213 四人の護衛
とても質問する勇気が出ないまま、フランチェスカは空っぽになったバスケットの蓋を閉じた。
(だけど多分、これもレオナルドのやさしさのひとつだ。私がちゃんと拒絶しやすいように、自分本位なふりをしてる)
その想いにちゃんと報いたいと、フランチェスカは決意を新たにした。
一方で、慣れない駆け引きに緊張してしまうのは否めずに、ぎこちなく会話を軌道修正する。
「そ、それじゃあ……当分は儀式の準備をしながら、クレスターニの『洗脳されていない配下』を探さないとね! もちろん、エリゼオやおじいさんが洗脳されていないか、そっちにもちゃんと注意しなきゃ」
「……もうひとり」
レオナルドが、微笑みを消してぽつりと呟く。
「洗脳先として、十分に警戒しなくてはならない相手はいる。ロンバルディ家の当主、ならびに次期当主を警戒するのだとしたら……」
(あ。そっか)
思い浮かべたのは、エリゼオと同じ髪色をした、レオナルドの『主治医』たる白衣の人物だ。
(従弟であるエリゼオを脅かすほどに、優秀だった人。ゲームでは黒幕であるレオナルド側の人で、主人公には顔すらも明かされていなかった――……)
その男性も、ロンバルディの後継者たる資格を持っていたのである。
***
「…………」
カルロ・チェチーリオ・ロンバルディは、つい先日王室へ提出したばかりの報告書を、自身でも改めて読み直していた。
ここに書かれているのは、ラニエーリ家の当主の弟である青年、ダヴィードの治療記録だ。
カルロのスキルのひとつは、スキルによって負った心身への影響を治療するものである。ダヴィードには、先月の一件以来、定期的な治療を受けさせていた。
(……幼い頃から、洗脳を受けてきた青年。その影響は明白)
ダヴィードの状態は、非常に興味深いものと言える。
(このデータがあれば。恐らくは……)
そのとき、診療所の中にノックの音が響いた。
「…………」
急患の合図ではないことは、明白だ。
カルロは治療記録をテーブルに置き、白衣の裾を翻す。
そうして扉をゆっくりと開け、その客人を招き入れるのだった。
***
(えーっと……)
放課後、煉瓦造りの王都を歩くフランチェスカは、落ち着かない気持ちで周囲を見回していた。
陽が落ちるのが早い季節、周囲はすでに夕暮れの金色を帯び始めている。
すれ違う人たちは今日もみんな忙しそうで、けれども何処か明るいのは、街中が聖夜の雰囲気に包まれているからだろう。
街のあちこちには、色とりどりの装飾が施された美しいランタンや、聖夜を彩るオーナメントが飾られている。
そんな華やかな空気の中、街の人々に避けられているような気がするのは、フランチェスカの気の所為ではないだろう。
「ねえ、みんな……」
ぴたりと立ち止まってみたフランチェスカは、勇気を出して『彼ら』に尋ねる。
すると、フランチェスカと殆ど同時に立ち止まったレオナルドが、背中に手を添えてくれながらもにこりと微笑んだ。
「どうしたんだ? フランチェスカ」
「レオナルド……」
「ははっ。頬や耳が赤くなっていて、可愛いな」
温めようとしてくれたのか、レオナルドは手袋を付けた手で、フランチェスカの頬に触れてくる。
その手首をしっかりと掴んで離したのは、フランチェスカのお世話係であるグラツィアーノだ。
「お嬢に気安く触るなって、何度言ったら分かるんすか?」
「グラツィアーノ!」
フランチェスカを背中へ庇うようにして、グラツィアーノが割り込んでくる。レオナルドとグラツィアーノが間近に向き合う光景は、すでにお馴染みと化しつつあるものだった。
「俺はフランチェスカの婚約者だからな。可愛い『花嫁』が寒そうにしていたら、温かくしてやる義務がある」
「ご心配なく。お嬢の防寒は、当主が命じて作らせた外套マフラー手袋耳当て諸々がきちんとこなしてくれるんで」
「おい。やめんか、お前たち」
白熱しそうな攻防を止めてくれたのは、難しい顔をしたリカルドだ。
「こんな往来で、周囲の方々に迷惑を掛けるんじゃない。品格を落とすような振る舞いは、それぞれの家ばかりか国王陛下すらも汚す行為だぞ」
「ありがとう、リカルド……!」
そのとき、ほっと息をついたフランチェスカの後ろで、舌打ちが聞こえた。
「さっきから、揃いも揃ってみっともねーな」
「だ、ダヴィード?」
振り返った先では、冬の制服と外套を品よく着崩したダヴィードが、ものすごく機嫌が悪そうな表情で立っている。
「この寒い中、だらだらと美しくない言い合いをしてんじゃねーよ。立ち止まってる暇があんなら、さっさと帰れ」
「ダヴィードの言う通りだとは思う。……だけどみんな、ひとつ教えて。明日から期末テストが始まって、みんな勉強もしなきゃいけないはずだけど……」
先ほど途中になってしまった問いかけを、フランチェスカはすっと挙手してから口にした。
「四人とも、どうして放課後になったらこうやってずっと、護衛みたいに私を囲んでるの?」
「………………」
しん、と沈黙が辺りに満ちる。
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