226 冴えたやり方
「……スキル使用を禁止された環境下で戦闘する手段、か」
エリゼオは、レオナルドの問い掛けを繰り返す。
その上で、あっさりと口にした。
「そんなの、肉弾戦しか無いんじゃないかな」
(え……)
「ははっ!」
呆気に取られたフランチェスカの隣で、レオナルドが笑う。
「だよなあ。俺も同意見だ」
「つ、強さを信条とする家のレオナルドとしては変じゃないけど、知勇のお家としてはイメージが違う……!」
「うちの構成員たちはそれに備えて、体術もかなり鍛えているよ? 特に、僕の護衛も兼ねて学院に通っている、生徒会執行部員の面々はね」
(確かにエリゼオの周りにいる男子生徒たちって、体格が良い人ばかりだよね。学院は銃の持ち込みが禁止されているからだと思ってたけど、それだけじゃなかったんだ)
エリゼオは長身だが女性的な顔立ちで、どちらかといえば華奢な体躯を持っている。
そんなエリゼオが屈強な男子生徒を従え、ましてや先日のように踏み付けている光景は、やはり異質と言えるだろう。
「なら、緊急時は『賢者の書架』に殴り込みか? さすがは知勇を信条とするご一家だ、知力だけではない勇ましさも持ち合わせていらっしゃる」
「ふふ。あるいは、こんな手段もある」
エリゼオが、不意に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「――スキルの使用禁止そのものを、お祖父さまに撤回いただく方法」
「……!」
思わぬ答えに、フランチェスカは目を丸くした。
「そんなことをしたら、余計に危険じゃありませんか? 侵入者たちの方だって、それを待ってからスキルを使っちゃう。相手のスキルがどういうものか、どんな戦い方をしてくるかが分かっていないと……」
「ふふ。問題ないよ」
エリゼオは僅かに双眸を伏せて、紫色の髪を耳に掛ける。
「だって、分かっていればいいんだもの」
「…………っ」
あっさりと断言するその様子は、まったく底が知れないものだ。
(エリゼオになら不可能じゃないのかもしれないって、そう思わされる)
心の中の緊張が滲み出てしまいそうで、フランチェスカは背筋を正した。
(レオナルドに嘘をついてもらっているとしても、エリゼオはきっと気付いてる。――私たちが『賢者の書架』の話をするふりをして、聖夜の儀式の対策を練ろうとしていること)
橙色をしたエリゼオの瞳は、レオナルドの金色の瞳とも近しい。
どちらも透き通っているように見えるのに、本当に見透かされているのは、こちらの思惑の方なのだ。
(『賢者の書架』のスキル使用禁止を止められるのは、お祖父さんのヴァレリオさんだけど。『聖夜の儀式』に使う大聖堂についてなら、その命令権を持っているのは、国王のルカさまだ)
大聖堂のスキル使用禁止そのものは、国の官僚のスキルだと聞いている。ルカの命令なしには停止できないと分かっていても、やはり落ち着かない気持ちになった。
(エリゼオなら、ルカさまにスキル使用禁止を止めてもらう方法を、考え付くことが出来るのかも……)
ぎゅっと両手を握り込んだフランチェスカの隣で、レオナルドが余裕のある笑みを浮かべる。
「やっぱりお前は頼りになるな。エリゼオ」
(……レオナルド)
フランチェスカが見上げた先で、レオナルドは人懐っこそうな振る舞いで続けた。
「もっと議論を交わそうじゃないか。幸い今日は休日だ、時間はたっぷりある」
「ふふ、懐かしいね。レオナルド君とこうしてひとつの議題でじっくり話し合うなんて、子供の頃以来だ」
一方のエリゼオも、表向きは穏やかな微笑みを浮かべている。それなのに感じ取れるこの空気に、フランチェスカは心の中で抗議した。
(だから! 話している内容は仲が良さそうなのに、全然そんな雰囲気じゃないのはなんでなの!?)
これならレオナルドとグラツィアーノの方が、言い争いはしていても親しそうに見える。友達の居ないフランチェスカにとって、同世代同士の交流の複雑さは摩訶不思議だ。
「それと、フランチェスカちゃん」
「は、はい!!」
エリゼオはくすっと微笑んで、揶揄うように口にした。
「気になっていたのだけれど、そんなに丁寧な話し方をしなくていいよ。だって君は、僕の友人――……」
「エーリゼオ?」
「……になると、誰かさんに怒られるみたいだね。けれど」
レオナルドのにこやかな呼び掛けに苦笑したあとで、エリゼオの視線がフランチェスカを射抜く。
「同じ学年なんだから、もっと気軽に接して欲しいかな」
「…………」
どうしてか、美しい狐に狙われている、小さな獲物にでもなったかのような気分だ。
(私だけじゃあ絶対に、エリゼオには対抗出来ない。……それでも、レオナルドに助けてもらうばかりじゃ駄目!)
自らにそう言い聞かせて、フランチェスカは気合を入れる。
「分かった。それじゃあエリゼオ、早速教えてほしいの!」
「ふふ。フランチェスカちゃんは素直だね、好ましいなあ」
「フランチェスカ。エリゼオなんかよりも、俺と話した方が楽しいんじゃないか?」
「れ、レオナルドそんなにくっつかないで、三人で話そう! それで、賢者の書架のことだけど……」
こうしてそれからしばらくの間、フランチェスカは彼らとの話し合いを重ねた。
「………………」
レオナルドが時折、とある計画について思考を巡らせていることなど、気付くことさえないままに。
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