216 敵対の意思
***
(やっぱり)
フランチェスカは、心の中にとある感情を抱きながら、エリゼオへと向き合っていた。
(エリゼオは、全てを見渡すことが出来そうな場所から、私たちを見てた)
展望台の階段を駆け上がったお陰で、真冬だというのにとても暑い。肩で大きく呼吸をするフランチェスカに、エリゼオが尋ねた。
「どうして、君がここに……」
紫色をした彼の髪が、強い風に煽られる。
フランチェスカは背筋を正し、彼に告げた。
「レオナルドたちに囮になってもらって、私ひとりだけ別行動してたんです。エリゼオさんに、気付かれないように」
背の高い男子たちに囲まれれば、フランチェスカはすっかり隠れてしまう。
夕暮れの王都は薄暗く、聖夜祭前の大通りも大賑わいだ。遠くからそれを見下ろすエリゼオには、フランチェスカの不在を目視することは出来なかっただろう。
たとえ、高所からの監視であってもだ。
「僕が本当に聞きたいこと、そっちじゃないって分かってるよね?」
「……」
微笑みを消したエリゼオの顔は、整い過ぎていて冷たく見える。
フランチェスカは呼吸を整えつつ、遠回しな返事をすることを選んだ。
「エリゼオさんが私を気にしているなら、見晴らしの良いところから見ていると思いました」
「それも、僕の質問とは違うよ」
エリゼオが、フランチェスカの方に一歩踏み出した。
「起こるはずの出来事が、起きていない。僕の見た未来と現在が、はっきりと変化しているんだ」
「…………」
「突風は吹いた。けれど、屋台は吹き飛ばなかった。代わりに君がここにいる、そこにどんな因果関係があるのかは明白だ」
図星を突かれてしまい、フランチェスカは身構える。
「君は、僕の見た未来を知っていたよね?」
(……エリゼオの、言う通り……)
ゲーム四章の序盤、シナリオで起きる出来事が、フランチェスカの脳裏に過ぎる。
(私は、今日の市場で事故が起きそうになることを、知っていた)
ゲームの主人公とエリゼオが、最初に回避することになる『悪い未来』こそが、その事故なのだ。
(ゲームのエリゼオが屋台の倒壊を予知して、その事故をフランチェスカと一緒に防ぐ。本来なら、そういうシナリオ)
エリゼオの予知スキルがどういうものか、主人公もプレイヤーも理解するきっかけのイベントだ。
『ごめんねレオナルド。明日から期末テストだけど、今日はどうしても市場に行かないと』
今日のホームルームが終わってすぐに、フランチェスカはレオナルドと、密かにこんな会話をしていた。
『分かっているよ。君が前に話してくれたシナリオの件だろう?』
『うん。屋台のおじさんには、エリゼオに怪しまれないように声を掛けて、緩んだ屋台骨を確認してもらう』
他の生徒が帰っていく教室の中で、声量を落として内緒話をする。
何人かの女子生徒がいつものように、レオナルドを気にして振り返っていたものの、レオナルドはそちらに一瞥も向けない。
『その上で、エリゼオがたったひとりでも、シナリオ通りに事故を防いでくれるのかを確かめておきたいの。これからのシナリオの、指針のために』
『はは』
フランチェスカの鞄を持ってくれながら、レオナルドは笑った。
『そんなもの、試すまでもないと思うけどな』
レオナルドの言いたいことは、もちろん分かっている。
案の定エリゼオは、事故が起きると分かっていた時間になっても、こうして屋台から遠く離れた場所に居た。
(こうなるかもしれないって、分かってたのに。……本当に目の当たりにしたら、私、なんだか怒ってる)
けれど、それを意識して押し殺すようなことはしない。
「私が未来を知っていようと、エリゼオさんには関係ありません」
「……フランチェスカちゃん?」
「もう一度、はっきりとあなたに伝えに来ました」
フランチェスカの心の中には、小さな炎が燻っていた。
だからこそ、一度目よりも強い感情を込めて、再びエリゼオを拒絶する。
「私は、エリゼオさんの計画に、これからも絶対に協力しません」
「――――……」
エリゼオが、橙色の双眸を緩やかに眇める。
(本当は、これが真逆になるはずだった)
本来のシナリオならば、エリゼオは『フランチェスカ』と聖夜の儀式に挑む。
黒幕の目論見を妨害し、無事に儀式を成功させて、ロンバルディ次期当主としての地位を盤石なものにしてゆくはずだ。
(私がシナリオに背いた所為で、そんな未来は実現しない)
そのことを申し訳なく思う気持ちだって、もちろんある。
(だけど、それでも)
両手をぐっと握り締めて、フランチェスカは口にした。
「もう二度と、こうやって私を試すために、わざと悪い未来を看過するようなことはしないでください」
「…………」
「その時が来たら、私は」
エリゼオの双眸をはっきりと見据え、はっきりと告げる。
「――どうあっても、あなたの敵になります」
「…………」
再び吹き荒れた強い風が、唸り声にも似た音を立てた。