269 悪事の手法
「もっとも、ルキノ君に一切の同情なんて見せないはずのレオナルド君に対しては、早くから打ち明けてしまったけれど」
だからこそ、大聖堂の地下から帰還したあとにも、エリゼオはレオナルドと落ち合った。
脱出後にフランチェスカが気を失い、レオナルドは見送りをしたがっていたが、エリゼオが無理に引き留めたのだ。
声を使わないままの『密談』も、頭脳明晰なレオナルドが相手であれば、祖父と同じくらいに簡単だった。
「やれやれ。冷血漢のように言われるのは心外だ」
聖夜の儀式の正装に身を包んだレオナルドは、その上着のポケットに両手を入れたまま、肩を竦める。
「俺も最近は、心境の変化があったんだが。なにしろ取るに足らない人間にも配慮をしてやらないと、フランチェスカを悲しませる」
「ふふ。本当かな?」
「もちろん。だからこそ――」
レオナルドが獅子を思わせる金の瞳をゆっくりと眇め、ルキノを見据えた。
「フランチェスカを守るための結界には、『フランチェスカを害するスキルを発動させた相手』にしか、発動しないようにしてあった」
「……!?」
途端に空気が張り詰めて、ルキノが一歩後ずさる。
「なあ、『ルキノ君』」
「…………」
レオナルドは底知れない笑みを浮かべたまま、静かな声でこう紡いだ。
「お前、フランチェスカと偶然ふたりきりで会えたのを良いことに、彼女に何をしようとした?」
「……ひょっとして、あの子の頭に雪が積もっていたのを、払ってあげようとしたときのこと?」
不貞腐れたような物言いのルキノが、レオナルドの問い掛けに反論する。
「あんたの結界に弾かれて、こっちはすごく痛い思いをした。あの子に自分の香水まで付けさせて、他の男を牽制してた癖に……!」
「言っただろ? 取るに足らない人間にも配慮をするよう、十分に心掛けていると」
レオナルドが白々しい言い回しを選んでいるのは、ルキノをあえて挑発するためだ。彼の同類であるエリゼオには、それがよく分かった。
「俺は何も、フランチェスカに触れようとする全ての人間を、考えなしに攻撃する訳じゃない」
「どの口が……」
「誰かがフランチェスカとすれ違うとき、偶然肩が触れてしまうこともあるだろう。もちろんそれも許されないことだが、その程度の接触にまで罰を与えるのは、フランチェスカを加害者にしてしまう可能性もある」
レオナルドが一歩踏み出せば、ルキノも更に後ろへ下がる。
「俺がフランチェスカに施した結界が、お前の手を拒絶して弾いたのは――」
その声音が、明らかな殺気を帯びて響いた。
「お前があのときフランチェスカに、盗聴スキルを仕掛けようとしたからだ」
「…………っ!!」
レオナルドと協力関係にあるエリゼオですら、思わず身構えたくなるほどの空気だ。
「だが、残念!」
けれども当のレオナルドは、なんでもないことのように目を細める。
「お前のスキルは弾かれた上、結界にしっかり記録された。その情報をカルロに分析させれば、カルロのスキルでお前の盗聴を『治療』するまでの時間も、随分と短縮される。お陰で実に参考になったよ」
「……は……」
「お前は、結界を通してそんな情報を俺に採集されたことにも、まったく気付かなかったよな」
レオナルドがにこっと微笑む様子は、何処か無邪気さすら感じさせるほどだ。
「『アルディーニは愛する花嫁のためならば、無差別に他人を傷付ける。自分はそれに巻き込まれただけだ』と、そう思い込んでいたんだろ?」
(……ルキノ君と初めて会った日、レオナルド君はまさに、そうした危険人物として振る舞った)
あのとき、フランチェスカに『邪魔』だと吐き捨てたルキノに対して、レオナルドはスキルを発動させた。
その所為で苦痛を感じて咳き込み、膝をついたという痛烈な記憶が、ルキノに先入観を植え付けたのだろう。
「お前はエリゼオを出し抜いたつもりだったようだが、レオナルドおにーさんが身の程を教えてやろう」
「う……」
「俺たちはこうやって、陥れたい相手を利用して、日々甘い汁を吸っている。相手の思い込み、偏見に決め付け、そうした思考をすべて支配しながら」
くちびるの前に人差し指を立てたレオナルドが、やさしく囁く。
「……悪事というのはこうやって働くんだ。『王子さま』」
「〜〜〜〜っ、うるさい……!!」
ルキノが癇癪を起こしたように、その手でぐっと両耳を塞いだ。
そんなことをしても無意味だと、エリゼオはルキノに同情する。だが、レオナルドは容赦をする素振りもない。
「それは当然、うるさいだろうな。お前がいつも不機嫌で苛ついているのは、常に同時に何人もの声を盗み聞きしているからだ」
(……その感覚は、覚えがあるな)
レオナルドの指摘について、エリゼオは笑う。
「ほんの数日前、この地下に落ちてしまったときに、僕たちも随分と幻聴を聞いたからね。あの不快さをいつも感じているのだとしたら、ルキノ君の気持ちも分かるよ」
「…………っ」
優しい言葉をかけたエリゼオを、ルキノが睨み付けた。そこに、レオナルドが言葉を重ねる。
「投獄されたロンバルディの爺さんや、教会の小間使いのチビにも仕掛けていたみたいだが、もっと膨大な人数に仕込んでいるはずだ。ほーら、言ってみな」
「……違う」
「違わない。――数日前から、エリゼオに仕掛けていた盗聴がカルロのスキルで治療されたことに、気付いてすらいないだろ?」
「!」
はっと目を見開いたルキノを前に、エリゼオは形だけ彼を庇った。
「仕方ないよ、レオナルド君。お祖父さまが不在になったあの屋敷で、僕が話すのは使用人とルキノ君だけだったからね」
「く……」
だが、レオナルドは意地悪く彼を追い詰めてゆく。
「もうひとつ助言をしてやろうか? 盗聴スキルが相手に触れなければ発動できないものなら、お前は普段から他人に友好的で、馴れ馴れしい人物として振る舞うべきだ」
「うるさい……」
「俺に押し付けられた本を片付けるとき、自分でやるって主張して小間使いの肩に触ったよな。さり気なく仕掛けられたと思ったのかもしれないが、俺みたいな人間が見れば、言動のぎこちなさに察しがつく」
「うるさいって、言ってるだろ……!!」
ほとんど叫ぶように声を上げたルキノに、レオナルドは告げた。
「あの瞬間以降、小間使いの傍に居るときは、全部お前に聞かれる前提で話していた。――俺も、フランチェスカも」
「…………っ」
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