255 いざなう
徹底的に行く手を阻む地下道も、大聖堂そのものを守るためではなく、この樹を守るための機構だったのだ。
だが、聖樹に見惚れている場合ではない。
「とんでもない国家機密だな。――俺たちが知ってしまったことがバレたら、機密保持のために殺されるかもしれない」
「うわあ、絶対に駄目! 怒られる前に早く出口を探そう、出口!」
慌てて周囲を見回すフランチェスカの隣で、エリゼオが呟く。
「これが、本物の聖樹……」
「!」
聖樹を見上げるエリゼオの瞳が、透き通った光を帯びた。
(宝物を見付けた、小さな子供みたい)
普段は大人びた微笑みを浮かべているエリゼオが、十七歳という年齢相応どころか、それよりもずっと幼く見える。
フランチェスカの視線に気付くと、エリゼオはばつが悪そうに苦笑した。
「ふふ、ごめん。出口だね、探そう」
「いいの? 聖樹、見たかったんじゃ……」
「ひとまず、この空間を一周してみようか。僕はこちらから回るから、君たちはそちらへ」
エリゼオはそう言って、フランチェスカたちに背を向けて歩き始める。
「フランチェスカ。行こう」
「うん」
頷いて、エリゼオとは逆回りに探索を開始した。
フランチェスカは周囲に視線を巡らせて、目の前を漂う光を見上げる。
「この光、樹から落ちた花なんだよね?」
フランチェスカの傍に浮かぶ光に、そっと手を伸ばした。
「ふわふわ飛ぶし、やっぱりなんだか、意思を持って動いてるみたい。……というよりも」
小さな光は、フランチェスカの手の上で、円を描くようにくるっと回った。
そうかと思えば顔に近付いてきて、フランチェスカの鼻先に軽く触れる。温かくもなければ質感がある訳でもない、不思議な感覚だ。
他の光も降りてきて、周囲を飛び交い始める。
頬に接近されたり、肩に留まって瞬いたりと、辺りがどんどん賑やかになってきた。
「気のせいかもしれないけど、私の方に集まってない……!?」
「ああ。邪魔だな」
「そんな、虫みたいな払い方!」
フランチェスカの隣に立ったレオナルドが、ぱっぱと手で光を追い払った。
「虫けらだろうが、聖樹の花だろうが。フランチェスカに寄って来るものは、排除しないと」
(レオナルド、なんだか拗ねてる?)
にこやかに見えて、纏う雰囲気に変化が滲んでいる。
それでも、フランチェスカが見上げて首を傾げると、すぐにそんな険しさは消えた。
「君は温かくて、眩しいからな。こんな地下に隠されていれば、聖樹ですら君に焦がれてもおかしくない」
「そうやって、まるで本心みたいにすごいこと言う……!」
さすがに恥ずかしくて拗ねたふりをすると、レオナルドは幸せそうに笑った。
「本心なのに」
「なんとなくそんな気がしてたから、余計恥ずかしいの!」
そのときだった。
「フランチェスカちゃん、レオナルド君」
聖樹の傍に立ったエリゼオが、フランチェスカたちを呼ぶ。そして、地面の方を指差した。
「見て。ここ」
「!」
見上げると、聖樹の根本の一画が、黒く淀んだ何かに覆われていた。
「ここだけ、光がくすんでる?」
「へえ」
軽い調子のレオナルドが、目の上へ手を翳して聖樹の根を見下ろす。
「まるで、枯れ掛けているみたいだな」
「うん。レオナルド君の言う通りかもしれない」
エリゼオは、聖樹の澱みを見据えて呟いた。
「――聖夜の儀式は、あの穢れを清めるものと言えるのかな」
「そっか……」
エリゼオの推測は、そんなに外れていない気がする。
フランチェスカは納得して頷きつつ、周囲に飛び交う光の花に目を向けた。
(この光、やっぱり意思がある生き物みたい)
フランチェスカに懐いてくれているかのようで、少し可愛くも感じてしまう。
(私の近くに飛んできて、すぐにまた聖樹の方に逃げちゃって……)
「壁側を中心に、何かないか探してみるか。聖樹がやたら光っているお陰で、視界だけは良くて助かるな」
(これって、まるで)
ゆっくりと瞬きをしたフランチェスカは、無意識に手を伸ばす。
(聖樹に触ってって、言われてるみたい――――……)
そうして、輝きの中に一点の濁りを帯びた樹の根へ、そうっと触れた。
「――フランチェスカ」
「!!」
レオナルドに呼ばれ、自分の行動にはっとして、手を離そうとしたそのときだった。
「わ……っ!!」
「おっと」
地響きのような音と共に、世界が揺れる。レオナルドに抱き止めてもらってお礼を言いつつも、周りを見回した。
「また地震!? ……ううん、そうじゃない、これは……」
「ああ」
土壁の一部に、ぽっかりと穴が開いている。
その先は階段になっているようで、そこから忙しない足音が聞こえた。
「今度こそ、本物の迎えが来たようだな」
「あなたたち、大丈夫でしたか!?」
助けに来てくれた大人の姿に、フランチェスカは息を吐く。
「司教さま……」
「よかった。怪我は無いようですね?」
不思議な色合いの髪を持った司教ラディエルが、ほうっと胸を撫で下ろした。