3 平穏に生き抜きたいんです!
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フランチェスカが生まれ変わったこの世界は、スマートフォン向けのアプリゲームとしてリリースされている、女性が主力ターゲット層のゲームだ。
西洋風の世界観で、馬車やドレスが日常のもの。汽車などはまだ存在しておらず、剣よりも銃が主流で、一部の人々だけが『スキル』と呼ばれる力を持っていた。
特色としては、メインで登場する男性キャラクターの大半が、『裏社会の住人』であるという点だ。
ゲームの舞台であるこの国は、長年の王政を続けている。
しかし、その王を陰の忠臣として支えるのは、裏社会を牛耳る五つの貴族だった。
メインストーリーに出てくるのはこの裏社会の貴族家、『五大ファミリー』と呼ばれる組織が中心だ。
入手可能キャラクターは、ヒロインを除けば全員が男性キャラで、みんな眉目秀麗に描かれている。
プレイヤーは課金などで手に入れた彼らを育成し、メインストーリーの攻略やイベントに挑みながら、ゲームの世界を楽しむのだ。
そしてそのゲームにおいて、デフォルト名『フランチェスカ・アメリア・カルヴィーノ』なる少女こそが、プレイヤーの代役となるヒロインだった。
(やっぱり、私がそのフランチェスカで間違いない)
記憶を取り戻したばかりのフランチェスカは、寝込んでいた寝台で身を起こし、幼い手で手鏡を握りしめる。
(薔薇みたいに赤い髪。水色の目。まだ五歳なのに、びっくりするくらいの美少女っぷりだけど……)
カードイラストでは、ヒロインの顔がはっきり描かれることは無かったのだが、シナリオ内に特徴の描写が出てくる。髪色も目の色も、シナリオの通りだ。
けれど、こんな極上の見た目を得ても、未来が不穏では意味がない。
(……問題は、『フランチェスカ』の境遇だよ……)
フランチェスカは、腕を組んでうんうんと考えた。
(五大ファミリー、カルヴィーノ家のひとり娘。裏社会の強大な一家に生まれた女の子……。当然周りはカタギじゃないし、攻略キャラたちも裏の人間!! 子供のころは確か、『あまりに誘拐されるから』っていう理由で裏社会から遠ざけられて、十七歳までは平凡な環境で育つんだよね)
メインストーリーに出て来た回想を思い出し、溜め息をつく。
(『フランチェスカ』の転換期は、ゲームのメインストーリー開始になる十七歳。生まれたときから一度も会ったことの無い婚約者、レオナルドの目論見で、無理やり裏社会の戦いに巻き込まれるんだ)
一度死んで生まれ変わったのに、なかなかしっかり記憶が残っている。自画自賛しつつ、もう少し思い出してみることにした。
(あの極悪婚約者レオナルドの所為で、メインストーリーのフランチェスカは大変な目に遭う。下手に裏社会から遠ざけられて育った所為で、戦いに巻き込まれても何も出来なかったんだよね。……家から出される後押しになったのって、私が記憶を取り戻した今回の誘拐事件かな?)
誘拐された回数が多いので、絶対に今回だという自信はないが、恐らくはその前提で良いだろう。
(……このままゲームシナリオに従う生き方もあるけど……中途半端に裏社会から離れたら、メインストーリーが始まったとき、一般人として育った私に出来ることはないよね。使えるのは私の固有スキルだけだ。そのスキルと引き換えに、他のキャラたちに助けてもらって、彼らに問題を解決させることになる)
フランチェスカにとって、その展開は避けたいことだった。
(自分に降り掛かることへの責任は、自分で取れる人間になれ。――そうだよね、おじいちゃん)
祖父がいつも、組員たちに言い聞かせていたことだ。傍らで聞いていた前世のフランチェスカも、自然とそれを覚えてしまった。
どうせ巻き込まれるのなら、自分で何とかする力が欲しい。
そう奮起するも、祖父の言葉を思い起こしたことで、悲しい気持ちにもなってくる。
(……おじいちゃん、みんな……)
自分がいなくなったあと、彼らはどんな気持ちになっただろうか。たくさんの愛情を注いでくれた人たちに、心から申し訳なくなった。
(死んじゃって、ごめんね)
じわっと涙が滲んだものの、慌ててそれを拭う。
フランチェスカの言葉が届くなら、祖父や組員たちは絶対に、『謝らなくていい』と言ってくれたはずだ。
『辛くなったら、いつでもこの家を離れていいんだぞ。俺たちにゃあ、お前が幸せに成長してくれることが何よりなんだ』
祖父がそう言ってくれたことを、お守りのように心に抱いた。
(ごめんね。忘れないからね。……おじいちゃんが言ってくれたように、生まれ変わった先で幸せに暮らすことが、いまの私に出来る唯一のことだ)
そうと決まったら、いつまでも泣いてはいられない。
(幸せに過ごすために、前世からの夢をかなえる。私は友達を作って、平穏で平凡な人生を送るんだ。だから……)
フランチェスカは寝台に立ち上がり、両手を大きく掲げて誓いのポーズを取った。
(十七歳から始まるメインストーリー。そのいざこざに巻き込まれても、自分の考えで動くことができる、そんな力を身に着けておこう!)
そして、十二年が経ったのである。
長い日々だった。環境改善のための工夫も、自分自身が強くなるための努力もたくさんした。そして無事、十七歳になれたのだ。
(いつかメインストーリーの事件に巻き込まれる日のために、自分に出来ることをやってきたつもり。……それもすべて、今度こそ平凡に生きるためなのに、それなのに……)
王立学院に転入するための、最後の手続きを終えて帰ってきたフランチェスカは、目の前の光景にくらくらした。
「――お帰りなさいませ、お嬢さま!!」
「お帰りなさいませ!!」
大きな屋敷のエントランスには、黒い正装を纏った男たちが、絨毯の左右に分かれて並んでいる。
エントランスの床面には、カルヴィーノ家を象徴する家紋である赤薔薇が大きく描かれている。そこに集まった大男たちに頭を下げられ、一斉に挨拶をされる光景は、前世でも毎日見ていたものだ。
絨毯の道筋が伸びた先には、ひとりの男が背中を踏みつけられていた。
男の背に足を乗せ、ぎりぎりと踵を捻じ込んでいるのは、フランチェスカと同じ薔薇のような赤色の髪を持つ男性だ。
「な……。何してるの、パパ……」
「戻ったな、フランチェスカ。道中何事もなかったか?」
「なんにもないよ。むしろ、何か事件が起きてるとしたら今だよ。どうしてシモーネの背中を踏んでるの?」
「決まっている。この男が罪を犯したからだ。愚鈍な男が」
どこか中性的な容姿で、娘から見ても美丈夫である父は、その冷たいまなざしを部下に向けて口にする。
「お前の制服を運ばせている際に、腹を撃たれ、制服を血で汚した」
「……」
真っ赤なはずの絨毯の一部が、どす黒く汚れているのを見付けた。しかし、腹から赤い雫を流している男は、心底申し訳なさそうにフランチェスカを見上げるのだった。
「申し訳ありません、お嬢さま……!! お嬢さまの大切な制服に、汚い血をつけてしまったこと……いくらお詫びしても償いようがなく、うう……っ!! 晴れ着だというのに、なんてことを……」
「お嬢さま、ご安心を。お父上の振る舞いは当然です」
「なにせお嬢さまの輝かしい学院生活に水を差したのですから。本来なら死を持ってお詫びすべき事態」
「…………」
父や構成員たちどころか、踏み付けられている当人すらなんの疑問も持っていないらしい。
そんな状況に、フランチェスカは額を押さえながら、ゆっくりと口を開く。
「……から……」
「はい。なんですか、お嬢さま」
構成員に丁寧に聞き返されて、はしたなくも大声でこう叫んだ。
「――……制服なんかどうでもいいから!! いますぐ誰か、治癒スキルを持っている人を連れて来てーーーーっ!!」
「はい! お嬢さまの仰せのままに!!」
――フランチェスカは既に、失敗している。
平凡に生きるための作戦で、『まずは自分の家の情報を』と動いた結果、いまや完全に溶け込んでしまったのだ。
ゲームでは冷淡で無関心だったはずの父親は、フランチェスカを無表情に溺愛してくる。
腫れもの扱いや侮辱ばかり向けて来る設定の構成員も、フランチェスカを『カルヴィーノ一家の大切な跡取り』として扱う。
そのことを、毎日「どうして」と嘆きつつも、メインストーリー対策をこなしていく日常を送っているのだった。
(だけど、計算違いを嘆いてる場合じゃない)
父を押し退け、怪我人の介抱をしながらも、フランチェスカは気合を入れる。
(いよいよ来週は学院への転入。――その前日こそ、メインストーリー開始のきっかけ、私が悪役レオナルドに誘拐される日なんだから……!!)
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