231 無敵の唯一
【第4部4章】
「もう一回聞くね、レオナルド」
月曜日の放課後、訪れたカルロの診療所で、フランチェスカはレオナルドをじっと見詰めていた。
「昨日エリゼオの家に居るときに、時々考え込んでるみたいだった。本当に本当に本当に、私の気の所為だったの?」
「ははっ」
暖炉の前に置かれた長椅子で、レオナルドは背凭れに頬杖をついて目を眇める。隣に座るフランチェスカを、間近に見詰め返すような形だ。
「不安にさせるようなことは何も無いよ、可愛いフランチェスカ。君にそうやって心配してもらえると、嬉しくてたまらなくなってしまう」
「もう」
冗談めかした物言いに、フランチェスカは不服を表明する。すると、レオナルドはくすっと笑った。
「ひょっとして、ずっと俺のことで悩んでくれていたのか?」
「……そうだよ。昨日はなんとなく聞けなかったけど、レオナルドどうしたのかなって気になってた」
グラツィアーノとの会話を経て、昨晩フランチェスカが出した結論は、『友達だった頃と同じように、素直に尋ねる』ということだ。
その結果、こんな風に躱されている状況だが、レオナルドは随分と機嫌が良い。
「昨晩の俺は果報者だな。君の家から届けられたメッセージカードだって、眠りに落ちる瞬間まで眺めていられた」
(むむむ。はぐらかされてるなあ……)
夕べドレスを選び終えたフランチェスカは、レオナルドへのお礼をしたためて、お使いに届けてもらったのだ。レオナルドが喜んでくれたのなら、それは嬉しい。
薔薇の花束と耳飾りは、それがフランチェスカの部屋にあるという事実だけで、心を華やがせてくれる。
「……改めて、可愛い贈り物をありがとう。レオナルド」
「俺の方こそ。受け取ってくれてありがとう」
そう言ってにこっと笑ったレオナルドは、いつもの大人びた表情とは違い、十七歳という年齢相応に見える。
(レオナルドに、あんまり無理させないようにしなくちゃ。そのためにも……)
フランチェスカは、自分たち以外に誰の姿もない診療所を見回した。
「カルロさん、まだ帰って来ないね」
今日この診療所を訪れたのは、ロンバルディ家を追放された『かつての当主候補』とも言える、カルロ本人に会うためだ。
「私たち、勝手にここで待ってても大丈夫なのかな?」
「ああ。もちろんだ」
よく見ればそれなりの広さがあるこの部屋は、本棚や机、治療用の道具に薬品棚らしきもので埋め尽くされている。
「そもそもこの診療所は、建物ごと俺の資産だからな。婚約者とのお喋りに使ったって、文句は言わせないさ」
「メインは聞き込みと、作戦会議だよ! ……昨日のこと」
レオナルドの隣で、フランチェスカは暖炉に手を翳す。
「ロンバルディ家で洗脳されていそうな人は、あんまり絞り込めなかったね。ゲーム六章に出てくるはずのルキノにまで会っちゃったのには、びっくりしたけど」
「フランチェスカ」
レオナルドは、傍らにあったカルロの本を適当に手にしながら続けた。
「ダヴィードが、カルロの治療を受ける中で『思い出した』と君に話していた件だが」
「それって、どっちの方?」
数日前のフランチェスカは、音楽室でダヴィードに、ふたつのことを打ち明けられた。
「洗脳の方。ダヴィードが、以前クレスターニの話していたことを、君に伝えたんだろう?」
フランチェスカは俯いて、小さく頷く。
音楽室でのダヴィードは、渋面を作ってこう言った。
『――お前と接触した洗脳者は、その洗脳が解けやすくなるらしい』
それが、ダヴィードの話してくれたことの、ひとつめだ。
あのとき、思ってもいなかった槍玉に挙げられて、フランチェスカは目を丸くした。
『私、そんなスキルは持ってないよ?』
『お前のスキルが何かなんて、クレスターニは知らねえだろ? 少なくともクレスターニの野郎は、そんな推測を立ててるってことだ』
あのときのことを思い出して、フランチェスカは溜め息をついた。
「クレスターニは、私のスキルを誤解してるかもしれないよね」
「だが、クレスターニがそう考えているのだとしたら、君の行動がクレスターニに影響を与える」
レオナルドは本のページを捲りながら、真摯な表情でこう呟く。
「洗脳済みの人間に、フランチェスカが接近した場合。――俺がクレスターニであれば、その洗脳対象者に再び洗脳を掛け直して、厳重に自分の配下に置き直す」
「うーん……私を殺しちゃう方が、先じゃないのかな?」
「その可能性は、まだ低いな。俺や君の父君がどう動くかを、クレスターニも理解している」
「!」
ゆっくりと本を閉じながら、レオナルドが瞑目した。
「エリゼオの言っていた通り、君という存在は俺たちの弱点だ。俺たちに愛されている所為で、君を危険に晒してしまう」
「レオナルド」
「だが」
開かれた金色の双眸が、真っ直ぐにフランチェスカを見据えて笑った。
「俺の想い人。――君はこの王都で、誰よりも強く守られる存在だよ」
「…………!」
その言葉に、フランチェスカの左胸はどきりと跳ねる。