いきなり大人しくなるなんて宣言されても、信じられないだけ」
「あはは! 大丈夫だよ、本当本当!」
それでも疑わしそうなルキノを見て、フランチェスカは目を細めた。
「懐かしい。私の『弟分』も、昔はよくそんな顔をしてたっけ」
「…………おとうと」
(ちゃんとご飯を食べて、いっぱい寝ていてね。グラツィアーノ)
心の中でそう祈りながら、フランチェスカはルキノに微笑む。
「やっぱり私、お腹空いてるみたい! クレスターニの言うことは聞かなかったけど、ご飯って分けてもらえるのかな。ルキノは今日、何食べるの?」
「嘘でしょ、この人まだ食べ物の心配してる……」
ますます呆れられながらも、ひとまず割り当てられた部屋を目指す。
(分かってる、私はクレスターニに泳がされているだけって。……どうかそのまま、私という玩具で遊んでいて)
フランチェスカは去り際に、一度だけ階段の方を振り返った。
(――思い通りには、ならないから)
***
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