表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

231/303

228 番犬の不服



 衣裳部屋を埋め尽くすほどの『愛情』を前に、フランチェスカは慌てて廊下を振り返った。


「パパ!! パパは何処!?」

「当主はお仕事です。お嬢が気に入ったドレスを絞り込んだら、それに似たやつを数十着買い漁るって」

「何がなんでもこの中にあるドレスから一着決めて、『絶対にこのドレスがいい、他のじゃ駄目』ってパパに言わなきゃ……!!」


 両手で顔を覆ってしまうものの、これは聖夜の儀式に必要なことだ。


(まずは、一着ずつどんなドレスか見ていこう。夕食の時間までに、試着候補だけでも決められるかな?)


 腹を括ったフランチェスカを前にして、グラツィアーノが少々拗ねたような顔をする。


「なんか気合い入ってますけど、試着までしなくてもいいんじゃないすか? 当主が用意したドレスが、お嬢に似合わないなんて有り得ないですし」

「違うの。私に似合うかどうかは、一番じゃなくて」


 目の前のドレスに手を伸ばしながら、『彼』を思い浮かべて口にした。


「レオナルドの花嫁役に相応しいかどうかで、選びたい」

「…………」


 レオナルドは、いつだって悠然とした余裕を纏っている。

 まるで遊んでいるかのようなのに、決して隙がない。国家の存続に関わる儀式を遂行している最中であろうとも、それは変わらないだろう。


(レオナルドの隣に、並ぶなら……)


 想像をしながら、赤い薔薇色のドレスの前に立つ。そんなフランチェスカの背中に向けて、小さな声が呼び掛けた。


「……お嬢」

「どうしたの、グラツィアーノ」


 ドレスの裾を広げていたら、思わぬ問いが告げられる。


「――――本当に、アルディーニと結婚しちゃうんですか?」

「え!?」


 咄嗟に振り返ったグラツィアーノは、右手で目元を覆っていた。


「……や」

(…………?)


 困惑するフランチェスカを前にして、グラツィアーノが声を絞り出す。


「……やっぱ、いまの質問忘れてください……」

「グラツィアーノ、すっごく眉間に皺が寄ってる!」


 どういうことなのか不明だが、物凄く不本意そうだ。弟分に何か心配されていることを察したフランチェスカは、念の為説明を重ねておく。


「これは結婚式じゃなくて、聖夜の儀式のドレスだよ?」

「分かって、ますけど」


 ぎこちなく返事をしたグラツィアーノは、観念したかのように息を吐いた。


「……アルディーニの野郎が」

「レオナルドが?」


 何らかの気恥ずかしさ故なのか、むすっとしたままグラツィアーノが言う。


「卒業したら、すぐにお嬢との婚姻を交わしたいって、当主に願い出たって」

(それは知らない!!)


 そのときの父がどんな反応をしたのか、想像するだけで恐ろしい。

 だが、それよりも更に衝撃的なのは、レオナルドがそこまで話を進めていた点だ。


(れれれレオナルドどういうこと!? 卒業してすぐって、つまり来年の春だよね!? あと一年と少しで結婚の予定なんて言われても、心の整理が追い付かないよ!!)

「お嬢」

「うぐ!」


 動揺のあまり、質問に答えていない自覚はあった。フランチェスカは改めてグラツィアーノに背を向けると、ドレスを吟味するふりで返す。


「そ……そんなの、分かんない! 卒業してからの進路だって決まってないのに、結婚なんて現実感が無さすぎるもの!」

「……へえー……」

「な、なに?」


 意味深な相槌に、思わず再び振り返った。するとグラツィアーノが目を細め、じとりとこちらを見ながら言う。


「ちょっと前のあんたなら、こんなとき、『裏社会の人とは結婚しない』って即答してましたけど」

「んんん……っ!」


 グラツィアーノの言う通りだ。

 今のフランチェスカは、『レオナルドとの婚約破棄』をあんなに望んでいた、春先までのフランチェスカとは違う。


(『黒幕』レオナルドとの結婚なんて、絶対にしたくないって思ってた)


 振り返れば、想像もしていなかった変化をしたものだ。


(薬物事件が起きていた頃、決闘を利用した婚約破棄の方法を、リカルドのお父さんから提案されたっけ。あのときは、それが正しくないような気がして……)


 けれども今の心情は、あのときの気持ちとも全く違う。


(――私のことを好きでいてくれるレオナルドに、どんな想いを返せるのかな)


 今のフランチェスカは、レオナルドに守られていることを察していながら、それを尋ねる手段すら持たない。


「……お嬢」

「あ! ごめんね、ええと」


 グラツィアーノが答えを待っている。フランチェスカは顔を上げ、咄嗟に質問を返してみた。


「ぐ……グラツィアーノは、どうして改めてそんなことを聞くの?」

「…………」


 グラツィアーノは意外なことに、フランチェスカがはぐらかしたことには言及しない。


「上手く、言えねーけど」


 その上で、何処かばつが悪そうに視線を逸らすのだ。


「お嬢があいつと、結婚したら。……王都内のすぐ傍で暮らすとしても、このままこの家で暮らすことになったとしても……」

「?」


 そっぽを向いたままのグラツィアーノは、ぽつりと呟く。


「………………あんたが遠くに行くみたいで、すげー嫌だ」

「!」


 そのとき、不本意そうに顔を顰めたグラツィアーノの耳の先が、はっきりと赤くなっていることに気が付いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ