249 特別な知識
もちろんフランチェスカが止めれば、レオナルドは退いてくれただろう。
しかし、ここでエリゼオに従う構図が出来上がってしまうと、今後の様々なことに影響が出る。
(おじいちゃんも、喧嘩しそうな他所の組に、それぞれが協力しないと解決できないようなお願いごとをしていたっけ)
付け焼き刃でしかないフランチェスカの仲裁は、レオナルドにもエリゼオにも見抜かれている。
けれど、それでも彼らはフランチェスカに譲歩して、均衡を保ってくれたのだ。
「エリゼオの知識があれば、私たちが生き延びるための最善策が分かるはず」
松明の煙を吸わないよう、なるべく高い位置に掲げながら、フランチェスカは言った。
「そしてレオナルドには、エリゼオの見付けた『最善』を実行する力がある。大抵のことは切り抜けられるセンスとか、身体能力とか!」
「ははっ。君がそう言ってくれるなら、期待には応えないとな」
(私はあまり役に立てないかもしれないけど、前世の知識で手伝える。よく見て、ちゃんと考えなきゃ)
辺りを見渡して、松明の火に照らされた範囲を探る。焚き火をしていたこの場所を中心に、道は二手に分かれているのだ。
(……こういう『ダンジョン』みたいな場所を歩くとなると、思い出すのは……)
目を閉じて、前世の記憶を揺り起こした。
(ゲームには、素材集めっていう要素があった。キャラクターを強化するために、ストーリー進行とは別の場所に出掛けて行って、探索する)
フランチェスカが知る限り、ゲームに『大聖堂の地下』というマップは存在しない。
六章以降に実装されるはずだったのか、ゲームには存在していないのかは不明だが、ひとつ引っ掛かることがあるのだ。
(イベントに関係ない探索マップは、毎回ランダムで道が決まっていた。マップに入る度に違う地形のエリアが広がっていて、アイテムが獲得できる場所も、ルートも違う……ゲームだからって納得して、深く考えてなかったけれど)
首を右に傾げ、それから左に傾げたフランチェスカは、ぽつりと口にする。
「……本当に、一定時間ごとに、地形が変わっているのかも……」
「!」
「ああ。なるほど」
目を丸くしたエリゼオとは反対に、レオナルドは納得したような表情で笑った。
「その可能性は捨てきれないな。そうでなければ大聖堂の下に、こんな無意味な穴だけの空間が残っているなんて、説明がつかない」
「そうだよね! だってこの穴は、こんなにしっかりした空間だもの。偶然ぽっかり空いてるんじゃなくて、地下にある通路の一部だって考えても、矛盾はないはず」
フランチェスカが全てを説明せずとも、レオナルドはゲームのことだと気が付いて、信じてくれる。そのことが本当に嬉しかった。
「私たちは、ランダムに地形が変わる地下道の、前後が途切れた一画に閉じ込められているのかも。そのつもりで行動するとしたら……」
「水を差すようだけれど、フランチェスカちゃん」
エリゼオは、小さな子をあやすように苦笑した。
「もっとも現実的なのは、ここがなんらかの理由で作られた地下で、出口までの土壁が崩落したという仮定だ」
「エリゼオ」
「長い地下道の中間が、崩れてきた土に埋められてしまった。――そう考えた方が、自然かもしれないよ」
(……普通はそう考えるよね。地形がランダムに変わってるなんて、この世界でも聞いたことがないもの)
ゲームのことを知らないエリゼオからしてみれば、突拍子もない発言なのは間違いない。
「確かに私の思い付きよりも、エリゼオの言っていることの方が、ずっと現実的だと思う」
「それじゃあ……」
「だけど」
フランチェスカは土壁を見遣り、半ば確信を抱いて返す。
「――ここは、大聖堂の地下だから」
「!」
目を丸くしたエリゼオの前で、フランチェスカはレオナルドに頼んだ。
「レオナルド。少しだけ、私の松明を持っていて欲しいな」
「ああ、もちろん。貸してごらん」
「ありがとう!」
両手が自由になったフランチェスカは、消えた焚き火の傍に屈み込む。
「私たちが落ちてきた穴は、すぐに塞がっちゃったんだよね。エリゼオも見た?」
「……うん。何者かのスキルによる修復だというのは、レオナルド君と同じ見解だよ」
「この地下ではスキルが使えない。同じように、大聖堂を修復するスキルも、ここに適用されているなら……」
フランチェスカが拾ったのは、燃え残りとなった椅子の脚だ。
(しっかり握って、ドスで敵を突くときの要領で……!)
椅子の脚を握って構え、脇を締める。それを両手で握り締めると、狙いを定めた。
「……やっ!!」
「!」
土壁に、椅子の脚を思いっきり突き立てる。
それでも辛うじて刺さったのは、先端のほんの数センチほどだ。
「……驚いたな。君、剣術の経験者なのかい? すごくしっかりした型だね」
「そ、そっちじゃなくて、壁に注目してほしいの! 落ちてきた私たちのクッションになってくれるくらい、柔らかい土なのに。壁自体はこんなに頑丈で、さっきの地震でも崩れてない」
「……」
フランチェスカの言わんとしていることを察してか、エリゼオが口を噤む。
「それから……」
次の瞬間、突き立てられていた椅子の脚が、ふるっと揺れた。
まるで押し出された異物であるかのように、土壁から抜け落ちる。そしてその場所には、へこみや穴のようなものは残っていない。
「やっぱり! ね、レオナルド」
「ああ。君が開けたはずの壁の穴が、修復された」
レオナルドが同意してくれて、フランチェスカは自信が湧いてきた。
「つまりこの地下道は、何かの理由で土が崩れたとしても、元に戻るように出来てるはず」
「…………」
「この先にある行き止まりは、周りの土が崩れて塞がったものじゃない。もしかしたら、しばらく時間が経ったあと、この地下道の形が変わっているかも! ひとまずは、そんな仮定をしてみない?」
レオナルドから自分の松明を受け取ってお礼を言い、フランチェスカはエリゼオに笑い掛ける。
「エリゼオが確かめてくれた道を、もう一度見に行ってみよう!」
「……フランチェスカちゃん……」
エリゼオは、不思議なものを見るまなざしを、フランチェスカに向けていた。
けれどもやがて、何かに納得したかのように、いつもの微笑みを浮かべて頷く。
「そうだね。酸素が尽きるまでは、君の想像する未来の可能性に付き合うよ」
「……うん!」
ひとまずは協力し合えそうなことに、安堵して胸を撫で下ろした。
(ヴァレリオさんを洗脳者だって告発したことについて、エリゼオに聞いておきたいけど。……いまは、脱出が先だ)
「おいで、フランチェスカ」
「!」
右手に松明を持ったレオナルドが、左の手をフランチェスカに伸ばす。
「踵が高い靴で心配だ。俺と、手を繋いで歩こう」
「……ふふ。ありがとう、レオナルド」
こうしてフランチェスカたちは、地下の探索を開始した。
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