212 贈り物
「それにしても。ゲームを順当に遊んでいれば、なんでも情報が得られる訳じゃないんだな」
「……うん、そうなの。たとえばルカさまのスキルなんかは、ゲームでも書かれてなかったし」
恐らくは、六章以降で語られるものだったのだろう。
全部で七章あると予告されていたメインストーリーのうち、フランチェスカが生きているうちに遊べたのは、五章までの内容に過ぎないのだ。
「ルカさまは入手できないキャラクターだったから、なんにも情報が無かったの。ゲームを遊んでいた人たちの間では、聖樹を守るスキルじゃないかって考察されてたなあ」
「考察? ……ああ、なるほど。ゲームとやらの先の展開を、受け取り手が予想して楽しむのか」
「レオナルドがどんなスキルを持ってるかも、色んな意見があったんだよ」
「はは。正解者がいたのか、気になるな」
レオナルドはそう笑ってみせるが、実際には全く気にしていないはずだ。
それでも、レオナルドにとっては信じ難いはずの話を、こうしてあっさりと受け入れてくれる。
「……レオナルド。『ゲーム』の話を疑わずに聞いてくれて、ありがとう」
「それはもちろん、全部聞くさ。君が、俺にだけ教えてくれる内緒話だ」
すっかりご機嫌の直ったらしいレオナルドは、悪戯っぽく目を眇める。
「それに、起こる出来事を知っていることで、私欲のために先回りも出来る」
「私欲?」
くすっと笑い、フランチェスカの横髪を耳に掛けるように触れて、囁いた。
「少しでも、君が俺の隣にいてくれる口実を作りたい」
「……っ!!」
儀式の花嫁役に任命された事実を思い出し、フランチェスカははくはくと口を開閉した。
「れ、レオナルド。もしかして、クレスターニを妨害する作戦のついでに、私にレオナルドを意識させようとしてるんじゃ……」
「はは。当然」
どれくらい本気なのか分からない微笑みで、レオナルドがフランチェスカの顔を覗き込んだ。
「……聖夜の儀式では、ウェディングドレスにも似た衣装を纏うよな」
「そ、そうだね」
それについては、ゲームでも触れられていた要素である。
「今頃は君の父君が、とんでもない形相でドレスを手配しているだろう。『花嫁』の分も俺が用意すると申し出たんだが、あっさり却下されてしまった」
(パパ……。レオナルドと抗争を始めずに居てくれて、本当によかった……)
だが、胸を撫で下ろしてもいられない。レオナルドは相変わらずフランチェスカを間近に見詰め、柔らかく笑う。
「……どんな髪型が、一番美しいかな」
「!」
フランチェスカの髪を梳きながら、レオナルドが目を眇めた。
「どうしたって、君は綺麗だ。……だから、想像の中で選ぶだけでも迷ってしまう」
「れ、レオナルドの方が、よっぽど綺麗だよ……!」
「そんなはずはないさ」
小さな声が、そっと紡がれる。
「愛おしいフランチェスカ。……俺の、大切なひかり」
「……!」
眩しくて温かいものへと注がれるまなざしが、フランチェスカの心臓を跳ねさせた。
「その小さくて可愛い耳に、触れてもいいか?」
「耳!?」
びっくりして瞬きをしてしまうが、自分自身の心に尋ねてみると、特に断るような理由は無い。
「えっと、う、うん」
「ありがとう」
戸惑いながらも頷くと、レオナルドの指が触れて、フランチェスカの耳殻を辿った。
(わ。くすぐったい……!)
思わず背中を丸めたからだろうか。レオナルドは、恐らくフランチェスカを怯えさせないように、ゆっくりと辿ってゆく。
「――数ある装飾品の中でも、耳飾りはその相手と会話をするときに、必ず目に入るアクセサリーだ」
「……っ」
くすぐるような触れ方は、すぐに終わる。
レオナルドは小さな笑みをこぼし、フランチェスカの耳たぶを、指でふにふにとあやしてきた。
「君は、誕生日などの特別な日以外は、他人から贈り物を受け取らないと決めているそうだが……」
「……だって、そういう決まりを作っておかないと、パパや構成員のみんなからのプレゼントで家が埋まっちゃう……」
くすぐったさに耐えながら、フランチェスカはぎゅっと目を瞑った。
「聖夜の儀式に参加することは、十分『特別』に値するだろう?」
「そ、それは、そうかも……」
「だから、君に耳飾りを贈りたい」
フランチェスカの誕生日は四月であり、レオナルドに出会ったばかりの頃だ。
そのときはまだ『友達』にもなっておらず、婚約者として例年通りの義務的な贈り物しかしていなかったことを、レオナルドは不覚に思っているらしい。
「だめ?」
「う…………」
間近にじっと見詰められて、フランチェスカはたじろいだ。
レオナルドはおねだりをするのが上手だ。間違いなく本人にもその自覚があって、こういうときは躊躇なく、その人懐っこさを発揮してくる。
「……じゃあ、『レオナルドがくれたのと同じ値段のものを、私からもプレゼントする』っていう決まりの中でなら、いいよ」
「…………」
すると、レオナルドは目を丸くしたあとに、心から可笑しそうに笑うのだった。
「っ、はは! それはずるいな、フランチェスカ」
「だってそうしないとレオナルド、とんでもない値段のものを平気でくれそうだもん……! 私のお小遣いで買えるものと釣り合う範囲だよ、約束!」
しばらく喉を鳴らしていたレオナルドが、フランチェスカから手を離しながら言う。
「君は、俺の行動や言葉のすべてに、誠実な返事をしようとしてくれるんだな」
「……レオナルド」
レオナルドの金色の瞳へ、何処か自嘲的な色が滲んだことに、フランチェスカはすぐに気付いた。
「君を抱き締めたいと願ったら、どんな答えを口にする?」
「……それは、駄目」
「うん。――分かっている」
物分かりの良い顔をしたレオナルドに、フランチェスカは慌てて告げる。
「あ、あのね、レオナルド」
これだって、ちゃんと言葉にしなくてはならない。
(私の持っている言葉で、上手く伝えられるかな? ……ううん、さっきも考えた通り。自信がなくても、黙っていて不安にさせるよりは、ずっと良いはず……!)
そう思い、勇気を出して口にした。
「駄目なだけで、嫌じゃないよ!」
「!」
レオナルドが、僅かに息を呑んだ気配がする。
「……だけど私、知ってるんだ。『嫌じゃない』っていうだけの理由で受け入れたら、レオナルドはきっと喜ぶふりをするだけで、本心では私のことを『無理やり言いくるめた』って考えるでしょ?」
「……フランチェスカ」
「きっとレオナルドは、自分のことを責めると思うんだ。……たとえば、私が今すぐにレオナルドと結婚するって言ったとしても、レオナルドは絶対にそれを受け入れてくれないよね」
すると、レオナルドは自分でもそんな想像をしたのか、ぱちりとひとつ瞬きをした。
「……どうして」
「分かるよ。それくらい」
今までは、『大親友だから』だと答えていた。
その言葉はもう使えない。けれども心からの本心を、フランチェスカはレオナルドに告げる。
「私だって、レオナルドのことをずっと見てきた」
「――――……」
たとえ親友でなくなっても、その事実は決して変わらないのだ。
「私はレオナルドに誠実でいたい。それとおんなじくらい、自分の気持ちにも誠実に向き合わなくちゃいけないの。……その上で出した答えじゃない限り、レオナルドには届かないはずだから」
だからこそ、戯れのような触れ合いだって、明確な線引きをするべきなのだろう。
「私は未来予知のスキルなんて持ってないけど……自分の頭で、未来のこと、ちゃんと考えるからね!」
「…………ああ」
レオナルドは、何処か安堵にも似た感情を窺わせる微笑みと共に、フランチェスカの髪へと再び触れた。
「君がきちんと俺を拒絶してくれるんだと分かって、安心した」
「……レオナルド?」
「本気で君を口説くことに、躊躇いがあったのは事実だ。君のひたむきさに、心からの感謝を」
フランチェスカの髪に、レオナルドの口付けが落とされる。
「せ……聖夜の儀式は、あくまでクレスターニ対策だよね? 儀式の『あれ』も、フリだけで本当にはしないよね!? ゲームでエリゼオとやったときは、そうだったし……!!」
「さあ。どうかな」
「どうかなって!?」
「だって、問題は無いだろう?」
レオナルドは鮮やかに笑い、フランチェスカへ挑むように告げた。
「君は俺の婚約者で、もうじき花嫁になるんだ。――逃がさないよ、俺の愛らしいフランチェスカ」
(……その『花嫁』って、どっちの意味……!?)