289 さあ、遊びましょう!(第5部1章・完)
「!」
クレスターニが、フランチェスカの手首を掴んだ。
レオナルドの結界は、フランチェスカに害意のない者は弾かない。そのままぐっと引き起こされ、よろめいたフランチェスカの背を、クレスターニが支える。
「いいぜ。俺と遊ぼう」
「…………っ」
クレスターニが目を細めると、表情だけはとても幸福そうな、純粋な笑顔が作られる。
それなのに全貌が見透せない。長い前髪で片側が隠れた顔も、間違いなく整っていて美しいのに、そこには作り物めいた底知れなさがある。
「そうやって楽しいことをする方が、君を大事にする人間たちを、たっぷり苦しめてやれそうだ」
「…………」
「さあ、どんな勝負がしたいんだ?」
フランチェスカは振り返ると、ルキノに向かって手を出した。
「ルキノ。その銃を貸して」
「はあ?」
ルキノはあからさまな渋面を作るが、クレスターニが笑って許す。
「いいさ。応えてやれ」
「……クレスターニさまのお言葉であれば……」
「ありがとう、ルキノ」
フランチェスカが受け取った銃は、想定した通りの重量があった。
(やっぱり弾が入ってる。他の人たちが私に撃ってくる中、ルキノだけは引き金を引かなかった)
弾倉からすべての弾を抜き、それを彼の手のひらに乗せながら、フランチェスカは提案した。
「六発撃てるこの銃に、あなたが銃弾を込めてください。五発以下ならいくつでも、好きな数をどうぞ」
「……へえ」
「私はその後に目を閉じて、弾倉をルーレットみたいに回します。自分のこめかみに銃口を当てて、引き金を引く」
驚きの声を上げたのは、それを聞いていたルキノだった。
「ば……馬鹿じゃないの? 運が悪ければ怪我じゃ済まない! 自分の意思で引き金を引くなら、さっきの結界では守られないのに……」
「うん。ひょっとしたら死ぬかもしれないし、困るけど……」
その上で、目の前のクレスターニを再び見上げた。
「――あなたにとっての私は、死んでも構わない存在なんですよね?」
「…………」
面白がるようなその瞳が、フランチェスカを観察する。
「だからあなたは、この勝負を受けてくれるはず。だって私が失敗したら、レオナルドたちは悲しみますから。私の死を利用してみんなを揺さぶれるんだから、好都合でしょ?」
「……ああ。そうだな」
「代わりに私が賭けに勝ったら、少しの自由をください! どうせ外には逃げられないなら、この屋敷の中を自分の意思で散歩するくらい、許してくれますよね?」
「…………」
頭の奥に埋められた痛みの塊が、ずきずきと脈を撃っている。
それでもきっと、実際に銃で撃ち抜かれてしまうよりは、何倍も柔らかな苦痛だろう。
(この世界では、ゲームの大枠に近い出来事が起きてしまう)
その原則には抗えないと、フランチェスカは知っていた。
(だったらそれを逆手に取るんだ。ゲームの五章でパパに監禁された私は、屋敷の中で『真相』を探る。……これがいまの状況にすごく似ているなら、利用するしかない!)
フランチェスカに出来ることの一歩目は、なるべくゲームに近付けることだ。
(小さな頃から何度も誘拐されてきたから、よく分かる)
痩せ我慢をすることによって滲んだ汗が、フランチェスカの首筋を伝った。
(この洗脳は、レオナルドたちに苦痛を与えることが目的じゃない。それなら、私をあんなに綺麗な部屋に閉じ込めて、可愛いドレスを着せたりしない……)
そのとき、再び足から力が抜けた。
「うあ……っ!」
「ちょっと、君!」
頭を押さえて膝をつけば、ルキノが驚いて声を上げる。クレスターニの視線を感じながら、フランチェスカは頭痛に耐えた。
(ゲームの第五章は、私とパパの章……)
思い出すのは、以前レオナルドに語ったことだ。
『五章のパパは、私を屋敷に閉じ込めたこと以上に、もっと大きな理由で糾弾される。セラノーヴァ、ラニエーリ、ロンバルディ……疑惑を向けられて、三つのファミリーと敵対するの』
『――それが、この章のシナリオにおける、もうひとつの軸か』
あのときフランチェスカは頷いて、父が問われる『罪』を告げた。
『この国と、国王ルカさまに対する裏切り。……ファレンツィオーネの剣と呼ばれるパパを、この疑いから守らなきゃ』
こんな場所で、助けをただ待つ訳にはいかない。
「んん……っ」
震える足に力を入れ、痛みを押し殺して立ち上がる。
微笑みを絶やさないクレスターニが、今度は黙ってそれを見ていた。フランチェスカは息を整え、どうにか真っ直ぐに胸を張ると、彼に向かって挑むように笑う。
「……さあ」
レオナルドのような優雅さで両手を広げ、明るく告げた。
「私と遊びましょ、黒幕さま!」
「…………はははっ!」
手際よく弾丸をこめたクレスターニが、その銃口をこちらに向ける。
「面白いな。……俺たちの可愛い、フランチェスカ」
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第5部1章・完 2章へ続く