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215 未来の通り

 レオナルドに抱き込まれたまま、フランチェスカはリカルドに訴える。


「まったく……」


 リカルドは額を押さえ、深い溜め息をついて言った。


「――お前たち、フランチェスカを困らせるな!」

「!」


 背筋が伸びるようなリカルドの号令に、男子たちがぴたっと言葉を止める。

 レオナルドだけは面白がってそうしている雰囲気があるものの、やはりリカルドの統率力は、こうしたときに頼りになるのだ。


「さ、さすがリカルド……!」

「フランチェスカよ。こうして喧しく騒いでいても、ここにいる面々は全員が、お前を守らねばならないという想いで居る」

「……うん」


 リカルドの言葉に、フランチェスカは頬を綻ばせた。


「その気持ちは、いつもすっごく感じてる。……とっても心強いよ、ありがとうみんな!」

「お嬢……」

「へへ」


 強い風に乱されたマフラーの端を押さえながら、フランチェスカは笑う。


「こうやって身長が百八十センチくらいある男子学生四人に囲まれて、周りの人たちがみんな逃げていくのを見たときは、どうしようかと思ったけどね!」

「おっと、フランチェスカにそんな思いをさせるのは万死に値するな。やっぱりこいつら全員帰らせようか?」

「ううん。よかったら、この状況を利用させてほしいの!」

「……利用だと? おいお前、まさか」


 ダヴィードが顔を顰める。

 フランチェスカは両手でガッツポーズを作り、気合を入れて宣言した。


「こういうときは、戦いあるのみだよね!」

「………………」




***




 エリゼオは、王都の中心地にある時計塔の、展望台に立っていた。

 昨日から時折吹いている強風で、手にしていた本のページが捲れる。展望台の手摺りに身を預けて本を読んでいたエリゼオは、はためくページを指先でなぞるように押さえ、目を眇めた。


(……そろそろ、日が沈むな)


 書物は知識の大海だ。

 海底まで深く潜ってしまえば、現実での時間は流れるように過ぎ去って、未来から現在に変わってゆく。


 そして、それらはあっという間に、過去と呼べる代物に成り果てるのだ。


(もういいか。……この本も、想像していた通りに、つまらなかった)


 そうと分かっていても、手近に本があれば目を通しておきたくなるのは、ロンバルディ家の血筋だからだろうか。


 これはエリゼオの悪癖だ。時間を無駄にすると分かっていても、知識への興味や欲には抗えない。


(とはいえ)


 展望台の手すりに頬杖をついて、少し先に見える集団を眺める。


(予想通りにしか動かない退屈な人間よりも、ありふれてつまらない本の方が、幾分マシなのだけれど)


 夕暮れの街を歩くのは、エリゼオが生徒会長を務める学院に通っている、五大ファミリーの関係者たちだ。


 アルディーニ当主のレオナルドに、セラノーヴァ当主代理のリカルド。ラニエーリ家の当主の弟であるダヴィードと、カルヴィーノの構成員であるグラツィアーノである。


 グラツィアーノは今でこそ構成員に過ぎないが、いずれカルヴィーノの養子になるという噂もあり、現当主から目を掛けられているのは間違いないだろう。


(それから……)


 その四人と共にいるはずの女の子こそが、妙にエリゼオの心へ引っ掛かったカルヴィーノ家の愛娘、フランチェスカなのだった。


(あの四人が厳重に囲んでいる、その真ん中に彼女が居るのかな。……ふふ、背の高い男子たちに囲まれると、すっぽり隠れてしまうとは)


 その美しい外見と、カルヴィーノ家の娘として生まれた事実以外に、なんの変哲もない少女のはずだ。


 ましてや彼女は、『スキルを持たない』と公言している。

 それなのに、こうして各ファミリーの重要人物たちが目を掛けて、彼女を守護しようとしているのだった。


(どんな秘密が、あるのかな)


 つい昨日、エリゼオの仕掛けを施した枝を、当然のように持ち上げようとした彼女を思い出す。


(レオナルド君は、フランチェスカちゃんにご執心だ。アルディーニ家の当主である彼が、恋愛感情なんていうものに流されるなんて、有り得ない)


 恐らくは、何か理由があるはずなのだ。


(……そう、思っていたけれど……)


 それなのに、学院でフランチェスカと過ごすレオナルドを見掛ける度、レオナルドの毒気のない微笑みに驚くのだった。


(未来を変える力を持つ人間だけが、世界を変える)


 手にしていた本を、ゆっくりと閉じた。


(レオナルド君は僕と同じ、世界を変える側の人間だ。それじゃあ、あの女の子は……?)


 遠くに見下ろすレオナルドたちは、何かを互いに話しながら、大通りを歩いていた。

 先ほどから、聖夜祭のオーナメントなどを売っている店に入っては、さほど時間を掛けずに出て来ている。恐らくはフランチェスカの買い物に、彼らが付き添っている形なのだろう。


(きっと、もうすぐ見えていた通りになる)


 指で小さな輪を作り、その中を片目で覗き込んで、エリゼオは白い息をひとつ吐いた。


 展望台に立つエリゼオの背後で、かちりと何かが噛み合う音がする。

 鎖が持ち上げられる音、回り始める歯車の音のあとに、王都中へ響くような鐘の音が鳴り始めた。


(十七時の鐘。夕暮れの王都。大通り、立ち並ぶ屋台、そこを歩く学院の生徒たち)


 真っ白な鳩が何羽も飛び立ち、羽ばたきがエリゼオの紫髪を揺らした。


(――それから、突風と悲鳴)


 一拍を置いて吹き込んだ風が、外套の端までもをはためかせる。


(このあと広場の近くにある屋台が、風に煽られて倒れてしまう。店主がひとり怪我をするけれど、死人が出るほどではない)


 この後に大通りで上がるはずの叫び声は、ここまで聞こえてくることはないだろう。

 それを十分に分かっていながらも、エリゼオは大通りから視線を外さなかった。


(何もかも、スキルで見えていた未来の通り。せめてここから『フランチェスカちゃん』の取る行動が、面白いものだと良いけれど……)


 エリゼオはそんなことを考えながら、片手で自身の髪を梳いた。


「…………?」


 微かな違和感を覚えたのは、大通りの様子が変わらないことだ。

 レオナルドたちは立ち止まり、何かを話しているように見えるが、屋台の倒壊騒ぎに振り回されている様子はない。


(変だな。あのフランチェスカちゃんって女の子なら、真っ先に駆け付けそうだけれど)


 エリゼオが視線を注ぐのは、未来の確定した屋台ではなく、僅かな不確定要素の残るフランチェスカたちの居場所だった。


 そのために、気が付くのに遅れてしまったのだ。


(……屋台が、倒れていない?)


 それだけではない。

 鐘の音や鳥の羽ばたき、風の音に聴覚を支配されていて、展望台にやってきた人物がいるのも察知できなかった。


(まさか……)


 エリゼオが振り返ろうとした時には既に、彼女に背後を取られている。


「――フランチェスカちゃん?」

「…………」


 今もレオナルドたちの中心に居るはずの少女が、どうしてかエリゼオの目の前に、たったひとりで立っていた。




***




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