274 仕掛け
踏み付けられたルキノの双眸が、フランチェスカを強く見据える。
「自国のおかしさを享受して、のうのうと生きてる。そんな奴らが知ったように、僕に命令するな……!」
「この国の、おかしさ……?」
「あんたもどうせ、利用されて……うあっ!」
「戦闘慣れしていない王子さまに、僭越ながら助言を申し上げよう」
レオナルドが、ルキノの後頭部に足を乗せた。
「頭に打撃を受けたときは、無理に体を動かさない方がいい。危ないぞ?」
「く、そ……」
軽い声音とは裏腹に、レオナルドはルキノに頭を下げさせる。
「こうやって、そんなに体重を乗せられていないうちは、頭を踏まれても抵抗せず静かにしていろ。じゃないとほら、眩暈を感じるだろ?」
(レオナルド……)
しかしルキノは、小さな声で吐き捨てた。
「……この程度で、僕を捕えられたとでも、思ってるの?」
「へえ」
ルキノの周囲を、淡い光が取り巻いた。
「残念だったね。このまま僕を尋問にでも掛けて、クレスターニさまの情報を得たかったんだろうけれど」
(……ルキノの体が、光に包まれて……)
その光景に、フランチェスカは息を呑む。
(――これで)
それはなにも、ここで彼が逃亡に関するスキルを使うであろうことが、想定外だったからではない。
(『期待した通り』の、未来になった)
レオナルドが、全てを見通した目でルキノを見下ろした。
(ルキノはきっと、ここから転移する。ルキノ本人、もしくは別の誰かのスキルで)
数日前、夜にひとりでロンバルディの屋敷を訪れたフランチェスカは、ルキノの出現に驚いた。
それはルキノに一切の気配がなく、突然そこに『居た』からだ。あれは恐らくスキルによって、その場に転移していたのである。
「僕を無様に取り逃して、悔しがるといい」
(違うよ。ルキノ)
ルキノの体が、光に包まれる。
(ごめんね。……あなたを傷付けないように戦ったことも、たくさん時間を稼いだのも、本当は全部理由がある)
それは数日前、レオナルドとエリゼオとカルロと共に、話し合いをしていたときのことだ。
『あの王子さまに初めて会ったとき、悪戯ついでに仕掛けをしてある。発動させるためには王子さまの血と、少しの時間が必要だ』
フランチェスカは両手を握り締め、ルキノを見据えた。
(私たちの今の目的は、ルキノ君を捕まえることじゃない。この戦いでの、私たちの『勝利条件』は……)
「こんな国……」
ルキノが声を上げると同時に、レオナルドが微笑む。
(……信奉者に『レオナルドの支配スキル』を施して、それに気付かせずクレスターニの元に帰すこと……!!)
「さっさと、滅んでしまえ!!」
光が走り、ルキノの姿が掻き消えた。
「っ、レオナルド……!!」
「ああ」
レオナルドが頷いてくれたのは、『仕掛け』が成功したという合図だった。
フランチェスカが安堵を抱きそうになった、そのときだ。
「レオナルド君、フランチェスカちゃん、伏せて!」
「――――!!」
未来を察知したらしきエリゼオが、そう叫んだ。
***
「……?」
浅い眠りから意識を覚まして、フランチェスカは目を開けた。
「フランチェスカ」
「……レオナルド……?」
どうやら気を失っていたらしい。つい最近もこれと似た目覚めを経験したような気がして、目を擦りながら上半身を起こす。
「私、一体どうして……」
「あのあと大きな揺れがあって、地下の形が変動したんだ」
レオナルドに支えてもらいながら、ゆっくりと辺りを見回した。
フランチェスカたちの傍らには、金色に輝く聖樹が変わらずに聳えている。しかしこの空間は、先ほどまでの場所よりも一回り狭くなっていて、新しい土壁が現れているようだ。
「覚えてないか? 君はこれを回収しようとして、土壁に呑まれそうになったんだよ」
「……あ」
レオナルドが見せてくれたのは、硝子の破片だ。
小瓶の底の部分らしき破片には、その湾曲部分に少しだけ、赤い液体が残っていた。
「ルキノが持ってた、クレスターニの血……」
その説明に、意識を失う前のことを思い出す。
エリゼオの『伏せて』という合図のあと、すぐさま地震に襲われた。地面の一部が隆起したとき、フランチェスカの視界の端には、亀裂の中に落ちてゆく小瓶が目に入ったのだ。
「そうだ。確か、エリゼオが私の動きを予知して、レオナルドに叫んで……」
「君のスキル強化のお陰で、少々の変更が発生した未来でも、ある程度は予知出来るようになったみたいだな」
ドレスに縫い付けた強化素材の宝石は、半分ほどが砕けていた。
無我夢中で細かく数えてはいないが、どうやらエリゼオの未来予知のスキルについては、六段階目まで上げてしまったようだ。
「この血、クレスターニの正体を探す手掛かりになるよね?」
「……ロンバルディ家の学者に力を借りれば、その可能性はあるが……」
レオナルドは、ぎゅっとフランチェスカを抱き締める。
「君は本当に、自分の安全を捨てることに躊躇が無さすぎる」
「ご、ごめん……」




