24 婚約者との交換条件
その日の放課後。
掃除当番であるグラツィアーノと合流せず、学院のあちこちを歩き回っていたフランチェスカは、よく目立つ黒髪を見付けて息を吐き出した。
「……ようやく見付けた、レオナルド……」
「おや。フランチェスカ」
ハナミズキの木の下に座ったレオナルドは、上着どころかベストも脱いでいる。
白いシャツにスラックスという姿になり、ネクタイも解いて、シャツの袖をまくっていた。どうやら動き回った後らしく、その額に汗が滲んでいて、木漏れ日の下で雫がきらきらとしている。
だが、フランチェスカはそれに見惚れることもない。
「ホームルームに居ないと思ったら、こんな所にいるなんて。一体いままで何処にいたの?」
「校庭で他のクラスの連中と球技大会ごっこしてた。顔見知りがたむろしているのを見掛けたから、たまには遊んでもらおうと思ってな」
そう言って、傍らに置かれているボールをぽんと叩く。
(やってることだけはすっごく青春だ。うう、羨ましい……!)
大半の生徒には恐れられているものの、レオナルドにはたくさんの友達がいる。
それも、学院内でひときわ目立つ生徒たちのグループ複数に好かれ、あちこち気まぐれに顔を出しているらしい。
学院にほとんど来ていなかったくせ、人心掌握の能力がとんでもないのだ。
(薬物事件の黒幕が、こんなに学生らしい日常を過ごしてるなんて誰も思わないよね……)
「それで?」
立ち上がったレオナルドが、フランチェスカを見下ろした。
「俺のことを探しに来てくれたのか。さすがは愛しの婚約者だ」
「そういうのはいいんだってば。それより、聞きたいことがあるの」
「へえ」
そう言うと、レオナルドは微笑む。
「可愛い君に教えられることが、俺にあるのなら嬉しいが」
(……本当に、外見は『最上級ランク』の名にふさわしく綺麗な人だなあ……)
しみじみしながらそう思った。だが、レオナルドの見た目が美しいのは当然のことなので、それにいちいち気を取られてはいられない。
「単刀直入に聞くんだけど」
「ああ」
フランチェスカは、警戒しつつも彼に尋ねた。
「王都に出回ってる薬物のこと、レオナルドが何か関わってる?」
「…………」
レオナルドは、微笑みのまま僅かに目を細めた。
これは当然、『鉄の掟を破っていないか』という問い掛けである。下手をすれば、質問だけで抗争沙汰になってもおかしくないような発言だ。
レオナルドは、そんな質問をしてきたフランチェスカのことを面白がり、楽しんでいるかのような目をしていた。
(当然、この質問の答えは知ってる)
それについてを探るのが、ゲームにおける第一章だ。
主人公が組むリカルドは、伝統を重んじるセラノーヴァの跡取りとして、父親から厳命を受けている。この問題が解決できなければ、次期後継者としての資格を認められないと告げられるのだ。
ゲームでのフランチェスカは、カルヴィーノのひとり娘だと知られている上、薬物事件の前に誘拐されている。
リカルドは、その誘拐事件と薬物事件に関連があるとみて、主人公フランチェスカを探偵助手役に引き込んでくるのだった。
(主人公とリカルドは、薬物事件の犯人について、どのファミリーにも属してない人に目星をつける。だけどもうひとつの事件が起きて、いよいよレオナルドに辿り着くんだ)
その出来事が、『アルディーニ当主レオナルドが黒幕である』ということを、プレイヤーに対しても知らしめる一件になる。
(レオナルドが知っているかだなんて、わざわざ教えてもらう必要はない。だけど、ここでこの質問をしておかないと、本題には入れないし)
緊張しているフランチェスカに、レオナルドはやさしく手を伸ばした。
「そんなに警戒しなくていい、フランチェスカ」
そっと髪を撫でるように触れて、愛しいものを見詰めるように笑う。
「どんな発言をしようと、俺が君にひどいことをするはずもないだろう」
「……じゃあ、教えてくれる?」
「そうだなあ……」
そう言って、瞳に油断ならない光が揺れた。
「――関わっている、と答えたらどうする?」
「……!」
フランチェスカは、まっすぐに彼を見据えて言う。
「もちろん、いますぐに止めてほしい」
これこそが、フランチェスカにとっての本題だ。
平穏な生活を送るため、メインストーリーの出来事に巻き込まれるつもりはない。リカルドと共同調査などもってのほかだが、薬物事件そのものは止めたかった。
「薬物で利益を上げたところで、最終的な損失の方が大きいでしょ? 鉄の掟に反したことが知られれば、アルディーニ家だって無事では済まない。……国王陛下のお耳にでも入ったら、大変だし」
「……」
裏社会の住人といえど、身分はこの国の貴族であり、建前は『王の為の汚れ役』だ。五大ファミリーは、王家に多大な貢献をしていると考えられているからこそ、国内でも特別な地位にある。
普通の考えを持っていれば、王家からのお咎めは避けたいはずだった。
しかし、相手はなにせレオナルドなので、通常の心理が通用するとは思えない。
「――フランチェスカ」
(嫌な笑顔!!)
美しい笑みには騙されない。フランチェスカを間近に見つめるレオナルドは、どう考えても含みのある目をしている。
「善処しよう。ただし、君のお願いを聞く代わりに、俺の我が儘も聞いてくれ」
思わぬ交換条件に、目を丸くした。
「そ……そんなのは内容によるよ!」
「ははっ、それはそうだな! ……では、婚約者殿」
レオナルドはフランチェスカの手を取ると、その甲に軽く口付けつつ、芝居めいて丁寧な口調で言う。
「次の満月に夜会がある。迎えに行くから、俺とデートをしてくれないか?」
「へ……」
絶句したフランチェスカに向けて、レオナルドは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「可愛い君を連れ歩いて、自慢したい」
「…………っ」