283 シナリオの主軸
『ゲームの「私」は、小さな頃に王都とパパから離れて、裏社会とは無縁の状態で成長する。十七歳になるのをきっかけに、それまでずっと遠ざけられていた家に戻されるんだけど……』
アルディーニ家の賓客室で、いつも通りレオナルドの隣に座っていた彼女の姿を、いまも鮮明に思い出せる。
『五章のシナリオが終わるまで、ゲームの私はずっとパパとぎこちないまま、仲直り出来てないんだ。だからといって、積極的にひどいことをされる訳でもなかったんだけど……五章になって、パパが予想外の行動を取るの』
『あのお父君が? 一体どんな』
『それが……』
レオナルドが揶揄い交じりに尋ねると、フランチェスカは複雑そうな顔をして言った。
『……パパに監禁される……』
『監禁』
単語を繰り返したレオナルドに、フランチェスカは慌てて弁明をする。
『ち、違うの! 監禁っていってもうちの屋敷に閉じ込められて、外に出られなくなるだけで!! こういうのなんて言うんだっけ、謹慎?』
『君が悪いことをしたのでもない限り、そんな言い方は相応しくないな。何か理由があったのか?』
『ゲームのシナリオで、最初にパパに言われたのは……』
フランチェスカは、憂鬱そうに視線を落とした。
『五大ファミリーの後継者たちを、一通り味方につけちゃったから』
『……ああ』
それで最初の章ではなく、『五章』が親子の物語なのだ。レオナルドは敢えて指を折りながら、これまでのシナリオを振り返る。
『一章でセラノーヴァ家のリカルド。二章では君の家の養子候補である番犬、三章でラニエーリ家のダヴィード。四章でロンバルディ家のエリゼオと接点が生まれたとなれば、「主人公」は確かにすべての後継者と結び付きを得たことになるな』
そうした括りで纏めるのであれば、レオナルドは既に当主であり、後継者という枠組みからは外れる。
現在のアルディーニ家には、レオナルドの後を継ぐ人間は、ひとりも存在していないのだ。
『ゲームのパパは、「私」が他のファミリーと結束を強くすることを避けようとしたの。五章のクライマックスでは、それが実際は私のためで、すごく遠回りな愛情表現だったことが分かるけど……』
『それなら五章のシナリオは、うち以外の四つの家の人間が、父親に監禁された君を助け出すストーリーが主軸になるのか?』
『すごい! どうして分かるの!?』
フランチェスカは空色の瞳を、美しくきらきらと輝かせた。
だが、レオナルドは苦笑してこう返す。
『よく聞いてくれ、フランチェスカ。この世界がゲームの大枠を辿る以上、五章で君が何者かに捕らわれる可能性は、非常に高い』
『……うん』
フランチェスカは大きく頷いて、自らの両手をぐっと握り込んだ。
『レオナルドにたくさんスキルを掛けてもらってるけど、守護や監視や追跡スキルでも、防ぎきることは出来ないもんね』
『……あまり俺のスキルを君に施すと、俺が洗脳された場合、最悪の事態が訪れる』
そのことを忌々しく思いながらも、フランチェスカに告げた。
『だから俺が君に掛けるスキルは、君の意思で解除が出来るものだけだ』
『うん。解き方は、しっかり覚えられたと思う! ちゃんと切断できるはずだよ。だからレオナルドが洗脳されたとき以外で、私がレオナルドのスキルを解除したときは』
フランチェスカはあのとき、まるでレオナルドを安心させるかのような笑顔で言ったのだ。
『私の意思でそうしたんじゃなくて、私が洗脳されたことを疑ってほしいな』
『…………』
口を閉ざしたレオナルドに、フランチェスカが手を伸ばす。
『大丈夫だよ、レオナルド。いい子いい子』
『……まったく。君の安全の話をしているのに、どうして俺をあやすのかな』
『ふふ! ……だけどね』
フランチェスカは少し困ったような顔をして、言葉を続けた。
『実はゲームの五章には、監禁以外にもうひとつエピソードの軸があるの。私とパパの関係修復だけじゃない、シナリオ上のひとつの「謎」が』
愛らしいくちびるが、不安そうに紡ぐ。
『だから私は、パパを守らなきゃ……』
『……フランチェスカ』
愛おしいフランチェスカが案ずるのは、いつだって自分以外の誰かのことだ。
『レオナルド。ゲームの五章で、パパの身に起こる出来事は……』
***
(――俺たちの生きるこの世界では)
騒々しい酒場を出た先は、雪の積もった薄暗い路地だ。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、夜の王都は静まり返っている。とはいえフランチェスカが居ない以上、レオナルドの忌々しい気分が晴れることはない。
(どれだけ回避を試みても、ゲームのシナリオと大枠の近い出来事が起きる)
賢者の書架で目にしたフランチェスカの姿を、鮮明に脳裏へと思い描く。
(『フランチェスカの監禁』は、別の形で再現された。それを行ったのが、彼女の父親のカルヴィーノではなく、洗脳して拐かしたクレスターニであるという相違をもって)
少し前を歩くエヴァルトの背中を眺めながら、レオナルドは目を伏せる。
(洗脳されたフランチェスカの様子は、これまでの洗脳対象者とは違っていた。洗脳状態にあることが非常に分かりやすい振る舞いをしてくれたのは、恐らく彼女がクレスターニのスキルを『変化』させた結果だ)
だからこそ、フランチェスカの洗脳をすぐさま察せられたのだ。
(ほかにも、前世やゲームのことを含めた記憶の欠落が見える。その所為か……)
夜の雪道を歩きながら、レオナルドは自身の感覚に集中する。
(――洗脳されたフランチェスカは、俺が施した守護や監視のスキルを、まだ解除していない)
そのことが、スキルの使用者として感じ取れるのだ。
(クレスターニ側の結界が、俺のスキルを遮断しているが。それでもフランチェスカのお陰で、取れる対策が増えている)
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