270 未来のため
『悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした』小説4巻が8月1日発売となります!
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両耳を押さえて俯いたままのルキノが、ぽつりと呟く。
「あの子にも、話したの? 盗聴なんてくだらない、あんたたちの妄想を」
「フランチェスカは――……」
レオナルドが言い掛けた言葉を、少女の声が遮った。
「――レオナルドに、何かを言われた訳じゃないよ」
「!!」
階段前の扉から歩み出たのは、黒のドレスを纏ったフランチェスカだ。
「だけど、気付いちゃったの」
優雅なシルエットを描く裾がふわりと揺れて、縫い付けられた無数の宝石が輝く。
儀式の花嫁役であるフランチェスカの表情を見て、エリゼオは密かに息を呑んだ。
(……驚いたな)
エリゼオやレオナルドにとって、ここに居るルキノは明確な排除対象だ。
だというのに、フランチェスカがルキノに向けるのは、敵に対するまなざしではない。
(フランチェスカちゃん。君は)
あの視線には覚えがある。祖父が、カルロを追放する日にも見せたものだ。
(敵であるルキノ君のことも、心から案じているのか……)
その一方でフランチェスカは、小さく深呼吸をしたあとに、真っ直ぐルキノを見据える。
「あのね、ルキノ」
空の色をした双眸に、覚悟の光が映り込んでいた。
「あなたがエリゼオの独り言を聞いたロンバルディ家の図書室には、強力な防音が施されてる」
「…………」
ルキノの眉が、僅かに動く。
「だったらその防音とやらに、不完全な部分でもあったんじゃないの」
「レオナルドが、思い出の話を聞かせてくれたの。お兄さんがカルロさんとの『悪巧み』に、図書室を使っていて……その内緒話には、レオナルドとエリゼオも混ざってたって」
彼女たちがロンバルディ家を訪れたとき、エリゼオとレオナルドは確かにそんな、戻らない日々の話をしたのである。
(フランチェスカちゃんは、何かを考え込んでいる様子と同時に、僕たちを見守るように聞いていた)
そのときの光景を思い出して、エリゼオは微笑む。
(――誰もが一目置くレオナルド君のことを、こんなにやさしい目で見る女の子が居るんだって、驚いたな)
レオナルドにとって、『フランチェスカ』がどれほど特別な少女であるか、それだけでよく分かると思えたのだ。
「それが小さな子供の頃だったとしても、外の廊下に居る人に筒抜けになるような部屋で、レオナルドが悪戯の作戦会議をするはずがない。図書室の『防音』が完璧なものだって、それだけで信用できる……だから」
レオナルドへの信頼を口にして、フランチェスカは言葉を重ねた。
「ルキノ君がエリゼオの独り言を聞いてしまったなら、それは何かのスキルを使って、意図的に拾ったものだって気付いたの」
「…………」
こうしてルキノに告げながらも、フランチェスカはやはり、決定的な敵対の未来を恐れている。
それと同時に探っているのだ。ルキノがこれから何をするのか、エリゼオが未来視でフランチェスカに告げているにも拘らず、その未来を回避しようと模索していた。
「それだけじゃないよ。ロンバルディの屋敷に居候をしていて、留学生として図書室も使っていたはずのルキノが、どうしてあの部屋の防音に気付かなかったのかな?」
「それは……」
「誰かの声がいつも聞こえて、うるさくて仕方なかったからでしょう?」
小さな子供を労るような声音に、ルキノがぐっと両耳を塞ぐ。
「ユーク君にも盗聴スキルが仕掛けられてるはず。そう気付いてしまったからユーク君の傍では、あなたに対する嘘ばかりついたの」
「……まさか」
敵意のこもったルキノの視線が、エリゼオの方に向けられる。だからエリゼオは微笑んで、事実を告げた。
「君がクレスターニの手先である可能性が高いことは、陛下にお伝えしてあった。そうでなくちゃ、国を巻き込んだお祖父さまの逮捕劇なんて、実現するはずもないだろう?」
「…………」
「お祖父さまをあんな風に追放したのだから、陛下からの疑いの目は僕に向いて当然。……ルキノ君はそう納得した上で、フランチェスカちゃんに『エリゼオがおかしい』と手紙を出した。教会の検閲にわざと引っ掛けて、僕への疑いを強めるために」
しかし、それこそがエリゼオとレオナルドの証拠集めの一環だったとは、思ってもみなかったのだろう。
「心外だなあ。僕が本当に当主を乗っ取りたいなら、もっと上手にやるよ。……僕がお祖父さまを本気で追放することなんて、絶対に有り得ないけれど」
「……っ、お前……」
肩を震わせるルキノを見て、フランチェスカはぎゅっと眉根を寄せる。
「教会……ユーク君がエリゼオの指示で行動してるなら、ルキノ君を混乱させる嘘を声に出さなくちゃって、そう思ったの。あなたが帰ったあとの診療所で、私は『カルロさんに会いたい』って口に出したけれど、レオナルドの手のひらに指で書いたのは……」
それは、エリゼオの名前だったのだ。
(僕にとっても正直なところ、レオナルド君が国家の防衛にここまで協力してくれるなんて、想定外だった)
あの夜、レオナルドはカルロとエリゼオを呼び集めた。
エリゼオに仕掛けられていた盗聴スキルは、レオナルドが結界を使って記録していた情報をもとに、カルロによって解除されている。
(レオナルド君の行動はすべて、フランチェスカちゃんが願った未来のため)
エリゼオたちは、ルキノに会話を聞かれることのなくなった状況下で、聖夜の儀式における行動を決めたのだった。
(……フランチェスカちゃんが、レオナルド君という人間を変えたんだ)
「どうか聖樹から手を引いて。ルキノ君」
フランチェスカはその胸の前で、自身の手を祈るように握り込んだ。