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266 信奉者

***




 国王ルカは、牢獄の前に据えた椅子に座し、その華奢な脚を組んでいた。


「ご報告は以上です、陛下」


 ルカの傍らに傅くのは、忠実な臣下のひとりだ。彼はその顔色を青くして、大聖堂で起きた一件についてを繰り返す。


「エリゼオ・ノルベルト・ロンバルディは、すでに司祭たちへ危害を加えている模様」

「…………」

「百人ほどの兵を連れているとあれば、彼を制圧する手段は、大聖堂の『スキル使用禁止』を解除するしか……!」


 ルカは緩やかに目を眇め、鉄格子の向こうへとまなざしを向けた。


「お前は実に健気だな。ヴァレリオ」

「……」


 牢の中で膝をついているのは、ロンバルディ家の老当主だ。


「思えばお前が幼い頃は、私がよく面倒を見てやったものだ。――お前が私の背丈を越すのにも、それほど時間は掛からなかったが」

「陛下……」

「今ではお前も歳を取り、すっかり貫禄のある男になった。はははっ、なにせ、ふたりの青年の祖父なのだからな! 月日が経つのは早い」


 ルカは平素よりも少し大きな声音で、笑いながら告げる。


「お前の孫は、私にとっても孫のようなものだ。……それが、聖夜の儀式に乱入するとは」

「…………」

「祖父が洗脳されているなどという嘘までついて。聖堂内を制圧し、司教を人質に取って、アルディーニやフランチェスカと対峙しているらしいぞ?」


 ヴァレリオがゆっくりと顔を上げた。橙色の瞳は、仕えるべき王を静かに見据える。


「お詫びのしようも、ございません。まさか、我が孫が……」


 力がなく弱々しい言葉に、ルカはその小さな肩を竦めた。


「クレスターニとは本当に、恐ろしい存在だな」

「…………」


 ルカは平然とした顔のまま、傍らに立つ臣下に告げた。


「ロメオを呼べ。大聖堂の事態の制圧のため、スキルの使用制限を解除する」

「っ、陛下!」

「なんだ? ヴァレリオ」


 軽やかに聞き返す王を前に、ヴァレリオはぐっと言葉に詰まる。しかし大きな深呼吸のあとで、こう絞り出した。


「……どうか、お考え直しを。聖堂内でスキルを使用できるようにすれば、この隙をついて『我が孫以外の』よからぬ者が、聖樹に危害を加えるやもしれません」

「…………」

「孫も決して、本気で聖樹並びにこの国――ましてや陛下に背くなど、考えているはずが」

「ヴァレリオ」


 ルカが静かに名前を呼べば、ヴァレリオは再び口をつぐんだ。


「聖樹とは、この国の存続にも関わるもの。さらに大聖堂には、同盟国のあいだで大切に守り継がれている、ミストレアルの輝石も持ち出されている」

「そ、れは」

「聖夜の儀式に、輝石は欠かせないものだからな。この状況下で、自国の聖樹を守るために輝石を危険に晒したという誤解があれば、我が国は終わりだと思わんか?」


 椅子から立ち上がったルカは、最後にもう一度ヴァレリオを見下ろした。


「スキルの使用制限を解除したとて、短い時間であれば問題はないさ。あそこには今、アルディーニが居るのだからな」


 ルカの声音には、いつもの朗らかさなど見る影もない。


「一瞬で『制圧』してしまえばいい。――たかだかロンバルディの小僧ひとりと、その構成員ごとき」

「…………っ」


 そして背を向け、王城一階へと繋がる階段を登り始める。


「……我が孫でありながら、なんということを、してくれた……」


 地下牢に残されたヴァレリオは、震える声で嘆きを紡ぐ。

 だが、そのまなざしに強い光が宿っているという事実は、聴いているだけの者には決して察せられないだろう。


「このような結果になって、満足か?」


 老当主は自らの肩口に触れると、残された牢で呟くのだった。




***




(あなたは最期まで、自分の間違いに気が付かなかったのかな。――お祖父さま)


 大聖堂の地下へと続く階段の途中で、彼は思考を巡らせていた。

 彼がひとりで下ってゆくのは、大聖堂の地下へと続く階段である。白い息を吐き出しながら、手の中にある小瓶を握り締めた。


(だって結局は、お父さまの言う通り。すべて、何もかもクレスターニさまが正しいんだから)


 地上では現在、エリゼオに従う構成員たちが、あの場にいる人間たちを制圧している最中だ。

 スキルも銃も使用できない結界の中では、体術を主とした武力を使える人間こそが、純粋な強者となる。


(教会の連中も愚かだな。神聖な儀式だからというくだらない慣例を守って、護衛も置かず……)


 この大聖堂と同様、スキルの使えない『賢者の書架』を守ってきたロンバルディ家にとっては、手応えのない戦いだろう。


(だけど)


 階段を最後まで下り切って、大きな扉を押し開く。


(……僕にとっては、都合がいい)


 彼が目の当たりにした光景は、広大な洞窟の真ん中に、淡く光る聖樹が聳え立つ姿だ。


「…………」


 ほのかに青白い光を放つそれは、何処にも暗い澱みがない。

 彼はゆっくりと聖樹の周りを歩き、そのことを確かめる。その枝と葉、幹や根の隅々に至るまで、美しいままだ。


「一点の、穢れもない聖樹」


 その大木を見上げ、彼は小さな声で呟いた。

 大聖堂が地震によって崩落したあの日、聖夜の儀式のリハーサルを下見できなくなったことは計算外だった。だが、聖樹がここにあると知れた今となっては、そんなことはどうでもいい。


(大聖堂を覆う結界の中では、本来スキルも銃も使えないはず。……だけどこの国の王ルカ・エミリオ・カルデローネ九世は、ロンバルディ家の『叛逆』を前に決断を下したんだ)


 彼は自身の耳に触れ、聞こえてくる不快な音を確かめる。


(――スキル使用禁止の結界は、解除された)


 湧き上がる可笑しさに口の端を上げ、小瓶を握りしめた。その右手には、スキル発動前の光が纏わりついている。


(ははっ、いいぞ、ちゃんとスキルが使える……!! 大聖堂でこんな事態が起これば、スキル使用禁止を解除すると思った通りに!!)


 彼の頭上に、一本の『剣』が生成され始めた。


(ロンバルディ家はこれでお終いだ。だけどそんなことどうでもいい、僕には関係ない……)


 ひび割れて軋むような音を立てて生まれるのは、氷で出来た一振りの剣だ。


「クレスターニさま。あなたへの忠誠の証に、この国を献上します」


 彼がその指を動かすと、剣はくるりと向きを変える。


「氷よ、聖樹を害せ。……行け」


 氷を自在に操るスキルは、彼にとって使い慣れたものだった。氷の剣を振り翳せば、銃やナイフでは届かない奥深くまで、聖樹を傷付けることが出来るのだ。


「あのお方と、僕の願いを叶えるために……!!」


 氷の刃が、鋭く風を切る音がした。

 その剣が聖樹に突き立てられる。鈍い音と共に、聖樹の根を深く抉り刺した。その瞬間に空気が震え、葉がざわめいて、地響きのような揺れを生んだ。


「っ、やった……」


 まるで、聖樹が苦しんでいるかのようだ。


(これでいい。あとはこの瓶を……)


 興奮に叫び出したくなる衝動を堪え、手にした小瓶の蓋を開けようとした、そのときだった。


「…………へえ」

「!?」


 後ろから聞こえてきた声に、息を呑む。


「本当にあいつが未来視した通り、単純な手段を使うんだな」

「な…………」


 場違いなほどの悠然とした口調に、心臓が凍り付きそうになった。


「どんなスキルを使う気なのかと思えば、分かりやすい物理攻撃とは!」

「!」


 ぱちっとスキルの光が爆ぜて、突き立てた氷の剣に触れる。一瞬で生み出された鮮やかな炎が、氷の剣をたちまちに溶かした。

 それと同時に、せっかく作り上げた聖樹の傷が、みるみるうちに修復されてしまう。


「……もっとも、お前の目的はこの後の工程にあるらしいから、ここはそれほど重要ではないという所か」

「お前……っ」


 振り返った先の人影に、思わず癇癪を起こしたくなる。


「なんでお前が、ここにいるんだ……」


 いつのまにか背後に立っていたのは、忌まわしい言動を繰り返してきたあの男なのだ。


「レオナルド・ヴァレンティーノ・アルディーニ……!!」

「ははっ!」


 すべてを見通しているかのような微笑みで、アルディーニがことんと小首を傾げた。


「全部分かっていたからな。お前の狙いが、『クレスターニの配下として聖夜の儀式を狙う人物はエリゼオだ』と誤解させて、自分から目を逸らすことだって」


 金色の瞳を楽しそうに眇め、アルディーニは言い放つ。


「だからフランチェスカとも話し合って、聖夜の儀式を利用することにしたんだ。……本当はお前のように、もっと『直接的』な手段を使ってもよかったんだが」

「…………」


 あからさまな脅迫めいた言い回しに、苛立ちが募る。けれどもそれを窘めたのは、こちらも予想していなかった声だ。


「駄目だよ、レオナルド君」

「!?」


 続いて現れた人物は、聖堂で構成員を率いているはずの、ロンバルディ家次期当主たる青年である。


「僕がレオナルド君に協力を求めたのは、一体何のためだと思ってるのかな?」

(エリゼオ……!!)


 エリゼオは柔らかな微笑みで、アルディーニへとこう返した。


「決定的な証拠を掴むまで泳がせて欲しいって、最初にお願いしたはずなのに。相変わらず手段を選ばない人だ」

「なにせ、想像していた以上の不快さだったからなあ。ロンバルディ家の次期当主さまが、俺からフランチェスカを奪いたがる演技なんてする所為で」

「ふふ。僕が『聖夜の儀式をめちゃくちゃにしかねない人間』だって刷り込むためにも、いくつかの動機を偽装したかったからね」


 アルディーニとエリゼオが会話する様子には、これまで彼らの会話で聞いてきたような、特有の緊張が感じられない。


「僕がフランチェスカちゃんやレオナルド君に執着しているふりをして、そのときに未来視をしてみると、彼が分かりやすい行動に出る傾向にあった。きっと彼は『聴いて』いるうちに、僕の執着を利用できるっていう確信を、どんどん深めていったんじゃないかな?」

「まあ確かに。お前が俺に嫉妬心を抱いている設定は、外から見れば分かりやすい行動理由だ」

(演技? 執着をしているふりだって? それじゃあエリゼオが、アルディーニへの因縁めいたことを仄めかしたり、あの女の子を何故か狙おうとしていたのは……)


 すべて嘘だった可能性に、ここでようやく思い至る。だが、今となっては何の意味もない。


「それでは改めて、お前に挨拶をしておこうか。ようこそ、裏社会の悪党どもが守護するこの国へ!」


 対峙したアルディーニの瞳が、獲物を狙うかのように眇められた。


「隣国ヴェントリカントからやってきた、『ルキノ』君……」


 アルディーニは自身の胸元に右手を置くと、形だけは恭しい礼の姿勢を取って笑う。


「……いいや、王子殿下?」

「…………」


 この国で名乗る偽名を口にされて、『ルキノ』はアルディーニを睨み付けた。

X(Twitter)で次回更新日や、作品の短編小説、小ネタをツイートしています。

https://twitter.com/ameame_honey


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― 新着の感想 ―
これまでの話に完全に騙されました!ルキノが第六章の人物の上に、隣国のキャラだから無実だと思い込んでいたので、クレスターニ関連とはまったく考えが及びませんでした。以前からエリゼオの行動に違和感を感じまし…
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