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254 大樹


 さきほど地面に置いた松明を、手にすることなく駆け出した。


「大丈夫だった!? 怪我はない!?」

「もちろんだ。君こそ」


 レオナルドは笑い、勢い余ったフランチェスカを受け止めてくれる。


「待たせてごめんな。戦闘中に松明の火が消えてしまって、目が慣れるのに時間が掛かったんだ」

「無事でよかったけど、あの幻覚は? 誰かルカさま以外の人に変身して、レオナルドを驚かせたりしなかった?」

「ああ。なにも問題なかったよ」

「…………」


 フランチェスカの問い掛けを、レオナルドはあっさりと否定した。


「あれは恐らく、聖樹を守るための防衛スキルだ。実体は土で出来た人形のようなものだったから、核を潰せば簡単だった」

(……エリゼオよりもレオナルドの方が、嘘を吐き慣れてる。今のが本当だったのかどうか、全然分からないや……)


 レオナルドはフランチェスカの背中に腕を回したまま、その後ろにいるエリゼオに声を掛ける。


「エリゼオ、情報共有だ。あの罠は侵入者の『駆除』をするもので、『排除』用じゃない。お前も期待しただろうが、あれを利用して地下から出ることは不可能だ」

「そう。残念だな」

(と、いうことは……)


 相変わらず、脱出困難な状況に変わりはないということだ。


「……みんな、改めてここで休んでいく? 走ったり、戦ったり、疲れたよね」


 フランチェスカの提案に、レオナルドが柔らかな笑顔で返す。


「もう少し歩けるなら、探索を続けないか? もしくは、俺がお姫さま抱っこで君を運んでもいいんだが」

「!? あ、歩けるよ、大丈夫!」


 レオナルドがそんな冗談を言った理由は、フランチェスカにも分かっていた。


(……松明にしてた椅子の脚が、もうすぐ燃え尽きちゃう。この地下には他に、薪や松明の代わりに使えそうなものが無いし)


 地下で光源を失うことは、探し物において致命的だろう。ましてや十二月の寒さの中では、火もなく夜を越すことは出来ない。


(ここにはお水も無い。冬とはいえ、何も飲めないとなると……)


 少しだけ、途方に暮れそうになってしまった。

 そんなフランチェスカに、エリゼオがそっと教えてくれる。


「大丈夫。何度目かの変動があったとき、土壁の中に木の根が混ざっているのが見えたよ。もう少し太い根を見付ければ、そこから水分を確保できるかもしれない」

「……うん! ありがとう、エリゼオ」

「どういたしまして」


 そう微笑んだエリゼオは、すっかり普段通りだ。もう大丈夫なのだとよく分かって、フランチェスカは安堵した。


「それじゃあ進もう。二手に分かれたこの先の道、どっちに……あれ?」


 目の前を、思わぬものが横切った。


「いまの……」


 レオナルドの腕から離れ、フランチェスカは辺りを見回す。すると、レオナルドとフランチェスカのちょうど中間を、再びそれが横切った。


「あ!」


 浮かんでいたのは、小さな光だ。


「――蛍?」


 だが、こんなところにそんなものがいるはずもない。

 しかしその光は、フランチェスカの周りをふわふわと移動して、遊んでいるかのように舞う。


「エリゼオ。これって一体……」

「……まさか」


 漂う光を見上げたエリゼオが、手を伸ばしながら呟いた。


「これは、文献で読んだ聖樹の花だ」

「!」

「……フランチェスカ」


 レオナルドに示された先へ、フランチェスカは視線を向ける。

 すると、先ほどまで二手に分かれた道があったはずの空間は、異なる光景に変化していた。


「道が、一本だけになった!」


 その道の奥を、無数の光が照らしている。

 聖樹の花だという小さな光は、まるで足元を照らそうとするかのように、点々と奥まで続いていた。


「……こっちに来てって、言っているみたい……」


 思わず呟き、はっとして口を塞いだ。

 なんだか妙なことを口走ったような気がしたものの、それは考え過ぎだったようだ。


「ええと、ふたりとも、この道の先に行ってみない? この光が聖樹の花なら、さっきまでなかった変化が起きてるってことだよ!」

「……でも、妙だよ。聖樹は地上の大聖堂に聳える木だけれど、ここは地下だ。聖樹の花が散ったとしても、ここで漂っているはずはない」


 エリゼオの慎重な発言に対して、レオナルドが笑う。


「だとしても、だ。これ以上ここで立ち止まって、フランチェスカの体を冷えさせたくない」


 その手が、フランチェスカへと差し出された。


「おいで、フランチェスカ。俺と一緒に、光の道を散歩しよう」

「……うん!」


 レオナルドの手を取って、エリゼオを振り返る。


「エリゼオは、どうする?」

「……ふふ。分かったよ」


 エリゼオはなんだか楽しそうに笑って、松明を手に歩き出した。


「進もう。この先に何が待っているのか、僕も楽しみになってきた」


 こうしてフランチェスカたちは、光に照らされた地下道を進んで行った。

 聖樹の花は、まるで本当に意思を持っているかのようだ。フランチェスカたちの前をふわふわと舞い、奥へ奥へと誘いながら、やがて瞬きが消えてゆく。その度に新しい聖樹の花が、フランチェスカたちの目の前に現れる。


 それを繰り返しているうちに、足を止めることになった。

 辿り着いた場所で、思わぬものを目にしたからだ。


「なに、これ……」


 そこは、これまでの地下道とはまったく違う、ぽっかりと広い空間だった。

 地中を繰り抜いたようなその場所は、大聖堂よりもずっと広い。先ほどまで空気の心配をしていたことを忘れてしまいそうなほどの、開けた場所だ。


 中央には、大樹が聳え立っている。

 それは、大聖堂の中で見たものよりも遥かに大きく、神々しさを纏った木なのだった。


 大人が十人ほどで手を繋いで輪になっても、この樹を囲むことは難しいだろう。太い枝は方々へ力強く伸び、そこから分かれた枝の一本や葉に至るまでが、強い光を放っている。

 それでいて眩しいほどではなく、何処か神秘的で温かな印象のある、透き通った光だ。


 そして小さな枝からは、先ほども見た小さく淡い光が、ゆっくりと静かに舞い落ちる。


(花というよりも、雪みたい……)


 こんなにも美しい木をみれば、先ほど大聖堂で見たあの大木が紛い物なのだと、嫌でも理解させられてしまった。


「俺たちが見せられた大聖堂の聖樹は、どう考えても偽物だな」


 フランチェスカが考えたのと同様の言葉を、隣のレオナルドが口にする。


「――本物の聖樹は、こうして地下に隠されていた」

「…………」


 いま目にしているこの木こそが、本物の聖樹だ。

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