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247 真っ暗な檻

【第4部6章】




 わずかな時間、眠っていたような気がした。


「ん……」


 誰かに頬を撫でられて、フランチェスカはゆっくりと目を覚ます。


 目の前でぱちぱちと音を立てているのは、小さな焚き火だ。どうやらいまは、膝を抱えるような体勢で座り、誰かに後ろから抱き締められているようなのだった。


「……レオナルド……」

「おはよう」


 振り返ったフランチェスカを見て、レオナルドは微笑む。炎の揺らぎを宿した金色の瞳は、見ていると何処かほっとした。


「何処か、体の不調は?」

「? 無い……」


 次の瞬間、フランチェスカははっとする。


「っ、レオナルドこそ……!」


 何が起きたのかを思い出し、慌てて彼に尋ねた。


「地震があって、床が崩れて! 私たち、大きな穴に落ちたよね? レオナルド、私を庇って怪我をしなかった!? スキルが使えないのに……」

「この通り平気だ。落下地点までそれほど高度がなかったことと、奇跡的に柔らかい土が堆積していたお陰だな。……それから君のお陰で、受け身が非常に取りやすかった」

「……よかった。助けてくれて、ありがとう」


 レオナルドが無傷であることに安堵すると、柔らかな苦笑が返ってくる。


「お礼を言われるようなことはしていないよ。君を無事に帰してやれていないのは、大きな失態だ」

「ここって……」


 周囲をそっと見回すも、光源は小さな焚き火だけだ。

 そんな限られた視界の中でも、この場所がトンネル状になっていることは分かる。整備された地下道ではなく、ただ土を繰り抜いて作られただけの空間だ。


「大聖堂の地下なの? こんな場所があったなんて」


 なんだか見覚えがあるような気がするものの、肌寒さに思考が邪魔される。

 恐らくは、こうしてレオナルドが後ろから抱き込んでくれている理由も、ドレス姿で薄着のフランチェスカを温めるためなのだろう。


「この穴は、ここから左右に広がっている。音の反響具合を考慮しても、かなり長い道のようだ」

「落ちてきた場所は、ここから遠い? スキルが使えない場所だし、大聖堂と繋がっている穴の所まで戻って、ロープか何かで引っ張り上げてもらうしかなさそうだけど……」

「……フランチェスカ」


 フランチェスカをぎゅっと抱き寄せながら、レオナルドが言う。


「『俺たち』が落ちてきた穴は、直後にすぐさま塞がった」

「え……」

「上にいる司教たちが、こっちを覗き込む暇すら無かったな。あれも恐らくスキル使用不可の結界と同じように、大聖堂に掛けられた防衛スキルだ」


 焚き火はフランチェスカの目の前にある。フランチェスカばかりを温めて、レオナルドは寒くないだろうか。

 そんなことを心配に思いつつも、彼の推測に耳を傾けた。


「大聖堂が物理的に破壊された場合も、自動修復されるようになっているんだろう。恐らくは、聖樹を守るためだ」

「それじゃあ、別の出口を探さないと……」


 フランチェスカはもぞもぞと体勢を変えると、レオナルドと向かい合う。


「私が起きるのを待たせちゃってごめんね。レオナルドはここに居て、私が穴の先を見てくるから」

「フランチェスカ。まずは確認させてくれ」

「?」


 立ち上がる様子のないレオナルドが、フランチェスカの背に腕を回し、自身の方へと引き寄せる。


「さっきの地震や、こうして大聖堂の地下に落ちることは、ゲームでは発生しているか?」

「!」


 フランチェスカは、すぐさま首を横に振った。


「起きていないよな。これほど大きな出来事を、君が俺に伝え漏らすはずがない」

「……今の地震。ミストレアルの輝石が盗まれた夜や、レオナルドと行った公園で起きた揺れと、なんだか似てたよね」

「そのどちらも、同じくゲームでは起きていない事象なんだろう?」


 フランチェスカがこくんと首肯すれば、レオナルドはくすっと笑った。


「……ひとまずは、今後『ゲームでは何も起こらないはずの日だから』という理由で、君が無茶をすることは禁止」

「そ、その話し合いはここを出てからで……! それよりも地震のこと!」


 慌てて話を逸らしつつも、より重要な懸念へと話を戻す。


「――あの地震も、クレスターニの攻撃かもしれないよね?」

「…………」


 レオナルドは、何かを考え込むように、緩やかな瞬きをひとつした。


「大聖堂ではスキルが使えない。外部からの攻撃も、強力な結界で弾くようになってる。だけど、さすがに国全体が揺れるような大地震からは、守れないみたいだった」

「……そうだな」

「実際に、すぐに修復されたって言っても、床に穴を開けることには成功したでしょ?」


 なるべく当たっていて欲しくない想像でもある。けれどもフランチェスカは、念の為それを口にして、レオナルドとの共有を図った。


「大聖堂に居た人の中に、クレスターニの手先が居た可能性だって、高いのかも」

「あの司教なんて、怪しいと思わないか? 君にウインクをしていたし」

「もう。あのラディエル司教さんは、すごく偉い人だよ? 儀式なんて利用しなくても、いつでも大聖堂に入れるはず」


 ラディエルが聖樹に危害を加えることを目論むのなら、聖夜の儀式などという場を利用するのではなく、夜中にひっそりと実行するはずだ。


「わざわざ儀式のときを選ぶなら、その人は大聖堂に普段は入れなくて、だけど聖夜の儀式やリハーサルでだけ……」

「フランチェスカ」

「!」


 レオナルドの人差し指が、フランチェスカのくちびるにそっと触れる。

 一拍置いて、フランチェスカも気が付いた。他には誰も居ないと思っていた地下の空間に、誰かの気配が近付いてくるのだ。


「――目が覚めたんだね。フランチェスカちゃん」

「エリゼオ……」


 右手の道から現れたのは、先ほどまで大聖堂で顔を合わせていた生徒会長だった。


「エリゼオも一緒に落ちてたの? 怪我はない!?」

「ふふ。大丈夫だよ、ありがとう」

「なんだ。もう帰ってきたのか、エリゼオ」


 立ち上がったフランチェスカの肩に、レオナルドが彼の上着を羽織らせてくれる。それにお礼を言ったあとで、エリゼオの様子を伺った。


「……この先の道、見に行ってくれたの?」

「うん。だけど残念ながら、喜ばせられる情報は何も無いよ」


 エリゼオは、ぽつりと呟くように口にする。


「なにしろ、この先も行き止まりだったから」

「……え」


 エリゼオを見ると、その表情からいつもの微笑みは消えている。


「ここを地下道の中心地として、右にも左にも出口は無い。どちらの道の先も、行き止まりになっていたんだ」

「そんな……」

「僕たちが落下してきた穴も、塞がれてしまった」


 俯いたエリゼオの長い睫毛が、焚き火の明かりを纏って輝く。


「最悪の事態だね。たとえ地上に岩盤を動かすようなスキルを持っている人が居たとしても、大聖堂ではそれを使用できない。陛下が、スキル使用不可の結界を解除すると判断なさらない限りは」

「ははっ! それは有り得ないだろうな。国家の存続に関わる防衛結界だ。俺たちごときを救助するために、解くはずもない」


 レオナルドの言う通りだ。たとえルカが心を痛め、フランチェスカたちを助けたいと願ってくれたとしても、聖樹を守ることが優先される。


 国防とは、そういうものだろう。


「つまり……」


 エリゼオが、僅かに眉を顰めて言う。


「僕たちはスキルを使えない状態で、地中の穴へ閉じ込められた。……水も食料も、下手をすれば酸素だって、限られているであろう場所に」

「…………」


 地下の空気が、ずしりと重くなったように感じた。



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