205 聖夜の儀式
ゲームの主人公は、そんなエリゼオの考え方に、驚きと少しの恐怖心を抱いていた。
それこそがフランチェスカの危惧している、ゲームのエリゼオとレオナルドのあいだの因縁だ。
『未来が見えるスキルを持っていると、世界のことがよく分かるんだ。愚鈍な人間、何も見通せない人間、私欲しか考えていない人間……そうした人たちで作られる場所が、どれほど醜いかを』
エリゼオは、未来視というスキルに恵まれただけではない。
その頭脳によって、人よりも多くのことが見える彼は、きっとうんざりしていたのだろう。
『未来を変える力も、意思も行動力もない人たちの相手は、正直なところ飽き飽きしていてね。それなら、世界を変えられるたったひとりの優秀な「悪党」の方が、ずっと魅力的だ』
柔和な笑顔の下に、そうした危うさを秘めたエリゼオは、至って楽しそうに口にする。
『僕たちがレオナルドくんに与したら、この国はどんな未来を辿るのか、知りたいような気もするんだよ』
『……そんなこと、冗談でも口にしちゃ駄目です……!』
『だったら……』
ゲームのエリゼオは、主人公に向けてやさしく微笑み、その手を差し伸べる。
『――君が、僕という人間の未来を変えてみせて』
『……っ』
聖夜の儀式に挑む中、主人公はエリゼオと接しながら、彼の背景を知ってゆくのだ。
ロンバルディ家の厳格な老当主や、無能の烙印を押されて死んだエリゼオの父。
そして、熾烈な後継者争いを繰り広げることになった従兄弟であるカルロの存在が、エリゼオの考えに影響を与えているとされていた。
(メインシナリオで関わるキャラクターの中でも、『黒幕側に思想が近い』とされていたのがエリゼオだ。……ゲームのレオナルドと似たもの同士の考えを持っていて、レオナルドたちへの敵対感情が少なかった)
確かにこうして対峙してみれば、出会ったばかりのレオナルドに感じたような警戒心を抱いてしまう。
「もういいよ、お前たち。今はフランチェスカちゃんとお喋りをしたいから、さっさと消えてくれるかな」
「はっ、仰せの通りに……!!」
エリゼオがようやく足を上げ、踏み付けていた構成員を解放してやる。他のふたりが彼を支えながら、逃げるように校舎へと戻って行った。
「ふふ。余計な邪魔が入っちゃったね」
「あの先輩たち、大丈夫なんですか……?」
「もちろん。それに、僕がこれくらい大袈裟に叱っておいてあげた方が、後でお祖父さまのお叱りを受けずに済むんだよ」
(その割には、踏みながらすっごく楽しそうだったけど!)
尤もらしいエリゼオの説明も、鵜呑みにすることは出来なかった。
(しかもグラツィアーノいわく、エリゼオは私がカルヴィーノの娘だってことを知ってる。誤魔化して逃げたって、なんの意味もないなら……)
フランチェスカは深呼吸して、エリゼオに頭を下げる。
「改めて、助けて下さってありがとうございました」
「いいんだよ。どうか、そんなに畏まらないで」
エリゼオは儚げな微笑みと共に、フランチェスカへやさしく告げた。
「急に抱き締めたりして、怖がらせていたらごめんね?」
「いえ。声を掛けていただくのでは、間に合わなかったかもしれません」
飛んできた枝にぶつかって怪我をしただなんて、そんなことになったら一大事だ。この学院からすべての木を消滅させてしまいそうな面々の顔が、フランチェスカの脳裏に浮かぶ。
「そう言ってくれてありがとう。だけど」
エリゼオは、くすっと微笑んで目を眇めた。
「――君の婚約者に知られたら、僕は殺されてしまうかも」
「!」
そう言って、くちびるの前に人差し指をかざす。
「だって、レオナルド君はすごく君を大事にしている。彼がこんなに執着する存在なんて、世界にたったひとりだけなんだろうな」
「…………」
「ねえ、フランチェスカちゃん」
フランチェスカの警戒なんて無視をして、エリゼオは自由に話し始めた。
「当主会議で、君の婚約者が何を提案しているか知っている?」
(……提案?)
強い風が、フランチェスカとエリゼオの髪を靡かせる。
「レオナルド君は、他の当主たちに宣言したよ」
エリゼオは、紫色の横髪を耳に掛けながら、その美しい微笑みを深めた。
「――聖夜の儀式は、自分が『婚約者』と共に行うと」
シナリオに背くレオナルドの行動に、フランチェスカは目を丸くした。
「どうやら、レオナルド君には見抜かれていたみたいだ。……我がロンバルディ家が、僕を聖夜の儀式の遂行者として、名乗りを上げようとしていたことも……」
一歩ずつフランチェスカに歩み寄りながら、エリゼオが首を傾げて笑う。
「僕の『花嫁役』となる女の子に、フランチェスカちゃんを指名しようとしていたことも、全部ね」
「…………っ?」