22 事件の調査者
※昨日の夜18時にも更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
「……そいつ。セラノーヴァの跡取りですよね?」
「なんだ、お前は?」
家名を呼ばれたリカルドが、その表情を一層険しくする。
だが、完全に目が据わっているグラツィアーノは、いまにもリカルドに殴り掛かりそうだ。
「お嬢から離れろ。さもないと……」
「ぐ、グラツィアーノ!!」
壁との間に閉じ込められていたフランチェスカは、リカルドに生じた隙をついてそこを抜けた。抜け出すためというよりも、グラツィアーノを止めるためだ。
「大丈夫! セラノーヴァさんはね、私が校則に違反しそうになるのを止めてくれたの!」
「校則違反……?」
「そう! なんかね、胸元のリボンが解けかけてたんだって! 生徒指導の先生に見つかってたら大目玉だもん、あー助けられちゃったなー! よかったなー! セラノーヴァさんが居てくれたお陰だなー!」
普段は無表情なことの多いグラツィアーノが、真顔の中に凄まじい怒気を漂わせている。フランチェスカは笑顔を作りつつ、必死に弟分を誤魔化した。
「ね! セラノーヴァさん、そうですよね!!」
「む……? いや、それももちろんあるが、俺はアル……」
「いいから……!!」
フランチェスカが小声で言うと、リカルドはびくっと身を強張らせる。
「何がなんでも話を合わせて!!」
「……!?」
他家の後継ぎに絡まれただなんて、絶対にグラツィアーノに悟らせてはいけない。
そんなことが発覚すれば、グラツィアーノはこの場で何をするか分からないだけでなく、確実に父にまで話が届く。
それはすなわち、抗争の勃発だ。
フランチェスカの気迫を察してか、リカルドはこほんと咳払いをし、グラツィアーノに説明をする。
「そ……そうだ。俺はそこの転入生に、この学院の規律に則った指導をした」
「本当にありがとう、セラノーヴァさん!」
少々芝居がかっている勢いでお礼を言うと、グラツィアーノが俯いた。
「――それ」
(グラツィアーノ、納得してくれた……?)
どきどきしながら見上げると、ぽつりとした声が溢される。
「……つまりこの男、お嬢の胸元をじろじろ見たってことっすよね……?」
「なんでそうなるのーーーーっ!!」
フランチェスカが思わず叫ぶと、リカルドも大慌てで顔を赤くした。
「し、心外だ!! 俺が女子生徒に対し、そのように不埒な真似をするものか!!」
「は? リボンなんて、そこに注目してなきゃ気付かないだろ。……こいつやっぱ危険だな、消すか……」
「グラツィアーノ、最後のも私には聞こえてるからね! 駄目だよ駄目!!」
リカルドの耳には入らなかったようだが、聞き逃せない発言だ。
慌ててグラツィアーノの手を押さえると、グラツィアーノは拗ねたような目をする。
「大体、お嬢もお嬢じゃないですか。平穏な学院生活を送るんでしょ? こんなところでこんなやつに絡まれて、何してるんです?」
「うぐ。それは本当にそう……」
見れば数人の生徒たちが、こちらを遠巻きに見ているのだった。ここで注目を浴びてしまっては、普通の人生が遠のいてしまう。
リカルドは耳まで赤くしたまま、グラツィアーノに必死に弁解しようとした。
「お、俺はただ、校則違反に繋がりかねない装いを注意しただけで……!」
「失礼いたします、若」
まだ慌てているリカルドの元に、他の男子生徒がやってきて声を掛けた。
「そろそろ昼休みも終わりますので、参りましょう」
「く……っ」
どうやらあの男子は、セラノーヴァ家の構成員のようだ。
リカルドは、まだ何か反論したそうな顔をしていたが、やがて咳払いをする。
「……失礼する。今後はくれぐれも、規律の乱れには気を付けるように」
そのあとで、冷ややかな目をフランチェスカに向けた。
「『規律を壊す存在』と関わるなど、論外だからな」
「…………」
そしてリカルドは、後ろに数人の男子生徒を従えると、二年の校舎の方へと去っていった。
グラツィアーノはその背中を睨んだ後、集まっていた生徒たちも歩き始めたのを確かめてから、小さな声で言う。
「……本当に、何もされませんでしたか?」
「平気だよ、グラツィアーノ。怒ってくれてありがとう、でも大丈夫」
どうどうとグラツィアーノを鎮めつつ、溜め息をつく。
「それにしても、こんなところで他家の次期当主に会うなんて……。セラノーヴァさんって二年生だよね? なんで一年の校舎に居たんだろ?」
「さあ。なんか聞き込みめいたことをしてるって、クラスの奴らが噂してましたけど」
「それって、最近王都に出回ってるっていう薬物事件のことかな」
グラツィアーノは、意外そうに目を丸くした。
「知ってたんすか?」
「家にいるとき、ちょっとだけ聞こえてきたから」
そんな風に誤魔化したけれど、実際は違う。
フランチェスカは知っているのだ。この先にどんな出来事があり、誰がそれに関わるかも、全部分かっている。
(やっぱり始まっちゃってるんだ。メインストーリーの第一章にまつわる、大きな事件が……)
ゲームにおけるシナリオの一章は、この王都で密かに出回り始めた、とある薬物に関連しているのだ。
(五大ファミリーの守るべき掟。そのひとつに『人をおかしくする薬物を扱わない』というものがある)
違法な薬による商売は、家々の間で禁じられていた。
この取り決めを破らないよう、家同士が他の家を監視して、薬絡みの商売に手を出せば粛清される。それくらいに厳しい、鉄の掟だ。
(前世でも、違法薬物を扱うシノギは『ご法度』の組はあったもんね。うちのおじいちゃんの組もそのひとつ……この世界の五大ファミリーも、薬を扱うことで懸念される損失の方を問題視して、そもそも国内には持ち込ませないように監視してる)
薬を商売の道具にすると、必ずそれに手を出す仲間が現れ、組織が崩壊してしまう。
この国の裏社会で薬が禁じられたのは、自分たちの構成員を守るためであり、国の人々を守るためだ。
(五大ファミリーの縄張りであるこの王都に、薬が持ち込まれるなんて一大事だ。それぞれの家の面目も潰れるし、自分のファミリーが関わっていると思われれば、それを粛清の口実にされる……)
だからこそ、リカルドの父であるセラノーヴァ家の当主は、息子にこの件の調査を命じた。
(ゲームの第一章は、主人公がリカルドと協力して、この薬物騒動を解決するのがお話の主軸)
五大ファミリーのうち、真っ先にリカルドのセラノーヴァ家が動いているのは、各家が持っている性質が大きい。
リカルドのセラノーヴァ家は、清らかさを表す白百合の家紋を持ち、その信条は『伝統』だった。
古き伝統を守り、重んじるセラノーヴァ家は、古くから決められた掟をないがしろに出来ない。
だからこそ、家の後継ぎであるリカルドが、父から命じられて調査を始めるのだった。
真面目なリカルドは、放課後は王都内の調査をして、学校がある時間も学校内での聞き込みを欠かさないのである。
(ゲームの主人公フランチェスカは、自分がカルヴィーノ家の娘だってことを隠さずに転入するから、この件でリカルドに接触されるんだよね。そして、一緒に調査を始めるんだけど……)
「……お嬢?」
グラツィアーノに見下ろされながら、ある人物の顔を思い浮かべた。
(……私もう、薬物騒動の黒幕を知っちゃってる……)
「フランチェスカ」
こちらの心を読んだかのように、甘やかな声がフランチェスカを呼ぶ。
視線をやると、制服のポケットに手を入れて歩いてくるのは、遠目から見ても美しい青年だ。
「レオナルド……」
渦中の人物の姿を見付けて、フランチェスカはげんなりした。
当然ながら、この事件の黒幕は、レオナルドなのだ。




