210 静かな殺気
「もしも儀式に失敗したら、聖樹は枯れちゃう。この国にはもう二度と、スキルを持った人が生まれなくなる」
フランチェスカの言葉を、レオナルドは頷いて肯定する。
「そうなれば、周辺国との均衡が保てなくなり、国防やあらゆる技術を他国に頼らなくてはならない。実質的な滅びを迎え、やがては吸収されてしまうだろうな」
実際にこの世界の歴史の上で、そんな滅びの一途を辿ってしまった国は少なくない。
「ただでさえ、ここファレンツィオーネ国には、特殊な事情まで存在する」
レオナルドがそう言いながら両手を合わせるのは、フランチェスカが以前、前世の作法を教えたからだ。彼は、サンドイッチを手にしてこう続けた。
「儀式を行えない国王に代わって、王族でもない一介の貴族家が、聖夜の儀式を務めるんだからな」
(……そう。ルカさまは基本的に、この国の聖樹に近付くことが出来ない)
その理由は、この国でたったひとりの王族であるルカが、特殊なスキルを使用しているからだ。
(聖樹がある大聖堂には、『すべてのスキル使用を禁止する』結界が張ってあるから)
国王ルカの使用するスキルは、国家機密として詳細が伏せられている。
フランチェスカたちが知っているのは、ルカがそのスキルの代償によって不老であることや、ルカがファレンツィオーネ国にとって唯一の王族であることだ。
(ルカさまが大聖堂に入ったら、そんなスキルも強制解除されちゃう。ルカさまが安全に入れるように、スキル使用禁止の結界を解くと、聖樹の守りが弱くなる……)
そんな状況を良しとせず、国王ルカは五大ファミリーの当主たちを信用して、儀式の代行を任せる決断を下したのだ。
「他の国では、国王さまや王子さまが、お妃さまと儀式をするのが普通なんだよね?」
「そうだな。国の存続に関わる聖樹を清めるなんて、王室の権威に関わる儀式だ」
商談で国外の要人とも接するレオナルドは、他国のことにもとても詳しい。
「五大ファミリーはそれぞれ侯爵位を持っている。下手に権力を持たせれば、国家転覆を企む輩が現れないとも限らないんだが……ん。相変わらず君の手料理は、全部美味い」
「よかった、いっぱい食べてね!」
レオナルドに気に入ってもらえたことを嬉しく思いつつ、フランチェスカは二切れ目のサンドイッチに着手した。
「フランチェスカ」
「んむ?」
「ゲームにおいてのロンバルディ家は、聖夜の儀式をどう見ていた?」
第四章のシナリオについて、レオナルドには既に話してある。
それでも敢えてフランチェスカに尋ねるのは、思考を整理するためだろうか。
「……知勇を信条とするロンバルディ家は、ゲームでは聖夜の儀式や聖樹のことを知るために、遂行者として名乗りを上げてた。だけど、エリゼオの目的は、他にもあって」
「うん」
エリゼオが、レオナルドという『黒幕』に興味を示していたことも、一ヶ月前にレオナルドに話した通りだ。
「ゲームのエリゼオは、『レオナルド』の考えを知りたくて、確実に狙われそうな儀式に参加したがっていたの」
それは、これまでの章で協力してきたキャラクターたちとは大きく違う、危うい思考だ。
「だけど、主人公と関わることで考えが変わる。エリゼオは黒幕側じゃなく、主人公に味方してくれることになる」
「……」
「この世界で、今のエリゼオの考えがどんなものか、どう変化するのかは分からないけれど……」
ゲームの中で、妖艶な笑みを浮かべたエリゼオのことを思い出す。
「クレスターニが聖夜の儀式を狙う理由は、ゲームでレオナルドの目的として書かれていたのと同じ、聖樹なんだと思う」
フランチェスカは俯いて、ブランケット代わりに膝へ乗せたマフラーの、その半分をレオナルドにも掛けつつ呟く。
「もしも聖樹をルカさまから奪えれば、クレスターニは、この国の王さまを名乗ることだって不可能じゃないもの」
「…………」
たとえば、聖樹に対して何らかのスキルを使い、クレスターニの手中に落ちたとしたら。
ルカがどれほど身を挺し、自国と民を愛して守ろうと、玉座は容易く崩れ去るだろう。
「クレスターニから『聖樹を枯らさない代わりに、この国の玉座を』なんて望まれたら……」
ほとんどの貴族は、自分の家にスキルを持った後継者が生まれなくなるくらいなら、王の挿げ替えを望むはずだ。
「レオナルド。ロンバルディ家の誰かが、クレスターニに洗脳されていたとしたら、どうすると思う?」
「なにがなんでも、聖夜の儀式に干渉したがるだろうな」
サンドイッチを綺麗に食べて、レオナルドは軽い声音で言う。
「俺から遂行者の地位を奪いに来るために、手段を選ばないかもしれない」
「…………」
やはり、レオナルドに儀式の遂行者になってもらったのは、失策だったのではないだろうか。
「あのね」
フランチェスカは言葉を選びつつも、まだ伝えていなかった出来事を口にした。
「実は昨日、エリゼオに会って、話したの。聖夜の儀式を自分がやりたいから、協力してほしいって頼まれて、それで……」
「……知っているよ」
「!」
思わず顔を上げてしまったのは、レオナルドの声色が変わったからだ。
浮かべているのは微笑みだった。それでも、満月の色をしたレオナルドの瞳には、何処か暗い光が滲んでいる。
「君の傍に居られないときだって、いつも君のことを考えている。だから、なんでも知っているさ」
「……レオナルド……?」
こちらに手を伸ばしたレオナルドが、昨日エリゼオに庇われた際、抱き寄せるために掴まれた肩口へ、するりと触れる。
まるで、フランチェスカの存在がきちんとここにある、その事実を確かめるかのように。
「――俺のフランチェスカに触れたら殺すと、そう釘を刺したはずなんだがな」
「…………っ」
エリゼオに向けられたレオナルドの殺気に、ぞくりと背筋が粟立った。
「………………こ」
だから、フランチェスカは大きな声で告げるのだ。
「断ったからね!」
「!」
月色をしたレオナルドの双眸が、それこそ満月のように丸くなる。
「エリゼオには! レオナルドのことが! 大事って言った!」
「フランチェスカ?」
「友達になろうって言われたけれど……レオナルドに言われたときと、全然違ったの。だから、ならなかった!」
フランチェスカは、ふんす、と強い気持ちで断言する。
「特別なのは、レオナルドだけだよ!」
「…………」
ぱちりと瞬きをしたレオナルドは、やがてその殺気を消し去って、とても柔らかな微笑みを浮かべる。
「…………うん」
それはまるで、小さな子供のように素直な表情だった。
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