206 断固拒否の構え
エリゼオの言葉の意図が分からず、フランチェスカはぐっと彼を見据えた。
「聖夜の儀式がどんなものか、フランチェスカちゃんは知っているかな?」
「……ミストレアルの輝石を使って、聖樹を清める儀式ですよね」
聖樹とは、すべての国々が一本ずつ擁している、神秘の力を持った大木だ。
(この世界に、『スキル』っていう魔法みたいな力が存在するのは、各国に一本ずつ存在する聖樹の加護だって言われてる)
それについては、ゲームでも言及されていたものだ。
そして、フランチェスカたちが暮らすこのファレンツィオーネ国は、遠くの国々とは異なる事情があった。
(この国と九つの同盟国は、元はひとつの大国だった)
しかし、今から三百年ほど前に、その大国は十に分かれたのである。
(そのとき、大国の聖樹はそれぞれに株分けされて、十カ国それぞれが分かち合ってる。……だからこそ十ヵ国の聖夜の儀式は、同じミストレアルの石を使って行われるんだよね)
それ自体は、ゲームでも説明されていたことだ。フランチェスカは十分に注意を払いながらも、当たり障りのない常識を答える。
「聖夜の儀式は、五十年に一度行う必要があるんでしょう? この国ではルカさま……国王陛下の代わりに、五大ファミリーの当主かその後継者が、儀式を務めるって聞いています」
「ふふっ」
エリゼオは何故だかおかしそうに笑い、こう続けた。
「――聖夜の儀式は、いわゆる『結婚式』によく似ているよね」
「だって、それは……」
フランチェスカは警戒しつつも、小さな子ですら知っている事実を口にした。
「この世界の結婚式は、『聖夜の儀式』を真似したものだからでしょう? 王さまとお妃さまが、大聖堂で司教さまに導かれながら、神秘的な誓いの儀式をする……」
前世の日本がそうだったように、この世界で十二月という月を迎えると、恋人たちは何処かそわそわし始める。
幸せな忙しなさに街が包まれて、寒くても何処か暖かい、そんな雪景色が広がるのだ。
それもすべて、十二月に行われる聖夜の儀式が、結婚式の起源となっているからだろう。
(――――レオナルド!)
そこまで思考を巡らせたところで、フランチェスカははっとした。
『ゲーム四章の終盤は、こんな風に進むの』
魔灯夜祭を乗り越えた秋の終わり、フランチェスカがソファーの隣に座るレオナルドに話したことの中には、聖夜の儀式についても含まれていた。
『主人公とエリゼオによる聖夜の儀式は、「黒幕」と繋がっていた司教さんに妨害されちゃう。その所為で、大切な聖樹が「黒幕」の手中に落ちそうになる……』
『その司教は、儀式を見届ける人間か?』
『ううん』
こちらを見詰めながら尋ねたレオナルドに、フランチェスカは頭をふるふると振った。
『違う人だよ。ゲームでは、はっきりと顔や名前が描かれなかったの』
『なるほど。司教という立場を持つ人間のうち、誰が敵になるかは分からない、ということだな』
『だけど、今までもそうだった。ゲームで設定されている悪役の裏で、クレスターニに洗脳された意外な人物が、本当の敵で……』
ゲーム第一章の黒幕として現れるのは、悪党であるレオナルドだ。だが、実際に薬物事件を起こしていたのは、クレスターニに洗脳されたリカルドの父だった。
第二章では、顔も姿もはっきりと描かれない暗殺者が、ゲームにおいての敵だ。しかしこちらも、グラツィアーノの父を殺そうとしていたのは、他ならぬグラツィアーノの父自身だったのである。
『第三章の犯人は、ゲームだとラニエーリ家の使用人なのに。この世界での実行者は、ダヴィードだった』
『第四章でも、同じ展開になる可能性がある、ということになるな』
フランチェスカの言いたいことを、レオナルドはいつも察してくれる。
『――ねえ、レオナルド』
だからこそフランチェスカも、自分なりに必要だと感じたことを、レオナルドにきちんと告げることにした。
『私、エリゼオと聖夜の儀式には参加しないって、約束するからね』
『………………』
レオナルドが、ぱちりと瞬きをする。
『……そんなに顔に出ていたか?』
『顔? ううん、そうじゃなくて』
首を傾げたフランチェスカは、少々の恥ずかしさを感じつつも、どうにか言葉を継いだ。
『……他の男子と、結婚式みたいな儀式をしたりしないって、ちゃんと伝えておきたくて……』
『………………』
レオナルドの表情から微笑みが消えて、フランチェスカは心底慌てる。
『自意識過剰だったらごめん!! もしかしたら、レオナルドにそういう心配をさせてるかもって、なんとなく思っただけだったの!!』
『……フランチェスカ』
レオナルドは、やがて穏やかに目を細め、フランチェスカの髪を撫でながら言った。
『俺はどうあっても、君の前で隠し事を出来ない運命らしい』
(絶対に、見抜けてない隠し事の方が多いはずだけど!)
内心で、ひっそりとそんなことを考える。
『君がエリゼオと結婚式の真似事をすることになったら、俺はあいつを殺してしまうかも』
『だ、大丈夫、しないよ! それと、もししたとしても殺しちゃ駄目だよ!』
『はは、善処しよう。とはいえ』
レオナルドは目を眇め、フランチェスカの瞳をじっと覗き込む。
『君はこれまで、ゲームのイベントとやらを回避しようとしてきた。それでも大枠は似た出来事が発生して、結局は筋書きをなぞるんだろう?』
『う……っ』
『聖夜の儀式を拒否しようとしても、出来ない何かが起こり得る可能性もある。君はいつのまにか不可抗力で、エリゼオの花嫁役を務めることになるかもしれない』
『ううう……』
それについては、確かにレオナルドの言う通りではあった。
けれどもフランチェスカは、強い意志を宿してレオナルドに告げる。
『だ、大丈夫だよ! 絶対に、断固、断るから!!』
するとレオナルドは、フランチェスカの髪を指で弄びながら、とても嬉しそうに笑ったのだった。
『ありがとう。――後はただ、俺に任せてくれればいい』
『?』
一月ほど前のやりとりを完全に思い出して、フランチェスカは頭を抱えた。
(レオナルド…………)
「フランチェスカちゃん?」
目の前のエリゼオが首を傾げるが、今は反応できそうもない。
(……レオナルドはきっと、私が聖夜の儀式から逃げ切るのは無理だって考えた。だから、『花嫁の相手役』をエリゼオじゃなくて、自分にする方を選んだんだ……)
その可能性に辿り着き、ここ数日のレオナルドの振る舞いに納得する。