244 月の光
その言葉には、何処か祈りにも似た響きが込められていた。
「どうして……」
「君と敵対している時点で、それは俺じゃない」
フランチェスカからゆっくりと離れて、レオナルドは目を眇めた。
「大切な君に、ひとつでも傷を付けるような真似をする俺なんて、存在することすら許されないだろう?」
「……レオナルド。私は」
「分かっているよ」
柔らかくフランチェスカを遮って、彼が振り返る。
「たとえ事前にこう告げていても、君はそんな決断を下せる女の子じゃない。だが」
金色の瞳が、静かにフランチェスカを見据えた。
「俺は恐らく君のことを、本当に上手に傷付けて、壊すことが出来る悪党だ」
「レオナルド……」
無敵の象徴のような双眸に、恐れが見えたような気がして息を呑む。
「――可愛い君に暴力を振るい、ひどいことをする」
(この言葉。レオナルドと、初めて会った日に……)
「君が、他家に同情されるほどに泣きじゃくるような、悲壮としか呼べない現実が訪れる前に」
レオナルドは、誓いを立てる騎士のように、フランチェスカの前へと跪いた。
「どうか、フランチェスカ」
手を取って軽く口付けると、その頬を擦り寄せる。
そして、何処か寂しい微笑みを浮かべてみせるのだ。
「『そのとき』が来たら、俺を諦めて?」
「…………」
フランチェスカは、きゅっとくちびるを結ぶ。
その上で、レオナルドのことを見据えて告げた。
「――レオナルドの計画は、上手くいかない」
「!」
彼の双眸が、丸い月のように見開かれる。
それはきっと、フランチェスカが口にした言葉も、初めて会った日と同じものだったからだ。
「レオナルドが洗脳されたって、絶対にレオナルドのことを、諦めないよ」
「……フランチェスカ」
「私は何処までもレオナルドを追い掛けて、元のレオナルドに戻ってもらうために、しがみついてでも止めてみせる」
レオナルドの頬を、フランチェスカはそっと撫でた。
「怖がらなくてもいいの。……私は、レオナルドじゃなくなっちゃったレオナルドに、傷付けられたりしないから」
片方の手で触れるだけでは足りなくて、両手でレオナルドの頬をくるむ。
そうしてこつんと額を合わせ、おまじないのように口にした。
「殺してあげられなくてごめんね。レオナルド」
「……君は」
レオナルドが何か言おうとした言葉を、敢えて遮ることにする。
「――それに!」
重ねていたおでこ同士を少しだけ離し、フランチェスカはにこっと笑った。
「知ってるの。レオナルドが、黙ってクレスターニに洗脳されるはずがないこと」
「……フランチェスカ」
こうして間近に見詰めるレオナルドは、本当に綺麗だ。
「だって、レオナルドは最強の男の子で、誰にも負けない」
レオナルドは、フランチェスカのことを『光』だと言う。
けれど、金色をした彼の双眸だって、月光のように輝いて見えるのだった。
「もしもレオナルドが洗脳されたとしたら、それは何か作戦があって、敢えてそうしてる時だけじゃないかな?」
「…………」
「うん! きっとそう」
起こってもいない仮定の話をしながら、フランチェスカはひとりで納得してしまった。
「だからそのときは、頑張るよ。一時的にでもレオナルドと敵対するのは、大変かもしれないけど!」
「…………」
「レオナルドが、洗脳されてまで進めようとしている『作戦』のために。精一杯――――……」
その言葉を、最後まで言い切ることは出来なかった。
「わ……っ」
何故ならば、レオナルドにぎゅうっと抱き締められたからだ。
「……レオナルド……?」
「君は、俺を掻き乱す、天才だな」
片手をフランチェスカの背に回したレオナルドは、もう片方の手でフランチェスカの耳を撫でる。
「君が好きだよ。フランチェスカ」
「んん……っ」
そうして耳飾りを指で掬うと、恐らくはその薔薇に小さく口付けて、こう囁いた。
「……本当に、心の底から」
「〜〜〜〜……っ!」
レオナルドの真摯な声音に、頰が熱くなる。
「う……」
どんな振る舞いをしたらいいのか分からずに、フランチェスカは口をはくはくとさせた。
(どうしよう。やっぱりすっごく恥ずかしいけど、私も何かレオナルドに、ちゃんと……)
頭を捻り、どうにか答えを考え抜いて、手を伸ばす。
「……フランチェスカ」
「ご、ごめん」
おずおずと、レオナルドの頭を撫でてみながら、子供っぽい振る舞いの言い訳を口にした。
「レオナルドみたいには、出来そうにないから……」
「……っ、ふ」
微かに喉を震わせたレオナルドが、耐えかねたように声を上げる。
「……は、はははっ! ああ、君はやっぱり可愛いな!」
「そ、そんなに笑わなくても!!」
いつも余裕のある笑みを浮かべているレオナルドだが、こうして笑うのは珍しい。ますます恥ずかしくなるものの、そこにノックの音が響いた。
「――失礼いたします」
「!」
声を掛けられて、びくりと体が跳ねてしまった。
「レオナルド。多分、司教さまが……」
「……いやだ」
レオナルドはフランチェスカを再び抱き寄せ、前髪に軽くキスを落とす。
「まだ、離したくない」
「だ、駄目だよ行かなきゃ……!!」
もうすぐ儀式のリハーサルが始まるのだ。フランチェスカが身じろぐと、レオナルドがそっと囁いた。
「フランチェスカ」
(耳、くすぐったい……!)
ぎゅっと体を縮こまらせると、はっきりとこんな声がする。
「――ゲームにおける第四章の敵は、聖夜の儀式を妨害する司教だったよな?」
「…………」
その問いに、フランチェスカは頷いた。