表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

300/314

296 記憶の行方

※昨日も更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。




「そのような話をするために、お前をここに呼び出した訳ではない」

「…………」


 その言葉に、レオナルドは笑みを消す。


「今は、フランチェスカを取り戻すことが最優先だ。それ以外のことに、気を取られているような暇があるのか」

(……分かっているさ)


 ここに来て、改めて自覚する。

 どうやら今のレオナルドは、本当に機嫌が悪いらしい。


「俺は子供の頃、とある家門を潰したことがあります」


 こんなことは、改めて口にするまでもない。

 七年前にレオナルドが何をしたか、この男はもちろん知っている。レオナルドは先ほど消したばかりの笑みを軽薄に作り直して、エヴァルトに向けた。


「その頃はまだ、六大ファミリーと呼ばれていましたよね。俺がそのうちのひとつを消したから、五大ファミリーなんて呼び方に変わって! あはは」


 どうでもいいことを、懐かしむふりをしながら語る。

 そんな演技をしながらも、脳裏に過ぎるのは、かつての光景だ。


「セレーナ家は、俺の父を陥れた。あの日、俺を庇った父はセレーナに殺されて、兄貴も……」

「…………」


 厳密に言えば、兄はセレーナに殺された訳ではない。

 そしてあのとき、訳も分からずに交換した傷の痛みを、レオナルドは今でも覚えている。


「俺は家督を継いだあと、事件後も僅かに残ったセレーナの一族を、構成員も含めて皆殺しにしました。ガキだった所為で詰めが甘くて、生き残りを出してしまった可能性は否定しませんが」

「…………」

「この国の民は、等しく国王陛下の『子』だ。いくら俺が幼くとも、度が過ぎた殺戮を罰せられ、家督を剥奪されてもおかしくありません。……ですが」


 十歳のレオナルドは、自分とそう変わらない年齢に見える『王』の口から、思わぬことを告げられた。


「セレーナ殺しについて、俺は一切の咎めを受けなかった」

「…………」


 それどころか、国王ルカは寂しそうに微笑んで、レオナルドに労りの言葉を掛けたのだ。


「『アルディーニ家に少しの咎もなかったかどうか』を測る、そんな審判に掛けられることすらありませんでした。――それはひとえに誰から見ても、セレーナが明らかな裏切り者だったからです」


 アルディーニ家を裏切った、という点だけではない。

 六大ファミリー同士の繋がりや、何よりも国王ルカからの信頼に、セレーナは反いた。


「裏切り者は粛清する。殺さなければならない。俺たち裏の人間が重んじる、秩序のためにも」


 セレーナの計画が事前に露見していれば、レオナルドが動くまでもなく、他のファミリーによって同じ制裁が下されていただろう。


「俺たちにとって、この国への裏切りとはそれほどの罪だ。そうでしょう?」

「…………」


 こんな問い方をしたところで、この男が答えるはずもない。

 それが分かっているからこそ、レオナルドは自嘲的な笑みを浮かべた。


「……ところで、親愛なるお義父さま」


 エヴァルトの方に一歩近付き、少し下からその顔を覗き込む。


「自分の記憶が欠けていることを、疑った経験はありますか?」

「……なに?」


 エヴァルトが顔を顰めるのも当然だ。いまのレオナルドの問い掛けは、脈絡がない。

 それでもレオナルドは、構わずに言葉を続けた。


「フランチェスカを奪われてから三日。俺もあなたも、彼女を全力で探している」

「……」

「他の家だって、彼女を片手間に捜索している訳じゃない。五大ファミリーが総力を上げれば、この国で見付けられないものなんてないはずだ。……それなのに」


 レオナルドが言わんとすることを、エヴァルトは滞りなく汲み取ったようだ。


「……クレスターニが私たちの記憶を操作し、捜索の妨害をしていると?」

「あなたは気付けないでしょうけど。俺は、あなたたちから消えている記憶があることを、知っていますよ」


 そう笑うと、エヴァルトが眉間に皺を寄せる。


「魔灯夜祭の季節、子供の姿になった俺が名乗った名前。……あなたは知っているはずなのに、脳から掻き消されているでしょう」

「!」

「ふふっ」


 年上の堅物を驚かせるのは、優位に立ったようで気分が良い。


 レオナルドは身を竦め、喉を鳴らすように笑った。


「ほらな? どいつもこいつも、忘れていることすら忘れている。俺にだけ、残っている……」


 込み上げた笑いが通り過ぎると、後に残るのは馬鹿馬鹿しさだけだ。レオナルドは少し俯いて、ぽつりと呟いた。


「…………疲れたな」

「…………」


 フランチェスカが何処にもいない。


(寒い思いや、怖い思いをしているかもしれない)


 そんな想像を浮かべるだけで、頭の奥が割れそうに痛かった。レオナルドはそれを表には出さず、再びいつも通りの微笑みを作る。


「クレスターニの記憶操作は、この国の全員にすら及ぶかもしれないものです。フランチェスカの捜索も、記憶操作に妨害されているのかもしれません」

「……」

「記憶だけならまだしも、総員が洗脳されている可能性だってあるな。そうだとしたら、国民すべてがフランチェスカに害を為す存在だ」


 馬鹿げた響きを帯びていても、決して非現実的な話ではない。


「フランチェスカの敵は、殺さないと。俺がこの国ごと滅ぼすときは、ここにある武器を貸してくれますか」


 レオナルドは挑発の意図を込めて、フランチェスカと同じ瞳の男を見上げた。


「……親愛なる、おとーさま?」


 エヴァルトが僅かに眉根を寄せる。

 そのあとで、静かに息を吐いた。


「……何度も言わせるな」


 紡がれるのは、普段と変わらない声音だ。


「いい加減、私のことを父と呼ぶのはやめろ」

「ははっ! ……そうですね」


 レオナルドは軽く笑い、父親の心境を慮るふりをする。


「フランチェスカを奪われた身で、あなたのことをそう呼ぶのも烏滸がましいか。謝罪します、今後はくれぐれも……」

「そうではなく」

「ん?」


 エヴァルトが外套の懐から、銀色の筒を取り出した。

 蓋で潰した吸い殻をその中に捨て、ぱちんと音を立てて閉じる。そしてレオナルドを横目に見遣ると、こう言い切った。


「――お前にとっての父親は、ただひとりだろう」

「…………」


 思わぬ言葉に、少しだけ息を呑む。


「いずれお前がフランチェスカの伴侶になろうとも、私を無理に義理の父親として扱う必要はない。……だから、そんな呼び名を殊更に使おうとするな」

(…………ああ、そうか)


 レオナルドは、ゆっくりと目を伏せて視線を落とした。


(考えてみればこの人も、父さんをよく知る人間だ)


 レオナルドが当主を継いで以来、つまりは父が死んで以来、そんなことを意識する瞬間はなかったのに。


「煙草がそろそろ無くなりそうだ。気が済んだのなら、本題に入るぞ」

「……分かりました。続けてください、『エヴァルトさん』」

「………………」

「っ、あはは!」


 苦虫を噛み潰したようなエヴァルトの顔を見て、レオナルドは素直に笑う。

 十歳だったレオナルドが、エヴァルトを『カルヴィーノ』と呼び捨てにしたときも、苦言ひとつ呈さなかった。あのときと今の相違が、なんだか可笑しかったのだ。


(……たった数日しか経っていないのに、君に聞かせたいことがたくさんあるよ。フランチェスカ)


 フランチェスカを、一刻も早く取り戻さなくてはならない。

 そのためになら、レオナルドは本当になんだってしてみせる。




挿絵(By みてみん)


『悪党一家の愛娘』小説5巻&コミック5巻&ドラマCD2

すべて25年12月1日に発売!!


▼雨川の直筆サイン本のご予約についてのページ

https://note.com/ameame_honey/n/n5de0dfecd663


小説とコミックはカバーイラスト、ドラマCDは新たなキャラクターの豪華な声優さまも解禁です!


【悪党一家の愛娘】フランチェスカ: 戸松遥さん

【極悪非道の婚約者】レオナルド: 内田雄馬さん

【忠臣義士の番犬従者】グラツィアーノ: 大塚剛央さん

【継往開来の風紀委員】リカルド:梅原裕一郎さん

【狷介孤高の同級生】ダヴィード:松岡禎丞さん

【過保護な冷徹パパ】エヴァルト: 浪川大輔さん

【少年国王】ルカ:釘宮理恵さん


今回も10/27正午までのご予約で、雨川直筆のサインが付いてくる5巻セットが発売されます!


なにとぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
泣ける_| ̄|○ ガクッ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ