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290 親愛

【第5部2章】




 ロンバルディ家の次期当主エリゼオは、レオナルドに向けてこう言った。


「――リストに残った最後の男、死んでいたよ」

「ふうん」


 ソファーに寝転がったレオナルドは、書類を眺めながら返事をする。

 賢者の書架と呼ばれる場所で、通路の向かい側に座ったエリゼオは、肘掛けに腕を置いて苦笑した。


「君には分かりきった報告だよね。ごめん」

「まあ、どう考えても生きているはずがなかったからなあ……」


 読み終えた書類を束から外し、適当に丸めて暖炉へ放る。部下たちからの報告書は、赤色を纏って鮮やかに燃え始めた。


「ここ百年で『賢者の書架』へ立ち入った、全員の消息を調べ終えた。資格を消失した人も含めて、生きている人間のすべてに監視を付けたけれど……」

「三日前、クレスターニがどうやって侵入したかの経路は洗い出せないまま、か?」


 肩を竦めたエリゼオを、レオナルドはわざと揶揄ってやる。


「今度お前の祖父さんを呼んで、賢者の書架で勉強会をしよう。テーマはそうだな、『結界スキルに頼らない防犯と警備』」

「フランチェスカちゃんが攫われたのは自分の所為だって、お祖父さまは本当に落ち込んでいるからね。本当に参加しちゃうかも」

「あはは! それは素直に面倒臭いな」


 明るく笑ったレオナルドを見て、エリゼオが静かに目を眇めた。


「不機嫌だね。……フランチェスカちゃんの状況が、悪化したの?」

「…………」


 五大ファミリーの同年代で、エリゼオとは一番付き合いが長い。レオナルドと性質が似ている彼の目に、レオナルドの苛立ちが透けて見えるのだろう。


(まったく……)


 レオナルドはうんざりしながらも、エリゼオに告げる。


「今朝、防護結界に物理攻撃への反応があった」

「…………」


 それはすなわち、フランチェスカが危害を加えられそうになったということだ。


「貫通したの?」

「いいや。解除もされていない」

「……そうか。せめて、フランチェスカちゃんに怪我のひとつも無くて良かった」


 エリゼオが小さく息を吐く。

 しかしレオナルドは、その言葉に同意する気はなかった。


(汚い手で、フランチェスカに触れようとした人間がいる。あるいは彼女に敵意を向けて、おぞましい武力を行使した……フランチェスカはこの世界の、誰にも傷付けられてはいけないのに)


 この事態を、ひとつとして許容できるはずもない。


(君に怖い思いをさせた人間を、一番恐れる方法で罰する。そのために、なんでもするよ)

「一刻も早く、助け出さないとね。カルロ兄さんには……」

「エリゼオ」


 レオナルドは長椅子から身を起こすと、書類の束を火に焚べる。


「フランチェスカのお父君は、最後にいつ『賢者の書架』に立ち入った?」

「…………」


 エリゼオが、レオナルドを探るように目を眇めた。


「どうしてそんなことを聞くの?」

「事実確認。深い意味は無いさ」


 ソファーから身を起こしたレオナルドは、へらっとエリゼオに笑ってやる。


「『賢者の書架』への立ち入り資格を持つ人間の中に、クレスターニ本人かその配下がいる可能性は高い」


 フランチェスカはこの書架で洗脳された。しかし、ロンバルディの老当主ヴァレリオが施した結界に、無理やりこじ開けたような形跡はない。


「レオナルド君。本来ならばロンバルディ家にとって、『誰がいつどんな本を必要としたか』は、第三者に明かすことのない秘密だ」

「もちろんだ。資格を持つ人間のリストも、こんな時だから俺に共有しれくれたんだろ?」


 物分かりの良い顔で言うと、エリゼオはレオナルドに微笑んでこう言い聞かせた。


「ごめんね。これ以上の情報は、お祖父さまの許可がないと難しいかな」

(……やっぱりな)


 レオナルドは、エリゼオが手にする書類へと目を向ける。

 ここへの立ち入り資格を持つ人間の一覧だ。そこにはレオナルドの見知った名前が、自身も含めて数名分ほど綴られていた。


(恐らく爺さんの結界は、その人間がいつ立ち入ったかまでは、照合できないようになっている。防衛上の弱点になるから、そのことは伏せているんだろう)


 エヴァルトの入館履歴を辿ることは難しい。それが分かっただけでも収穫として、レオナルドは目を伏せた。


(フランチェスカが話してくれた、ゲームの内容)


 その言葉を、ひとつとして忘れることはない。

 レオナルドの屋敷で、手を伸ばせば触れられるほどの傍に座って、真剣に言葉を紡いでいたフランチェスカの横顔を思い出す。


『ゲームの五章。パパは「黒幕」レオナルドと繋がっているんじゃないかって、そんな疑惑を向けられるの』

『へえ。どうしてまた』

『カルヴィーノ家の大きな事業のひとつには、隣国ヴェントリカントとの貿易があるでしょう? ほら! 薬物事件の調査中、レオナルドがパパに差し出すように言った商路の……』


 フランチェスカが指しているのは、かつて突き付けた『交渉』の話だ。

 リカルドの父がクレスターニに洗脳され、禁忌とされている薬物の商売に手を出した。レオナルドはそれを粛清するにあたり、フランチェスカの安全を確保するために、エヴァルトにも条件を出していた。


『隣国との商路は、君のご両親にとって大切なものだったな』

『ママが生まれた国だからね。それはゲームでも変わらなくて、だけど』


 あのとき、フランチェスカは悲しそうに俯いた。


『それが疑いの理由になる。パパは隣国との商路を使って、レオナルドに協力しているんじゃないかって噂を流されるの』


 恐らくは、それもレオナルドの策略ということになっているのだろう。


『パパに監禁された私を助け出すため、そして裏切りの粛清のために、三つの家が協力しあう。リカルドとセラノーヴァ家、ダヴィードとラニエーリ家、エリゼオとロンバルディ家……』


 空のように透き通った水色の瞳が、不安気に細められた。


『パパに監禁された私は、グラツィアーノと一緒に屋敷の中を探って、パパの真実に辿り着こうとする。だけど、少しだけ間に合わなくて』


 フランチェスカはレオナルドを見上げ、こう言ったのだ。


『――私の家を包囲して、抗争が起きるの』




***




 夜の港を歩きながら、レオナルドは思考を巡らせていた。


(今後『シナリオ』が進む途中で、間違いなく大規模な戦闘になる)

「お、お願いだ……」


 波の音も悲鳴も響くのに、潮騒の中にあって世界は静かだ。フランチェスカが傍に居ないと、何もかもが空虚で無意味だった。


「なんでもする!! 見逃してくれ、俺たちの仲だろう!? 妹のために金が必要だったんだ、どうか……!!」

「…………」


 そう叫ぶ塊を見下ろしながら、レオナルドは静かに目を伏せる。


(ゲームでは、カルヴィーノと俺が繋がった疑惑を立てられた。……一方でこちらの世界では、フランチェスカの洗脳をきっかけとして、俺たちの協力体制が組まれている)


 ある意味では、これもゲームの大枠通りと言えるのかもしれない。しかしレオナルドが警戒しているのは、もうひとつの捉え方だ。


「お前の家のためにも、必要なことだった! 信じてくれ、俺は」

(カルヴィーノと『俺』ではなく、『黒幕』という要素が残る可能性もある。その場合に示唆されるのは、カルヴィーノがクレスターニの関係者だという点だ)


 そちらの方が、裏切りというテーマには沿っている。


「お願いだ!! アルディーニ、助け――――……」


 引き金を引いた瞬間に、海はいっそう静かになった。

 それでもレオナルドは、再び引き金を引く。二度、三度と銃声が響き渡っても、感情は何も動きはしない。


(駄目だな)


 頬に散った血を、手の甲で拭った。


(裏切り者を嬲ったところで、苛立ちの発散にもなりはしない)


 レオナルドは笑い、男の傍に膝をつく。醜い死体に素手で触れ、やさしく微笑んでこう告げた。


「おやすみ。……さようなら、親愛なるブルーノ」


 実際はなんの感慨もない哀悼を、それでも丁寧に紡いでやる。

 奪取のスキルによる光が、弔いの灯のように強く瞬き、それもやがて消えて行った。


「――当主」


 背後から聞こえてくるのは、冷静な声だ。

 レオナルドは、もっとも傍に仕えるその部下を、にこっと笑って振り返る。


「なんだ? ティベリオ」



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