29 特権と悪目立ち
王家の運営するそのホールは、文字通り目も眩むほどに眩い空間だった。
「わあ……」
シャンデリアが吊り下げられた大理石の広間には、赤い絨毯が敷き詰められている。
体育館くらいはありそうな広さの空間に、大勢の着飾った男女が集まり、グラスを片手に談笑しあっていた。
今夜はダンスのない夜会で、立食形式だと聞いている。その分、特に女性たちはドレスで着飾り、見ているだけでも目が楽しい。生演奏の音楽も、心の浮き立つような明るい旋律だ。
レオナルドの腕に掴まったフランチェスカは、きらきらと瞳を輝かせた。
「すごい。あちこちが、とにかく綺麗!」
「ああ。シャンデリアの光が君の瞳に映り込んで、宝石みたいだ」
「レオナルドは本当に、いくらでもそういうのが出てくるんだね……?」
呆れつつも、フランチェスカは周りを観察する。
「君の知り合いはどこかにいるかい?」
「ううん、会ったことのない人ばかり。それぞれの服に入ってる家紋で、どこの家の人かは分かるけど」
その上で、想像は出来ていた事実を再確認する。
(……この会場、裏社会の重鎮もいっぱいいる……)
ゲームシナリオの描写では、その辺りに触れられていなかった。とはいえこの状況は、覚悟していたことではある。
会場にいる人々は、すぐにこちらに気が付くと、にこやかな笑みを浮かべて近付いてきた。
「アルディーニ殿! ご機嫌麗しゅう、良い夜ですな」
「こんばんは、タヴァーノ伯爵閣下。カジノの評判は聞いている、好評そうで何よりだ」
「それもこれも、アルディーニ家のお力添えがあってこそ」
レオナルドに頭を下げている男性は、国の南を治める伯爵家の当主だ。深刻な経営不振に陥った領土を、ここ数年で立て直したことでも知られている。
(なるほど、レオナルドが手を貸したんだ。その結果、レオナルドよりもずっと年上のこの伯爵さまが、レオナルドに頭が上がらないんだね)
続いて男性は、レオナルドの隣でちょんと腕に掴まっているフランチェスカを見下ろした。
「今宵はまた、いつも以上に美しいお嬢さんをお連れですな! おふたりが会場にいらした瞬間、ホール中がぱっと華やいだように見えましたよ。薔薇のように魅惑的で美しいレディ、お名前をお聞きしても……」
「タヴァーノ閣下」
「!」
フランチェスカが口を開くその前に、レオナルドがそれを遮った。
レオナルドはにこりと笑ったあと、その笑顔を貼り付けたまま、暗い目でその男性に告げる。
「――彼女に名を聞く許可を、俺は貴殿に与えたか?」
「ひ……っ」
明らかな殺気を向けられて、男性が反射的に後ずさった。
周囲の空気が凍りついたので、フランチェスカは慌ててレオナルドを見上げる。
「ちょっと。駄目だよ、レオナルド……」
その瞬間、ざわっと周囲がどよめいた。
(な、なに!?)
場を取りなそうとしたはずなのに、余計に動揺を招いたらしい。驚いていると、先ほどの伯爵が逃げ出したその場に、ひそひそと話し声が聞こえてくる。
「五大ファミリーの当主格以外に、アルディーニ卿のことを呼び捨てに出来る人物……それも名前でだなんて、見たことがないわ!」
「アルディーニ閣下がそれを許しているのか? あのご令嬢は、一体何者なのだ……!!」
「え……っ」
思わぬ言葉が聞こえてきたので、慌ててレオナルドを見上げた。
「れ、レオナルド。あなた普段、みんなにはどんな風に呼ばせてるの?」
「特にこだわりはないが。人として当然の礼節さえ保たれていれば、なんとでも呼んでくれて構わない」
「絶対嘘でしょ……!!」
そうだとしたら、フランチェスカがここまで注目を浴びているはずもない。
レオナルドはくすっと笑うと、フランチェスカの瞳を真っ直ぐに見下ろして言う。
「嘘だよ、誰にでも気安く呼ばせたりするものか。……俺のことを『レオナルド』と呼ぶのは、いまは世界でただひとり、君だけだ」
「……うそ……」
知らぬ間に与えられていたその地位に、絶句した。
(前世ではキャラクター名として、みんなが当たり前に『レオナルド』って呼んでたから!!)
けれども確かにおかしいのかもしれない。フランチェスカはぎこちなく、彼のことをこう呼び直した。
「れ……レオナルドさま」
「ははっ」
レオナルドはおかしそうに笑ったあと、今度は目を細め、悪戯っぽい表情で口にする。
「これはこれは。今夜はそのようなお戯れの気分なのですか? ――フランチェスカさま」
「な、なにそれ怖い……!!」
周囲が再びどよめいた。レオナルドはそれが分かっていて、なおもからかうように言い募ってくる。
「フランチェスカさまがこういった遊戯をお望みになるのであれば、私は仰せのままに従いましょう。なんなりとお申し付けを、我が愛しの姫君」
「わーっ、謝るから!! ちゃんといままで通りに呼ぶからもうだめ、お終い!」
手のひらでレオナルドの口を塞ぐと、彼は楽しそうにくつくつと喉を鳴らした。
周囲を取り巻く人々は、完全に特異なものを見る表情で、フランチェスカのことを注視している。
「アルディーニ家の当主にあんな振る舞いをして、怒りを買うどころか気に入られているだって……?」
「『恐れを知らない』で言い表せる話じゃないぞ。おい、あの少女の素性を誰か――……」
(うわわ、変な注目を浴びてる!!)
焦ったフランチェスカの手を、レオナルドがそっと握った。
「人目の無いところに行こうか。……可愛い君が衆目に晒されるのは、耐え難い」
「うぐ……」
これに乗るのは癪なのだが、いまはこの場を離れたい。
フランチェスカがおずおずと頷けば、レオナルドは微笑んで、フランチェスカをエスコートしてくれるのだった。




