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277 待ち遠しい未来

【エピローグ】




「本当に、ありがとうございます……!」


 ロンバルディ家の屋敷の応接室で、『特例』と印の捺されたカードを手にしたフランチェスカは、きらきらと目を輝かせた。


「『賢者の書架』への入館許可証! まさか、私が貰えるなんて」

「ふん。あくまで一度のみ有効な、仮初の資格にしか過ぎないがな」


 ロンバルディの老当主であるヴァレリオは、険しい表情で鼻を鳴らした。


「本来ならば試験に合格した者でなければ、ロンバルディの人間であろうとも立ち入れない場所だ。今回は、クレスターニの血液サンプルを確保したというお前さんへの、褒美のような特例に過ぎん」

「はい! それでもちろん、十分です!」


 仏頂面をしたヴァレリオの隣で、エリゼオがくすくすと笑っている。


「ごめんね、フランチェスカちゃん。うちのお祖父さまはこういうとき、あまり素直じゃないお方だから」

「エリゼオ。お前、随分と言うようになったではないか」

「ふふ。なにせ、お祖父さまの孫ですから」

「ふん。それでこそ、当家の次期当主だ」


 ふたりのやりとりを前にして、フランチェスカはしみじみと口にした。


「エリゼオ、本当にお祖父さんと仲良しなんだねえ」

「うちのお祖父さまは、こう見えて僕たちに甘いからね」


 そのことは既によく知っていたので、フランチェスカは笑いながら頷いた。

 けれども当のヴァレリオは、顰めっ面で口にする。


「……十年ほど前、お前さんの父親に警告されたことがある」

「うちの父に?」


 お互いに当主であるのだから、もちろん顔を合わせることも多いだろう。しかし、フランチェスカの父がヴァレリオに『警告』とは、あまり穏やかな話ではない。


「そ、それは一体どんな内容を……」

「…………」


 ヴァレリオはとても低い声で、ぽつりと言った。


「――『子や孫に対して、厳しく当たり過ぎたという後悔があるのなら、己の態度を改めて改善するべきだ』と」

「!」


 それをヴァレリオに告げた父の姿を、フランチェスカは思わず想像した。


「付き合いの悪いあの若造が、私を酒席に呼び出してそう言った。だから、実行したのだ。……どんな知識を得たとしても、学習して改善に繋げられなければ無意味であることは、自明の理だからな」

(パパ……)


 幼いフランチェスカに冷たく接したことを、父が後悔しているのは知っている。


 けれども父は、その日々をただ悔いて、フランチェスカに愛情を注ぐだけではなかったのだ。

 他の誰かが、同じ過ちを繰り返さないようにも尽力してくれていることを初めて耳にして、心の底から嬉しくなった。


「ロンバルディ家がとっても円満だってこと、帰ったら父にも伝えておきますね!」

「いい、いらん。それよりもさっさと帰ってくれ、私は聖樹の研究において、目を通さねばならん論文があるのだ」

「ふふ。はい、お邪魔しました」


 入館証を大事に仕舞うと、応接室の扉を開けたエリゼオが、フランチェスカに微笑んだ。


「馬車まで見送るよ。今日だって君に付き添いたかったはずの、レオナルド君の代理だ」

「ありがとう、エリゼオ」


 レオナルドは相変わらず忙しい。

 一年の終わりの日が迫り、もうすぐ新年を迎えるこの時期に、聖夜祭の準備によってスケジュールを変更した仕事を片付けている。


 その上に、ルキノに仕掛けている支配スキルの使い方について、カルロとも熱心な作戦会議中だ。


 何やら実験めいたこともしているらしく、『フランチェスカに余計な悩みごとを持たせたくないから』と、仔細は教えてもらえていない。


「エリゼオも、忙しい?」


 何気なくそう尋ねてみると、エリゼオは笑ってこう言った。


「忙しいというよりも、毎日充実しているかな。未来と世界を変えるためには、やるべきことが山積みだ」

「……エリゼオは本当に、ずっと勉強し続けてるんだね。すごいなあ」

「ふふ。だって、君も言っていただろう?」


 エリゼオは、屋敷の廊下から窓の外を見上げる。


「僕は、たくさんの絶望も恨みも知ってる。……それと同じくらい、未来に希望があることも」

「……エリゼオ」

「だから僕は、スキルを持っていない人にさえも、素晴らしい未来が見えるような世界を作らなくちゃ」


 フランチェスカが地下で告げたことと、よく似た言葉をエリゼオが紡ぐ。


「そうして誰かを助けることが、『みんなで世界を変える』第一歩になる気がするんだ」

「…………!」


 それを聞いて、フランチェスカは頷いた。


(この世界のエリゼオは、この国をめちゃくちゃに変えてしまう『黒幕』に惹かれる、そんな危うい男の子じゃない)


 地下に落ちたとき、幻の声に追われながら呟いた、エリゼオの言葉を思い出す。


(世界を良い方に、誰も悲しまないものに変えたくて。――それが出来ないことに傷付いても、いつか成し遂げるために私たちと協力してくれる、そんな心強い味方だ)


 フランチェスカは微笑みを返し、心から告げた。


「大丈夫。エリゼオは自分と周りの未来を、必ず最善に変えられる人だよ!」

「…………!」


 そう断言して、言葉を重ねる。


「それを繰り返したら、絶対に世界も変わっていく。時々は無力に感じたり、悲しいこともあるかもしれないけれど。それでも――……」

「――フランチェスカちゃん」

「ん?」


 名前を呼ばれて首を傾げると、エリゼオは何かを言い掛けて、それから止めてしまったようだ。


「……ううん」


 そして、恐らくは代わりの言葉を口にした。


「レオナルド君に伝えておいて。冬休みが終わったら、また僕とフランチェスカちゃんを取り合って遊ぼうねって」

「!? や、やだよそれ!」


 あまりにも唐突な提案に、ぎょっとして拒絶の構えを取った。聖夜の儀式を巡る奪い合いは、あくまでルキノを信じさせるための、戯れだったはずだ。


「冗談だよ。でも、またレオナルド君と『作戦会議』が出来たのは、本当に楽しかったな」


 それを聞いて、フランチェスカは微笑ましい気持ちになった。


「よかったら、また力を貸して欲しいな。エリゼオのスキルも頭脳も、素敵な未来のために必要だから」

「ふふ。――もちろん、喜んで」


 真っ白な雪の積もった道を、午後の日差しが照らしている。

 何処までも澄み渡った冬の空気は、世界中を眩く輝かせているのだった。




***



「――以上が本件の顛末となります。陛下」


 すべての話を終えた大臣は、国王ルカへと頭を下げた。


「うむ。大義だったな、ロメオよ」


 椅子の肘掛けに頬杖をついて、ルカは笑う。

 その声音はいつも通り、国を愛して民を思う偉大な王のそれだった。大臣の視線に気付いたルカは、不思議そうに首を傾げる。


「……なんだ? まだ何か、報告が残っているのか」

「いえ。ただ、囚われのロンバルディ閣下とお話をなさっていたときの陛下は、私から見ても恐ろしく感じたことを思い出しまして」

「ああ!」


 愉快な気分になったのか、ルカは快活な声で言った。


「ヴァレリオに、『大袈裟に厳しく当たれ』と頼まれていたからな。盗み聞きをしている者に、ペンの音で筆談が気付かれないようにやりとりをするのは、案外楽しい遊びだった」

「喜ばしいことです。……これで、陛下が数年ものあいだ警戒なさっていた隣国の状況の調査に、進展が見られましたね」

「ヴェントリカント国の先代王とは、良い付き合いをしていたのだがなあ」


 ルカの微笑みが、僅かに寂しげなものへと変わる。


「まだまだ時期尚早だ。他国の王族を巻き込む問題は、慎重に動かねばならん」

「……何はともあれ」


 大臣は背筋を正し、ルカに跪く姿勢を取った。


「ラディエル司教も、『やはり神はすべてを見ていらっしゃる』とお喜びでしたよ。――カルロの研究も、これで一段と進むでしょう」

「うむ。何よりだ」


 ルカはゆっくりと目を閉じて、小さく呟く。


「切り札を用いた『計画』は、すべての最優先なのだからな」


 その言葉は、まるでルカ自身へ言い聞かせるものであるかのように、静かに室内へと響くのだった。




***




「うーん……」


 年末の忙しなさに賑わう街は、今日も変わらず笑顔に溢れている。

 聖夜の飾りが取り払われ、新年祭の準備に移り変わっている王都の街中で、フランチェスカは悩んでいた。


「レオナルドへの、贈り物かあ……」


 レオナルドが持ってくれている鞄の財布には、これまで貯めてきたお小遣いが詰まっている。

 フランチェスカがじっくりと覗き込んでいるのは、この年末の人混みを相手に商品を披露している、雑貨屋の露店だ。


「あ!」


 フランチェスカは、落ち着いた輝きを放つ黒の耳飾りを手にすると、彼の耳元へと近付けた。


「レオナルド、これも似合いそう! ちょっと合わせてみて」

「ん」


 首を傾げ、レオナルドをじっと観察した後で、隣に並べられたカフスボタンを手に取る。


「……こっちも格好良い。耳飾りと同じくらい、レオナルドに似合ってる」

「…………」


 そしてレオナルドの手首に近付け、ますます頭を抱える羽目になった。


「……どうしよう、全然決まらない……!」

「ははっ!」


 困り果てているフランチェスカを見て、レオナルドが楽しそうに笑う。

 晴れの日中とはいえ、やはりレオナルドも寒さは感じているのか、鼻先が少し赤くて可愛かった。


「俺のことで悩んでいるフランチェスカを見ると、気分が高揚するな」

「それもこれも、レオナルドがなんでも似合う所為だからね!」


 マフラーの下でくちびるを尖らせたフランチェスカは、我ながら理不尽な抗議をする。



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