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258 大好きな背中

「私の傍に居させるべきではないと、そう考えて離れようとしたこともある」


 フランチェスカは、そんな選択をしようとした人を、もうひとり知っていた。

 思い出すのはレオナルドのことだ。わざと悪者の振る舞いをして、フランチェスカとの婚約破棄を仄めかし、フランチェスカのことを守ろうとしたのである。


 ありったけの光を集めたような存在だと、フランチェスカにそう言ってくれた。

 父とレオナルドはそうした意味で、とてもよく似ているのかもしれない。


「だが、結局はそれも選べなかった。遠くで彼女の幸せを、願うのではなく……」


 娘に語るというよりも、ほとんど独白に近い声音で、父は呟く。


「頼むから傍に居てくれと、セラフィーナに縋り付いたんだ」

「……パパ」


 裏社会の当主として生きる男性にとって、それを口にすることの葛藤は、一体どれほどのものなのだろうか。

 父が雪を踏み締める音を聞きながら、想いを馳せる。


(私に好きだって言ってくれるときのレオナルドは、いつもあんなに優しいのに、何処か悲しそうに笑ってる)


 若き日の父のことばかりではなく、フランチェスカを望んでくれたレオナルドの苦しさを想像して、フランチェスカは俯いた。


「私はどうしても、セラフィーナが傍に居ない未来を選ぶことは出来なかった。……セラフィーナに与えたかった幸福と、お前に得て欲しい幸福とは、その点で大きく異なっている」


 父は、すぐにはっとした様子で、背中のフランチェスカを振り返った。


「フランチェスカ。これはもちろん、お前に向ける愛情が、セラフィーナに劣るのではなく……」

「分かってる。きっと、種類が違うんだよね」


 亡くなった母に対しても、娘のフランチェスカに対しても、父は愛情を注いでくれている。そのどちらも、とても大切な感情なのだと、父を見ていればちゃんと分かった。


「あのね、パパ」


 僅かな逡巡を置いたあと、フランチェスカは口にする。


「私に、好きだよって告白してくれた男の子が居るの」

「…………」


 父は、白い息をひとつ吐き出して、穏やかな声で言った。


「……そうか」


 フランチェスカは思わず、ぱちぱちと瞬きをする。

 こんなとき、父は過保護にフランチェスカを守ろうとするのではないかと、そんな想像をしていたからだ。


「びっくりしないの?」

「何を驚くことがある」


 フランチェスカを背負ったまま、父はほんの少しだけ微笑む。


「お前に、そうした相手が出来るのは、心から喜ばしいことだ」

「…………」


 父の背中に揺られたまま、フランチェスカは俯いた。


「……その男の子は、私のことを守ろうとしてくれるんだ」


 これまでたくさん助けられたことを思い浮かべたフランチェスカに、父が返す。


「お前を欲するというのであれば、それは当たり前のことだろう」

「危ないことだってするんだよ? 傷付くような道だって、平気で選ぶ」

「自らが傷付くこと以上に、お前が傷付く方が耐え難い。それ故の単純な選択だ」

「すべてを捨てようとしているかもしれない。私のために、何もかも投げ打って……」

「フランチェスカ」


 優しくて、それでいて諭すような声音が、フランチェスカに贈られた。


「――お前が思案するべきは、お前があの若造との未来を望むのかどうか、それだけだ」

「!」


 その言葉に、フランチェスカは目を丸くする。


「それだけで、いいの?」

「ああ」


 戸惑いを浮かべたフランチェスカに、父がほんの少しだけ笑って言った。


「かつての私のような葛藤を、お前まで抱く必要はないさ」

(……そっか)


 先ほど父の話を聞いて、フランチェスカはレオナルドを思い浮かべた。

 けれどもこうして考えてみれば、フランチェスカにだってよく似た迷いがあったのだ。


「すぐに答えを出さずとも構わない。ゆっくりと悩んで、選んでいけばいい」

「……ありがとう。パパ」


 父の言葉に、フランチェスカは微笑んだ。


「パパがママと結婚するまでのお話を、今度はその子にも、聞かせてあげてほしいな。意外とパパたち意見が合って、仲良くなるかも」

「あの若造と私がか?」

「ふふ」


 苦虫を噛み潰したような顔の父は、フランチェスカの言う存在が誰のことなのか、どうやら察しているらしい。


「ふたりが仲良しで居てくれた方が、私は嬉しいよ」

「く……」

「そうだ! パパは、ママのお父さんと仲良しだった? 向こうのお祖父ちゃんやママのお家のことは、あんまり聞いたことなかったよね」


 ヴァレリオの言葉を思い出しながら、父にぎゅっと抱き付いた。


「馬車でいっぱい聞かせて欲しいな。お願いパパ!」

「……もちろんだとも。私の可愛い、フランチェスカ」




***




 エリゼオが屋敷に戻った頃には、すっかり陽も落ちていた。


(怪しまれない程度に戻ろうとしたのに、すっかり遅くなってしまったな)


 とはいえ、エリゼオがとある場所に立ち寄った形跡は、ほとんどの人間には辿れないだろう。


(こうした密会には、彼の方が慣れているだろうな。処理については任せておけばいいけれど、念には念を入れておこうか)


 帰宅するなり使用人たちから渡された複数の手紙は、祖父ヴァレリオの処遇について、エリゼオに抗議をする親族たちからのものだ。


 儀礼的に目を通したあと、エントランスの暖炉に放り込んで、図書室への階段を上がろうとする。

 そのとき、エリゼオの背後に生まれた気配に、とんっと肩を叩かれた。


「――災難な目に遭ったみたいだね。エリゼオ」



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