260 嘘が上手な
「夜中に君を連れ出すなんて、本当に悪いことをしてるみたいだな」
「これが、レオナルドにとっての『本当に悪いこと』?」
「君に関することは、特別」
靴を手にしたフランチェスカを抱えて降ろさないまま、レオナルドは雪の中を歩き始める。
「このまま少し、攫っていいか?」
頷く前に、その足は屋敷の外へと向かっていた。
「もちろん、君の父君に見付からないようにする」
「……バレちゃったら、私と一緒に怒られようね」
「ははっ」
レオナルドは楽しそうに笑い、フランチェスカを横抱きにして、夜の中へと連れ出してくれたのだった。
***
「寒くないか? フランチェスカ」
「うん。平気!」
ほうっと白い息を吐いて、フランチェスカは笑った。
アルディーニ家の馬車で連れてきてもらったのは、先日も訪れた時計塔の展望台だ。
時計塔は深夜でも開放されているが、聖夜祭の季節は人気の場所で、恋人たちで溢れ返っていると聞いたことがある。
それなのに、今はこの場所に誰もおらず、レオナルドとフランチェスカのふたりきりだった。
「レオナルド、スキルで何かした?」
「ほんの少しだけ。大したことは何もしていないよ」
「絶対嘘だあ……」
それでも本当は、他の人がいないことに安心していた。
外套の中がナイトドレス姿だなんて、きっと誰にも気付かれないだろうが、知られてしまうと恥ずかしい。
「……街が、そのまま星空になったみたい」
聖夜祭の当夜が十日後に迫る街は、その煌めきを増している。
家々や店先はランプで飾られて、色とりどりの光を揺らしていた。王都中の木々も聖樹に見立てられ、花のような灯りをちりばめられている。
この高さからは見えないが、それぞれの窓辺に飾られたオーナメントは、誰かが笑顔で選んだものなのだろう。
「地下から出たあと、寝ちゃってごめんね」
美しい景色を見下ろしながら、フランチェスカは白い息を吐いた。
「レオナルドにいっぱい助けてもらったお礼、すぐに言えなかった。エリゼオにも」
「君の存在に助けられたのは、俺の方だ。恐らく、エリゼオにとってもな」
マフラーの所為で乱れていたらしい髪を、レオナルドが指で梳いてくれる。
「――スキルを使わずに君を守る手段が、俺にはもっと必要だ」
「…………」
その指にされるがままになりながら、フランチェスカは目を細めた。
レオナルドがくれた薔薇の耳飾りを、身に着けて出掛ければよかったと、心の中でこっそり後悔しながら。
「……ねえ、レオナルド」
フランチェスカは、レオナルドがフランチェスカを攫いにやってきた理由について、思考を巡らせる。
「大聖堂でもその地下でも、結界スキルの影響で、スキルは使えない。崩れた床穴がすぐに修復されたのも、大聖堂を守る結界の力。……だけど、ルカさまのふりをして襲ってきたのは、誰かのスキルによる罠だったよね?」
「ああ」
「だとしたら、大聖堂では『スキルを使えない』けれど、『使われたスキルの効力は失われない』っていうことになる」
そうでなければ、あの罠が問題なく作動したはずもないのだ。
「ルカさまは、聖夜の儀式を五大ファミリーの誰かに任せるって決める前に、他の人でスキル解除の条件を確認しなかったのかな?」
「…………」
レオナルドが、白い息をひとつ吐き出した。
「いずれにせよ、クレスターニの考えについて、ある程度は絞れたことになるな」
「……それって」
「クレスターニが聖夜の儀式を狙う気で居たとしたら、その手先として選ぶのは、洗脳スキルを使用せずに済む信奉者。そうでなく、洗脳者を使っていた場合……」
月色の瞳が、街を見下ろしながら眇められる。
「クレスターニは、『大聖堂で既に発動したスキルの解除が行われない』ということを、十分に知っている人間だ」
「…………」
立ち入れる者が限られた大聖堂の、その防衛に関わるルールを知っている人間が、一体どれほど居るのだろうか。
「……ごめんな。フランチェスカ」
くすっと笑ったレオナルドが、フランチェスカの頬を手のひらでくるんだ。
「こんな時間に連れ出して、寒かっただろう? すっかり耳が赤くなってしまった」
「ううん。平気だよ」
レオナルドの罪悪感が無くなるように、フランチェスカは微笑んで返す。
「レオナルドの手、温か……」
そのまま彼に抱き締められて、フランチェスカは目を丸くした。
「……レオナルド?」
「少しだけ」
レオナルドは甘えるような仕草で、フランチェスカの頭に頬を擦り寄せる。
「君がちゃんと、この世界で生きてくれているということを、俺に確かめさせて」
「…………」
フランチェスカは、ゆっくりと目を細める。
それから、嘘を吐くのが本当に上手なレオナルドの背に手を回し、あやすようにぎゅうっと抱き締め返した。
「……やっぱり、お兄さんかお父さんの幻覚を、見せられたんでしょ」
「……」
フランチェスカを抱き締める腕の力が、少しだけ増す。
「すごいな」
そしてレオナルドは、フランチェスカの首筋に額を押し付け、甘えるような仕草でこう言った。
「俺のことなら、君は何でもお見通しだ」
「……」
レオナルドにそう告げられて、胸がきゅうっと苦しくなった。
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