239 排除の理由
【第4部5章】
『ロンバルディ家の当主ヴァレリオが、クレスターニに洗脳されていた』
そんな実孫のエリゼオによる告発から、二日後のこと。
フランチェスカは、すっかり薄闇に包まれたこの街で、はあっと白い息を吐き出した。
(ヴァレリオさん、今頃どうしてるかな……)
明日は、聖夜の儀式の予行練習だ。
それが分かっていても、学院から真っ直ぐ帰る気分にはなれなかった。先ほどから、ちらちらと粉雪が降り始めているのだが、凍えながらもずっとここにいる。
(レオナルドもパパもリカルドも、当主会議に呼ばれてる。ロンバルディ家の今後について話し合う会議だから、張本人のエリゼオは不参加で、お家にいるはずなのに)
普段は付けない香水の香りを纏ったフランチェスカは、ひんやりとした柵を手袋越しに握り締め、寄り道をした先の屋敷を見上げた。
(――私がこうやって、ロンバルディ家にひとりで来ても、このあいだみたいに門は開かない)
フランチェスカが立っているのは、ロンバルディ家の正門から少し外れた場所だ。
ロンバルディ家の構成員は、フランチェスカの訪問に気が付いているはずなのに、特段の反応を示さない。数日前にこの家を訪れたときとは、大きな違いだ。
『……カルロさん、行っちゃったね』
フランチェスカが思い出すのは、ヴァレリオが連行された直後、レオナルドとふたりでカルロの診療所に戻ってからのことだった。
『そうなるさ。クレスターニの洗脳に対して、それなりの診療が出来る唯一の医者だからな』
レオナルドは、カルロが普段診療中に座っている椅子に腰を下ろしている。
カルロが時々掛けているらしい眼鏡を手に取り、それを戯れに掛けながら、こう続けた。
『とはいえ、ロンバルディの爺さんが本当に洗脳されているなら、まずはその洗脳が解けなければ話にならない。カルロのスキルは「強制覚醒」と「予防」と「回復」だが、回復は異常解除とは異なるからな』
『でも、レオナルド』
フランチェスカは俯いて、先ほど見た光景に顔を顰めた。
『ヴァレリオさんが洗脳されているって、本当なのかな』
『……』
レオナルドが、フランチェスカに視線を向ける。
『確かに私たち、それを警戒して調べてた。……エリゼオが自分のお祖父さんの洗脳に気が付いたって、それを止めるために動くのだって、おかしくないって分かってるけど』
どうしても、違和感が残ってしまうのだ。
『あるいは、君も想像している通り』
カルロの眼鏡を掛けたレオナルドが、診療椅子の肘掛けに頬杖をついて笑った。
『エリゼオが、当主の座を得るために、邪魔な現当主を追放したのかもしれないな』
『………………』
きゅ、とくちびるを結ぶ。
レオナルドは机上のペンを手に取ると、それを指先で鮮やかに回してみせた。
『いずれにせよ、エリゼオには「証拠」とやらがあるようだ。これまでの洗脳者は、君に「真実の追求をされること」によって、その言動に錯乱めいたものが混じって自白を始めた』
『……エリゼオの証拠が、ヴァレリオさんの洗脳を示すものなら、今頃ヴァレリオさんは……』
『さあて。君以外の人間が「真実の追求」を始めたところで、同じ効果があるのかどうか』
くるくると回っていたペンが、操られているかのようにぴたりと止まる。
やはりレオナルドには、洗脳を不安定にさせるのは、フランチェスカだけが持つ要素だという予感があるらしい。
『うーん……。やっぱり私は自分にそんな力、無いと思うけどなあ……』
『いずれにせよ、まだ結論は出せないさ。爺さんが洗脳者なのかどうか、エリゼオの持つ証拠が正しいのかどうか、君以外の人間が追求したところで効果があるのかどうか。不確定要素がまだ多い』
見慣れない眼鏡姿のレオナルドは、それだけで普段と違った雰囲気に見える。
『俺の気掛かりは、何よりも君のことだ』
レンズ越しに、金色の眼差しが向けられた。
『エリゼオが君を欲しているとなれば、俺も手段は選ばない。フランチェスカ』
レオナルドが浮かべた淡い微笑みは、敵を捕食する力を持った、強者のそれだ。
『あいつを排除することを、どうか許して?』
『……駄目だよ、レオナルド』
フランチェスカは溜め息をついて、レオナルドを叱る。
『私が目的なんて、絶対に嘘だもの。エリゼオには何か、他の狙いがあるはず』
『はは、どうかな。……ともあれ、国が爺さんを疑って調べるのなら、俺たちは別の視点から探っていくとしよう』
レオナルドはカルロのペンを置き、眼鏡を外して笑う。
『告発者たるエリゼオこそが、クレスターニの洗脳者や信者であるという、その可能性を』
『…………』
こうして今日のフランチェスカは、当主会議に召集されたレオナルドとは別行動で、ロンバルディの屋敷にやってきたのである。
(分かってる。ヴァレリオさんのことだって、ちゃんと疑い続けなきゃ駄目だってこと……だけど仮にヴァレリオさんが洗脳者じゃないとしたら、エリゼオがそんな嘘をついた理由は? どうしても、私が目的だとは思えない)
この『実験』により、フランチェスカの中には新たな確証が生まれつつあった。
(だって、私がここでひとりでも、エリゼオが何かしてくる訳じゃない。クレスターニの襲撃も起きない。それが確かめられただけでも、収穫かもしれないけれど……エリゼオが私に固執してるふりをすることに、どんな理由があるんだろう)
雪の中、心当たりがあることに眉根を顰める。
(……レオナルドが私に内緒にしてる、『秘密』に関わることなのかも)
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