297 適性
※昨日も更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
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「さあ! 無意味で楽しい時間を過ごそうじゃないか、可愛いフランチェスカ」
「…………」
連れて来られた温室には、多くの薔薇が咲き乱れていた。
今世のフランチェスカは、薔薇の種類に少しだけ詳しい。そのため、この屋敷がそれなりの頻度で手入れされていることにも、否応なしに気が付いてしまう。
「冬でもここは暖かいな。その可愛いドレス姿でも、凍えずに寛いで過ごせるはずだ」
「…………」
着せられている黒のドレスは、確かにとても美しいデザインだ。
細部まで華やかな品の良さがあるだけでなく、レースの端々に至るまで、情熱と労力を注ぎ込まれている。こんな状況でさえなかったら、鏡の前で当ててみるだけでも心が躍ったはずだ。
「君くらいの年齢の女の子って、こういうの好きだろ?」
「…………」
テーブルの上のケーキスタンドに並べられているのは、宝石のようなケーキたちだった。
どれもたっぷりのクリームやフルーツを使い、チョコレートで飾り付けもされて、本当に美味しそうだ。鈴蘭の花に似たティーカップからも、芳しい香りが漂ってくる。
けれど温かな紅茶を前にしても、湧いてくるのはこんな願いだ。
(……グラツィアーノが淹れてくれる、いつものお茶が飲みたい……)
「はは」
フランチェスカの表情を見て、目の前の男が笑う。
テーブルに頬杖をつきながら。けれどもその仕草には品があって、何処か悠然として見え、強者の余裕を感じさせた。
「やっぱり駄目か。こんなことで、君の機嫌は直らないようだ」
「…………」
顔を上げると、父と同じ色をした瞳がそこにある。
「なあ。可愛いフランチェスカお嬢さん?」
「……クレスターニ……」
奇妙なお茶会に呼び出されたフランチェスカは、『黒幕』の男を見据えた。
薔薇の咲き乱れる温室の中には、黒い薔薇だけ見当たらない。花々の中にあるテーブルにつかされて、分からないことばかりだ。
「どうして私を、こんな所に連れて来たんですか」
「ん?」
ティーカップを手に、クレスターニが首を傾げる。
その仕草がやはり誰かに似ていて、それが誰だか思い出せないのに、とても嫌な気持ちにさせられた。
「屋敷を自由に歩いていいと言った以上、止めるなんて野暮なことはしないさ。君に休んでもらうには、こうして別の用事を作る方が良さそうだ」
「気遣いなんていらないので、帰らせてください」
「はは。ごめんな」
心の籠もっていない謝罪をされて、フランチェスカはくちびるを結ぶ。
あからさまに不服そうなフランチェスカを見て、クレスターニは楽しげだ。
「いいじゃないか。ちょっとした気晴らしだと思って、俺とデートをしよう」
「……そんな言い方をするのなら、今すぐ部屋に帰ります」
「おや。ご機嫌斜めだ」
フランチェスカは、テーブルのものに触れることなく視線を落とす。
客観的に見て、クレスターニはとても見目麗しい青年だ。二十代前半くらいの外見で、片目を前髪に隠していても分かるほどの整った顔立ちと、引き締まった体を持っている。
背丈も高く、表面的な人当たりも良い。クレスターニを目の前にすれば、憧れを寄せる女の子は多いだろう。
それでもフランチェスカは、心の底からこう思う。
(……デートなんて、レオナルド以外と絶対しない……)
揶揄うための言葉であっても、受け入れる訳にはいかないのだ。
(レオナルドが嫌な気持ちになるだろうし、私だって嫌! ……レオナルドと出会ってすぐ、初めての夜会に誘ってくれたときは)
レオナルドとの会話を思い出して、フランチェスカはしょんぼりと項垂れる。
(『デートをしよう』って言い方をされても、びっくりしただけだった。……ただの冗談として受け止めてた言葉なのに、いつのまにか特別な意味を持ってる)
まだ一年も経っていないのに、あの春がとても懐かしい。
恋しい気持ちが湧き上がって、心の中で呟いた。
(レオナルドに、会いたいな)
「…………」
クレスターニが、くすっと目を眇める。
「いま、誰のことを考えてる?」
「す…………っごく大事な人のことです!」
「ははっ」
フランチェスカが拗ねながら言うと、クレスターニは心から可笑しそうだ。
「君には是非、俺とも仲良くしてほしいんだがな」
(この人、本当に何を目的にしてるの……?)
お茶会のテーブルには手を付けず、フランチェスカはくちびるを結ぶ。
(リカルドのお父さんを洗脳して、薬物の事業に手を染めさせた人)
クレスターニが関与した所為で、セラノーヴァ家はめちゃくちゃになってしまった。
(グラツィアーノのお父さんも洗脳して、命を断とうとするまで追い込んだ。ダヴィードのお父さんは殺されてしまって、ダヴィードまで犠牲になることを選ばされて)
それもすべて、目の前の青年が生み出した悲劇だ。
(ママの生まれた隣国は、きっと聖樹が奪われた。ルキノもこの人に心酔してる。何もかも、この人が……)
クレスターニのしてきたことを、フランチェスカは許せない。
(でも)
だからこそ、ただ敵意を向けるだけでは駄目だと分かっていた。
「……クレスターニさんは、何歳ですか」
「俺か?」
まるで機嫌の良い猫のように、前髪に隠れていない片目が眇められる。
「十七歳のお嬢さんからは、いくつに見える?」
「……二十歳から、二十五歳くらい……」
「へーえ」
渋々そんな意見を述べつつ、思い出すのはダヴィードの言葉だ。
(ダヴィードには、十年前にクレスターニと会ったときの記憶が少しだけ残ってた。『あのときのクレスターニは、少なくとも大人の体格ではなかった』って)
クレスターニの年齢がフランチェスカの見立て通りなら、十年前は十歳から十五歳ということになる。
(七歳のダヴィードから見て、はっきり子供だって断言できないけど、大人にも見えないくらいの身長。クレスターニが十年前、本当に今の私たちよりも小さな子供だったなら)
そのとき、クレスターニはどんな顔をして、ダヴィードの父の死体を見下ろしたのだろうか。
「……あなたがダヴィードたちのお父さんを洗脳したのは、何歳の頃ですか?」
「おや。率直な質問だな」
「見た目の年齢だけだと、本当のことは分かりませんから」
すると、クレスターニは楽しそうに微笑んだ。
「――この世界には、『適性』を持った人間が存在する」
「!」
その笑みは、絵画に描かれた人のように美しい。
「そういう人間にとって、人殺しなんて児戯に等しいさ。たとえば、君の婚約者、レオナルド」
(…………あ)
フランチェスカは息を呑む。
(この人)
クレスターニの、父のエヴァルトと同じ水色の瞳が、冷たい光を帯びてこちらを見ていた。
「あいつは十歳で当主を継ぐとき、一体何人を殺したと思う?」
(……レオナルドのことが、嫌いなの……?)
『悪党一家の愛娘』小説5巻&コミック5巻&ドラマCD2
すべて25年12月1日に発売!!
▼雨川の直筆サイン本のご予約についてのページ
https://note.com/ameame_honey/n/n5de0dfecd663
小説とコミックはカバーイラスト、ドラマCDは新たなキャラクターの豪華な声優さまも解禁です!
【悪党一家の愛娘】フランチェスカ: 戸松遥さん
【極悪非道の婚約者】レオナルド: 内田雄馬さん
【忠臣義士の番犬従者】グラツィアーノ: 大塚剛央さん
【継往開来の風紀委員】リカルド:梅原裕一郎さん
【狷介孤高の同級生】ダヴィード:松岡禎丞さん
【過保護な冷徹パパ】エヴァルト: 浪川大輔さん
【少年国王】ルカ:釘宮理恵さん
今回も10/27正午までのご予約で、雨川直筆のサインが付いてくる5巻セットが発売されます!
なにとぞ!