21 不要な気遣い
リカルドは、あくまで冷たい声音のまま問い掛けてくる。
「転入生といえど、俺やアルディーニがどういう家の人間かは知っているだろう。……この学院に、俺たちの同類が他にいることも」
リカルドはどうやら、フランチェスカもその一員であることには気が付いていないようだ。
そのことには安堵するものの、リカルドの言葉は穏やかではない。
「あの男が、他家にこうまであからさまな牽制をしたのはこれが初めてだ。ましてやそれが、ひとりの女のためにだというのだから、正直言って驚いた」
(別に、色恋沙汰の話じゃないんだけどな。私の素性を知らないんだから、そう誤解されてもおかしくないんだけど……)
レオナルドはきっと、リカルドたちに深読みされそうな、含みのある言い回しをしているのだろう。その光景が容易に想像できて、げんなりした。
「お前は、アルディーニの束縛を望んでいるのか?」
「はっ!?」
とんでもない質問をされて、フランチェスカは裏返った声を上げる。
「アルディーニに関わり始めたばかりで知らないのであれば、予め警告しておこう。あの男は残忍で冷酷、俺たちのような人間の中でも、殊更に危険な男だ」
(それはもう、ゲームでもそう描かれていたけど……)
リカルドは、ここにはいないレオナルドへの蔑みを、フランチェスカに向けながら続けた。
「おまけに自分勝手と来ている。細かな規律を守る気がないどころか、俺たちが命を懸けてでも守らなければならない『鉄の掟』すら、いずれはあの男によって破壊されるだろうな」
「……」
「裏社会で生きる人間の中でも、あの男の異常性は群を抜いている。お前も納得尽くなら構わないが、表の人間であるお前がアルディーニに捕われているのなら、それを解放するのは他家である俺たちの役目だ。……『裏の社会に属する者は、無関係の者に危害を加えてはならない』というのも、鉄の掟のひとつ」
その掟自体は、フランチェスカにも染み付いたものだ。前世で祖父から言い聞かされていた教えは、この世界の裏社会にも存在する。
「あんな男の傍に居ては、お前も破滅に引きずり込まれるぞ」
そしてリカルドは、やはり冷たく言い放つ。
「だから言え。レオナルド・ヴァレンティーノ・アルディーニに害されていると」
その青い瞳は、完全に瞳孔が開いていた。
リカルドは、フランチェスカの顔の横に手をつき、壁との間に閉じ込めてから告げてくる。
「――そうすれば、俺たちがあの男を『粛清』してやる」
「…………」
その瞳には、静かな殺気が滲んでいた。
リカルドがどれほど規律に厳しく、校則を守ろうと努めていても、根本的な部分が『表』とは違っている。
(……本当に、もう……)
フランチェスカは目を瞑り、小さく溜め息をついた。
「ありがとう。でも、平気」
「……なに?」
「自分に降り掛かる出来事は、自分でケジメをつけるって決めてるから」
リカルドが、不機嫌そうに眉根を寄せる。
「それに、都合よく抗争に利用されるつもりもないんだ」
「……お前……」
「アルディーニ家を粛清するための口実に、無関係である表の人間を使うのは、それこそ鉄の掟に抵触する行為じゃないかな」
「……俺の前で、掟について知った風な口を聞いてくれる」
リカルドの表情に、明白な怒りの色が生まれる。
けれど、フランチェスカは怯みもしない。
「私からも警告だよ、これからの動きには気を付けた方がいい。――アルディーニ家を粛清するつもりの行いでも、それこそがレオナルドの策略で、全部思い通りって可能性もあるんだから」
「!」
そう告げると、リカルドが目をみはった。
ゲームのシナリオでは、家同士の抗争を起こすことこそレオナルドの目論みだ。
そのためにフランチェスカを誘拐した彼は、五大ファミリーの秩序を乱し、そこから突き崩そうとしてくる。
「……手遅れだったか」
不快そうに顔を顰めたリカルドが、壁についていた手をぐっと握り込んだ。
「もうすでに、アルディーニに取り込まれているな?」
「まさか。黒薔薇に染まる気はないよ」
フランチェスカはけろっとして言い切る。
五大ファミリーは、それぞれの家を象徴する家紋の花と、王家に捧げた『信条』を持っていた。
たとえばフランチェスカのカルヴィーノ家は、血液を表す赤薔薇の家紋を持ち、信条は『忠誠』だ。どの家よりも王家に忠実であることを誓っており、その通りに行動している。
そして、レオナルドが当主を務めるアルディーニ家も、カルヴィーノ家と同じ薔薇の家紋を掲げていた。
ただし、こちらが赤い薔薇なのに対して、あちらの家は黒薔薇だ。
すべてを塗り潰す黒色は、アルディーニ家の重んじる『強さ』を象徴している。レオナルドの持つカリスマ性すら帯びた強さは、まさにアルディーニ家の当主たる振る舞いだ。
けれどもフランチェスカは、レオナルドにどんな力を振るわれたとしても、屈するつもりは一切ない。
(――何があっても)
そんな覚悟を見抜いてか、リカルドが低い声で尋ねてくる。
「……お前、何者だ?」
「…………」
フランチェスカは、上目遣いでふっと挑むように笑う。
「……私は」
そのあとに、視線を思いっ切り逸らしてから言った。
「………………何処にでもいる、普通の一般国民デス…………」
「……は?」
冷や汗をだらだらと掻きながらも、頑なにリカルドと目を合わさない。リカルドは慌てたように、フランチェスカを問い詰めた。
「い! いや待て、おかしいだろう!?」
「本当デス。わたし、裏社会のことはよく知らない、表の住人。なにも分からない。裏社会、コワイ」
「表の世界の住人は普通、俺の殺気を受けたら顔色を変えるんだ!!」
「えっ!?」
衝撃の事実を告げられて、思わずリカルドを見上げてしまった。
「たとえばそれは何色に!?」
「あ、赤とか青とか……」
(やばい、表の人はこういうとき顔色を自由に変えられるんだ!! 今度その練習をしないと、普通の平穏な暮らしに溶け込めなくなっちゃう……!)
フランチェスカが心のメモを取っていると、リカルドが舌打ちする。
「くそ、埒が開かん。悪いがお前、もう少し詳しく話を……」
「なにしてんすか?」
「!」
聞き慣れた声がして、フランチェスカはそちらを見遣った。
(うわあ、グラツィアーノ……!!)
ゆらりとした怒気を纏った弟分が、リカルドを見据えながら歩いてくる。




