表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

211/302

208 予想できない

【第4部2章】




 灰色をした冬空の下、赤い薔薇色をしたフランチェスカの髪とマフラーが、強い風によって靡いていた。


「……フランチェスカちゃんは、とても婚約者想いなんだね」


 微笑みを湛えたエリゼオは、淡い紫の横髪を、男性としては華奢な指で耳に掛ける。


「家の利ばかり考えて、自分本位な交渉を持ち掛けてしまった自分が恥ずかしいな。どうか、お詫びをさせてほしい」

「いいえ! どうか、お気になさらず」


 フランチェスカもにこりと笑い、まったく気にしていないということを態度で示した。


「ふふ、君は本当に優しいな。……レオナルド君が、君に無断でこんな話を進めていたと知ったのに、怒らないようだし」


 エリゼオは、あくまで穏やかな声で続ける。

 しかし、こちらに向けられた橙色の瞳は、獲物が罠に掛かるのを待っているかのような雰囲気を帯びていた。


「聖夜の儀式で花嫁役を務めることで、『アルディーニ当主の婚約者』である君の顔が、大司教を始めとした儀式関係者に知られてしまうというのに」

(……これは、脅しだ)


 表面上は心配するふりを続けながら、相手の不安を煽っている。

 裏社会の人間が、表立って危害を加えられない人などを相手に使う、常套手段とも言えるだろう。


(偉い人たちに『レオナルドの婚約者』として知られるほど、私は裏社会の人間としてしか生きられなくなっていく。私がそれを避けたがっていること、エリゼオは分かってるよね)


 確かに少し前までのフランチェスカなら、聖夜の儀式などという公の場に出ることは、全力で回避しようとしたはずだ。


(だけど、いつもは私を尊重してくれるレオナルドが、それに背いてでも聖夜の儀式を利用しようとしている。レオナルドとなら大丈夫だって、私が信じなくてどうするの)


 微笑みを作ったままのフランチェスカは、エリゼオに向けてはっきりと言葉を返した。


「心配してくれてありがとうございます。だけど、レオナルドとちゃんと話すから、それについても気にしていません」

「…………」


 そこで、エリゼオの表情が変わった。


「フランチェスカちゃんがそう言うなら、僕も安心だ」


 微笑みを浮かべているのは同じであるものの、そこに温度は感じない。

 薄い仮面を貼り付けたかのような、そんな顔だ。


「妙な相談をしてしまったね。この後も風が強いようだから、気を付けて帰って」


 エリゼオは作戦を切り替えるらしい。

 どうするつもりなのかは気になるものの、ひとまず今のフランチェスカには、やるべきことがあった。


「助けていただいて、本当にありがとうございました。それじゃあ、私はこれで!」

「うん。さよなら」


 深々と頭を下げたあと、フランチェスカはぱっと駆け出した。



「……この子も結局、予想の範囲を超えない程度の存在か……」



 エリゼオの呟いた言葉は、強風に掻き消されて届かない。

 そんなことよりもフランチェスカは、とある場所に走ってゆく。


「……フランチェスカちゃん?」


 向かったのは、馬車の迎えが来ている校門の方ではない。

 フランチェスカは、先ほど風で飛んできた太枝の所に向かうと、躊躇せずにむんずとそれを掴んだ。


(うわあ、すごく重い枝!)

「…………え」


 後ろの方で、エリゼオの声が聞こえた気がする。

 だが、振り返ることはしなかった。フランチェスカは、棘などが手に刺さらないように気を付けながら、自分の身長よりも長い木の枝をずるずると引っ張る。


(こんなのが体に当たってたら、間違いなく怪我してたなあ。そうしたらパパやレオナルドの命令で、明日には学校中の樹が伐採されてたかも……!)

「…………」


 恐ろしい想像に身を震わせる。フランチェスカには怪我よりも、そちらの方が一大事だ。


(エリゼオが助けてくれて、本当に良かっ……)

「――君、何してるの?」

「?」


 後ろから急に尋ねられ、振り返る。

 そこには、もう立ち去るかと思われたエリゼオが、きょとんとした顔で残っているのだ。


「木の枝! こんな所に転がってたら、また誰かが危ない目に遭うかもしれないでしょう?」

「それは、そうだけれど」

「用務員さんの所に持って行けば、暖炉に火を起こすときの焚き付けに使ってもらえるし、良いことだらけですから!」


 つい先日も、彼らが落ち葉を集めて焚き火をしているところを見掛けた。

 老齢の彼らが火を囲み、休憩をしながら語らっていた様子は、フランチェスカにとって前世の祖父を思い出させる。


「こういう焚き付けになる材料って、わざわざ学院の予算で購入してもらうほどでもないから、調達にちょっとした手間が掛かるって話してたんです……よいしょ、っと!」


 フランチェスカは気合を入れて、枝の端を肩に掛ける。

 つくづく重いが、こうして上手く背負えれば、用務員室までどうにか運べそうだ。


「それに、証拠隠滅しておかないと」

「しょうこいんめつ」

「私のパパやレオナルドが、学院中の樹を狩り尽くすまではやらないとしても、どの樹から折れた枝かくらいは調べそうなので……」


 どう考えても、確実に、その樹はきっと無事では済まない。


「木材を隠すなら薪の中。その上いずれ燃やしてもらえるなら、これを利用しない手はありません」

「…………」


 フランチェスカは、炎という自然の力の偉大さを噛み締めた。


「それじゃ! 今度こそさようなら、エリゼオさ……」

「待って」

「え?」


 足を止めると、エリゼオは少し困ったような顔をする。


「……これは、予想外だったかもな……」

「?」


 フランチェスカが首を傾げると、エリゼオはすぐにもう一度、先ほどまでと同じ微笑みを作った。


「……その枝は、生徒会執行部の人間に運ばせておくよ。雪もうっすらと積もっているのだし、女の子の力では危ないから」

「大丈夫ですよ? それに用務員さん、お礼にって焼いたお芋くれるし……」

「………………なるほど。これが初めてではないんだね」


 エリゼオは一度俯いて、それから再び顔を上げた。


「さっきの君の言葉も、生徒会長として気掛かりだ。確かに僕たち貴族の視点からでは、使用人たちが火を起こすために使うささやかな必需品にまで、気が回っていなかったかもしれない」


 エリゼオはそう言って、フランチェスカが肩に掛けた大きな枝を受け取り、下ろしてくれる。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。お願いしても良いですか?」

「うん。任せて」

「ありがとうございます!」


 こうなればエリゼオの言う通り、用務員たちの要望を聞いて、叶えてくれる力がある人に任せた方がいい。

 フランチェスカはそう判断し、今度こそ校門へと向かうことにした。


「それでは、今度こそ本当の本当に、さようなら!」

「……またね」


 馬車へと駆け出したフランチェスカには、エリゼオが小さく呟いた声は聞こえない。


「もしかして、やっぱりちょっと、変な子なのかな」


 もちろん、それに続いた言葉もだ。


「国王陛下の切り札。……レオナルド君の、婚約者……」




***




「レオ、ナル、ドー……っ!!」

「ははっ!」


 翌日、学院の空き教室でお弁当を広げたフランチェスカは、上機嫌な婚約者の前で頬を膨らませた。


「こうして手作りのサンドイッチを食べられる上、君のそんな可愛い顔まで見られるなんて、午後からでも登校してきた甲斐があった」

「可愛くないよ、聞いたの! 聖夜の儀式、レオナルドがやるって名乗りを上げたことも……」


 レオナルドに作ってきたサンドイッチを渡しながら、金色の瞳を覗き込む。


「最終的に、本当にレオナルドに決まっちゃったことも!」

「そう。そして儀式の花嫁役は、俺の可愛い婚約者(フランチェスカ)だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ