296 記憶の行方
※昨日も更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
「そのような話をするために、お前をここに呼び出した訳ではない」
「…………」
その言葉に、レオナルドは笑みを消す。
「今は、フランチェスカを取り戻すことが最優先だ。それ以外のことに、気を取られているような暇があるのか」
(……分かっているさ)
ここに来て、改めて自覚する。
どうやら今のレオナルドは、本当に機嫌が悪いらしい。
「俺は子供の頃、とある家門を潰したことがあります」
こんなことは、改めて口にするまでもない。
七年前にレオナルドが何をしたか、この男はもちろん知っている。レオナルドは先ほど消したばかりの笑みを軽薄に作り直して、エヴァルトに向けた。
「その頃はまだ、六大ファミリーと呼ばれていましたよね。俺がそのうちのひとつを消したから、五大ファミリーなんて呼び方に変わって! あはは」
どうでもいいことを、懐かしむふりをしながら語る。
そんな演技をしながらも、脳裏に過ぎるのは、かつての光景だ。
「セレーナ家は、俺の父を陥れた。あの日、俺を庇った父はセレーナに殺されて、兄貴も……」
「…………」
厳密に言えば、兄はセレーナに殺された訳ではない。
そしてあのとき、訳も分からずに交換した傷の痛みを、レオナルドは今でも覚えている。
「俺は家督を継いだあと、事件後も僅かに残ったセレーナの一族を、構成員も含めて皆殺しにしました。ガキだった所為で詰めが甘くて、生き残りを出してしまった可能性は否定しませんが」
「…………」
「この国の民は、等しく国王陛下の『子』だ。いくら俺が幼くとも、度が過ぎた殺戮を罰せられ、家督を剥奪されてもおかしくありません。……ですが」
十歳のレオナルドは、自分とそう変わらない年齢に見える『王』の口から、思わぬことを告げられた。
「セレーナ殺しについて、俺は一切の咎めを受けなかった」
「…………」
それどころか、国王ルカは寂しそうに微笑んで、レオナルドに労りの言葉を掛けたのだ。
「『アルディーニ家に少しの咎もなかったかどうか』を測る、そんな審判に掛けられることすらありませんでした。――それはひとえに誰から見ても、セレーナが明らかな裏切り者だったからです」
アルディーニ家を裏切った、という点だけではない。
六大ファミリー同士の繋がりや、何よりも国王ルカからの信頼に、セレーナは反いた。
「裏切り者は粛清する。殺さなければならない。俺たち裏の人間が重んじる、秩序のためにも」
セレーナの計画が事前に露見していれば、レオナルドが動くまでもなく、他のファミリーによって同じ制裁が下されていただろう。
「俺たちにとって、この国への裏切りとはそれほどの罪だ。そうでしょう?」
「…………」
こんな問い方をしたところで、この男が答えるはずもない。
それが分かっているからこそ、レオナルドは自嘲的な笑みを浮かべた。
「……ところで、親愛なるお義父さま」
エヴァルトの方に一歩近付き、少し下からその顔を覗き込む。
「自分の記憶が欠けていることを、疑った経験はありますか?」
「……なに?」
エヴァルトが顔を顰めるのも当然だ。いまのレオナルドの問い掛けは、脈絡がない。
それでもレオナルドは、構わずに言葉を続けた。
「フランチェスカを奪われてから三日。俺もあなたも、彼女を全力で探している」
「……」
「他の家だって、彼女を片手間に捜索している訳じゃない。五大ファミリーが総力を上げれば、この国で見付けられないものなんてないはずだ。……それなのに」
レオナルドが言わんとすることを、エヴァルトは滞りなく汲み取ったようだ。
「……クレスターニが私たちの記憶を操作し、捜索の妨害をしていると?」
「あなたは気付けないでしょうけど。俺は、あなたたちから消えている記憶があることを、知っていますよ」
そう笑うと、エヴァルトが眉間に皺を寄せる。
「魔灯夜祭の季節、子供の姿になった俺が名乗った名前。……あなたは知っているはずなのに、脳から掻き消されているでしょう」
「!」
「ふふっ」
年上の堅物を驚かせるのは、優位に立ったようで気分が良い。
レオナルドは身を竦め、喉を鳴らすように笑った。
「ほらな? どいつもこいつも、忘れていることすら忘れている。俺にだけ、残っている……」
込み上げた笑いが通り過ぎると、後に残るのは馬鹿馬鹿しさだけだ。レオナルドは少し俯いて、ぽつりと呟いた。
「…………疲れたな」
「…………」
フランチェスカが何処にもいない。
(寒い思いや、怖い思いをしているかもしれない)
そんな想像を浮かべるだけで、頭の奥が割れそうに痛かった。レオナルドはそれを表には出さず、再びいつも通りの微笑みを作る。
「クレスターニの記憶操作は、この国の全員にすら及ぶかもしれないものです。フランチェスカの捜索も、記憶操作に妨害されているのかもしれません」
「……」
「記憶だけならまだしも、総員が洗脳されている可能性だってあるな。そうだとしたら、国民すべてがフランチェスカに害を為す存在だ」
馬鹿げた響きを帯びていても、決して非現実的な話ではない。
「フランチェスカの敵は、殺さないと。俺がこの国ごと滅ぼすときは、ここにある武器を貸してくれますか」
レオナルドは挑発の意図を込めて、フランチェスカと同じ瞳の男を見上げた。
「……親愛なる、おとーさま?」
エヴァルトが僅かに眉根を寄せる。
そのあとで、静かに息を吐いた。
「……何度も言わせるな」
紡がれるのは、普段と変わらない声音だ。
「いい加減、私のことを父と呼ぶのはやめろ」
「ははっ! ……そうですね」
レオナルドは軽く笑い、父親の心境を慮るふりをする。
「フランチェスカを奪われた身で、あなたのことをそう呼ぶのも烏滸がましいか。謝罪します、今後はくれぐれも……」
「そうではなく」
「ん?」
エヴァルトが外套の懐から、銀色の筒を取り出した。
蓋で潰した吸い殻をその中に捨て、ぱちんと音を立てて閉じる。そしてレオナルドを横目に見遣ると、こう言い切った。
「――お前にとっての父親は、ただひとりだろう」
「…………」
思わぬ言葉に、少しだけ息を呑む。
「いずれお前がフランチェスカの伴侶になろうとも、私を無理に義理の父親として扱う必要はない。……だから、そんな呼び名を殊更に使おうとするな」
(…………ああ、そうか)
レオナルドは、ゆっくりと目を伏せて視線を落とした。
(考えてみればこの人も、父さんをよく知る人間だ)
レオナルドが当主を継いで以来、つまりは父が死んで以来、そんなことを意識する瞬間はなかったのに。
「煙草がそろそろ無くなりそうだ。気が済んだのなら、本題に入るぞ」
「……分かりました。続けてください、『エヴァルトさん』」
「………………」
「っ、あはは!」
苦虫を噛み潰したようなエヴァルトの顔を見て、レオナルドは素直に笑う。
十歳だったレオナルドが、エヴァルトを『カルヴィーノ』と呼び捨てにしたときも、苦言ひとつ呈さなかった。あのときと今の相違が、なんだか可笑しかったのだ。
(……たった数日しか経っていないのに、君に聞かせたいことがたくさんあるよ。フランチェスカ)
フランチェスカを、一刻も早く取り戻さなくてはならない。
そのためになら、レオナルドは本当になんだってしてみせる。
『悪党一家の愛娘』小説5巻&コミック5巻&ドラマCD2
すべて25年12月1日に発売!!
▼雨川の直筆サイン本のご予約についてのページ
https://note.com/ameame_honey/n/n5de0dfecd663
小説とコミックはカバーイラスト、ドラマCDは新たなキャラクターの豪華な声優さまも解禁です!
【悪党一家の愛娘】フランチェスカ: 戸松遥さん
【極悪非道の婚約者】レオナルド: 内田雄馬さん
【忠臣義士の番犬従者】グラツィアーノ: 大塚剛央さん
【継往開来の風紀委員】リカルド:梅原裕一郎さん
【狷介孤高の同級生】ダヴィード:松岡禎丞さん
【過保護な冷徹パパ】エヴァルト: 浪川大輔さん
【少年国王】ルカ:釘宮理恵さん
今回も10/27正午までのご予約で、雨川直筆のサインが付いてくる5巻セットが発売されます!
なにとぞ!