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295 忠誠の銃

※昨日も更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。




***




(――『裏切り』とは、フランチェスカの家であるカルヴィーノ家が、最も忌むべき言葉だ)


 夜の港を歩きながら、レオナルドは緩やかに目を眇めた。


(王国に仕える家門の中で、最も古く歴史のあるカルヴィーノ家。三百年前の建国直後、クーデターに遭った当時の若き国王を守護し、王室と『裏社会』を繋ぐ楔になった)


 カルヴィーノが、王への反逆者たちよりも武力を持っていた理由は、建国前からの歴史に由来する。


 このファレンツィオーネ国は、巨大な大陸の中心地であるだけではなく、他大陸との航路を持つ海を有するのだ。

 そのため、かつての大国から国家として独立する前から、あらゆる国に領地として狙われてきた。


 統治者が頻繁に入れ替わり、法律すらも目まぐるしく変化する中で、どんな時代も変わらない秩序とは『武力による支配』だ。


 だからこの一帯は古くから、強い武力を持つ者が強い。

 国家の法に属さない兵力など、他国であれば鎮圧されて終わりだが、ファレンツィオーネではその法こそ流動的だったのだ。だからそのまま、『裏の秩序で生きる強者』が強権を持ち続けた。


 その代表的な一族たるカルヴィーノ家が、独立当初のまだ年若い王を助けたことで、三百年続く今のような体制が築き上げられた。

 こんな王国史は、学院に通うまでもなく、誰でも幼い頃に聞かされる。


(忠誠を信条とするカルヴィーノ家。フランチェスカの父親である現当主エヴァルトは、幼い頃から神童と呼ばれた……俺の父さんに姉か妹が居れば、カルヴィーノに嫁がせることが出来たのだと、俺の祖父がずいぶん残念がったらしいが)


 祖父同士の勝手な約束は、孫にあたるレオナルドとフランチェスカの婚約に適用された。

 それを幸運だったと感じるのは、レオナルドだけではないだろう。


(忠誠の一族の当主として、カルヴィーノは申し分ない性質と才覚を持っていた)


 レオナルドの頭の奥で、鈍い痛みが揺れ続けている。


(『剣聖』をはじめとする三つのスキルと、冷静な思考回路。国王ルカの臣下として深く付き従い、有事のときの戦闘要員としても卓越した能力を持つ、まさにファレンツィオーネの剣……だが)


 凍り付くように冷え切った夜の中、波の音に耳を傾けることもなく、フランチェスカの気配に集中し続けた。


(そんな男の人生に、ひとりの女性が現れる)


 はあっとひとつ息を吐き、煙のように登る白を見上げる。

 レオナルドは、指定された扉の前に立ち、煉瓦造りの倉庫を見上げた。


(家門の使命に従い、何も私欲を見せることのなかったカルヴィーノは、その女性を深く愛した。……フランチェスカの母君である、セラフィーナ殿……)


 ゆっくりと、鉄製の扉を押し開く。


「――――……」


 そこに居た男は、咥えていた煙草をゆっくりと遠ざけ、深く吐き出しながらこちらを見た。


(あなたも『運命』に出会ったんだな。――カルヴィーノ)

「……来たか」


 フランチェスカの父エヴァルトが、たったひとりで立っていた。


「……ははっ」


 目の前に広がった光景に、レオナルドはくちびるの端を上げる。

 エヴァルトの見上げていた先には、この空間を埋め尽くすほど、膨大な量の木箱が積み上がっているのだ。


「すごい光景ですね。俺がここ最近、支配スキルを仕掛けた貴族たち――その全員を動かしても、きっと難しいだろうな」


 これまでレオナルドは、有力貴族全員に支配の種を埋めることに、さすがに慎重になっていた。

 けれどもここ数日の社交界では、貴族の支配にも躊躇しない。これもすべて、フランチェスカの捜索のためだ。


 それでも、入念な準備をしているこの男には、到底敵わないだろう。


「さすがにこれは、あなたでなければ用意できない量だ」

「…………」

「ああ、そういえば。俺を呼びに来た番犬に、ちょっとした提案をしてみたんです」


 レオナルドはわざと軽く言い、エヴァルトの傍まで歩いてゆく。


「当主であるあなたを裏切って、俺の方につかないかって。なんて答えたと思います?」

「お前に牙を剥いて、怒りを示しただろうな。……グラツィアーノは、私がそう育てた」

「正解!」


 レオナルドは外套のポケットに手を入れたまま、ひょいと肩を竦める。


「番犬があなたとフランチェスカに示す忠誠心は、素晴らしいものですね。さすがはあなたの養子となって、忠誠の一族の跡を継ぐ人間だ」

「…………」

「でも」


 エヴァルトの隣に立ったレオナルドは、無邪気な子供のように首を傾げた。


「当主のあなたは、この国への『忠誠』が揺らいでいるようだ」


 そして、木箱に刻まれた印に目を眇める。


「――陛下にも内密に仕入れた武器で、一体何をするつもりですか?」

「…………」


 氷のような冷たさを帯びた水色の瞳が、静かにレオナルドを見下ろした。

 この広大な倉庫にあるのは、すべて銃器の入った木箱だ。


「五大ファミリーは家門の商いにおいて、自分の領地外の人間に、武器を売ることが禁じられています」


 笑ってエヴァルトに追求しながら、フランチェスカから聞いたシナリオを思い浮かべる。


「けれどもこの量。とてもではありませんが、構成員や『親しい友人』に回す範疇を超えていますよね?」


 ゲームでエヴァルトに疑惑が立つのも、こうした動きが原因だった。


「あなたは自身が切り拓いた隣国の商路を使い、大量の武器を貯蔵している。それは一体、何のためでしょうね」

「いまは有事だ。『薔薇』の奪還をするために、これくらいの仕度は必要だろう」

「あはは、ご冗談を! たった数日で、国王陛下の目を掻い潜り、こんなにも多くの武器を掻き集めたとでも?」


 レオナルドは笑い、木箱のひとつに触れてみる。


「さて」


 そしてエヴァルトを振り返ると、挑発の意図を隠さずに微笑んだ。


「――あなたは、クレスターニ側の人間ですか?」

「…………」

「……なあんて」


 エヴァルトが口を開く前に、すぐさま発言を撤回する。


「洗脳されている可能性は捨て切れませんが。少なくとも、望んで従った信奉者ではない」

「……アルディーニ」

「それでいて、あなたがこの武器を蓄えているのは、紛れもなくあなた自身の意思だ」


 恐らくは十年近い年月を掛けて、少しずつ収集して来たのだろう。


(ゲームの五章は、『カルヴィーノがこの国を裏切ったのか』を主軸にしたものだ。そのテーマと、目の前にある武器を結び付けるものを、俺は知っている)


 そしてそれは、レオナルドがこの場所に訪れることを許された理由でもあるのだろう。


「あなたがこの国を裏切るとしたら、動機は妻と娘だけだ」


 武器の山に背を向けたレオナルドは、エヴァルトを正面から見据えて笑う。


「すべては、『陛下の切り札』たるフランチェスカのために」

「――――……」


 煙草を吸ったエヴァルトが、深く紫煙を吐き出した。

挿絵(By みてみん)


『悪党一家の愛娘』小説5巻&コミック5巻&ドラマCD2

すべて25年12月1日に発売!!


▼雨川の直筆サイン本のご予約についてのページ

https://note.com/ameame_honey/n/n5de0dfecd663


小説とコミックはカバーイラスト、ドラマCDは新たなキャラクターの豪華な声優さまも解禁です!


【悪党一家の愛娘】フランチェスカ: 戸松遥さん

【極悪非道の婚約者】レオナルド: 内田雄馬さん

【忠臣義士の番犬従者】グラツィアーノ: 大塚剛央さん

【継往開来の風紀委員】リカルド:梅原裕一郎さん

【狷介孤高の同級生】ダヴィード:松岡禎丞さん

【過保護な冷徹パパ】エヴァルト: 浪川大輔さん

【少年国王】ルカ:釘宮理恵さん


今回も10/27正午までのご予約で、雨川直筆のサインが付いてくる5巻セットが発売されます!


なにとぞ!

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