204 知勇の後継者
守ってもらったのは間違いない。
けれどもフランチェスカは我に返り、即座にその場へと膝をついた。
「おや?」
(よいしょ、っと……)
そうすることで、腕の中からするんと抜け出す。不意をつかれたエリゼオは、不思議そうに目を丸くした。
「ふふ、驚いたな。こんなにあっさり逃げられちゃうなんて、思わなかった」
(後ろから捕まった時の逃げ方は、何通りかあるけど……相手が油断してくれてると、このくらいで抜け出せて便利だね)
誘拐慣れしているフランチェスカは、そのままエリゼオから距離を取り、背中を見せないように向き合った。
「危ないところを、助けていただいてありがとうございました」
じりじりと後ろに下がりながらも、表面上はにこりと笑みを浮かべる。
するとエリゼオも同じように、内心では何を考えているか分からない微笑みを返してくるのだ。
「初めまして、エリゼオ・ノルベルト・ロンバルディだよ」
エリゼオが少し首を傾げるだけで、さらりと髪が揺れる。
「僭越ではあるけれど、この学院では生徒会長を務めている。こうして挨拶するのは、初めてだよね?」
「……はい……」
フランチェスカは警戒心をあまり隠さず、ぎこちなく頷いた。これまでずっとエリゼオを避けていたことは、誤魔化そうとするだけ無駄だからだ。
(こうして近くで見ると、絵画のモデルになりそうなくらい、中性的で綺麗な見た目だなあ……)
儚げな容姿をしたエリゼオの顔立ちは、ともすれば美少女のそれにも見えるものだった。
薄紫の睫毛が硝子細工のようで、きらきらと光を帯びているように錯覚する。
それでいてグラツィアーノと同じくらいの身長や、喉仏などの各所に見えるおうとつから、十七歳の男子学生らしさを感じるのだった。
(ゲームの第四章で、主人公と行動を共にするエリゼオ。一時間くらい先の未来を予知するスキルもかなり珍しいものだけれど、シナリオとして特徴的なのは、レオナルドを……)
そのときだった。
「エリゼオさま!!」
校舎から出てきた三人の男子生徒たちが、エリゼオの元に駆け寄ってきた。
「エリゼオさま、お怪我はありませんか!?」
(あのバッジの色、三年生だ)
制服についている石の色で、何年生かが判断できる。フランチェスカやエリゼオよりも背の高い彼らは、いかにも護衛らしい体格をしていた。
(ロンバルディ家の構成員みたい。それに、生徒会執行部のメンバーなのかな)
「申し訳ありません、我々がついていながら……!」
血相を変えた三年生たちは、エリゼオの足元に跪く。
まるで、姫や王子に傅く騎士のようだ。エリゼオはそんな彼らを見下ろして、にこりと笑う。
「駄目じゃないか、お前たち」
(あ!)
フランチェスカが目を見開いた、直後のことだ。
「ぐあ……っ!?」
エリゼオの革靴が、構成員の肩口を踏み躙った。
「……お仕置きをしなくちゃ、いけないね?」
「っ、エリゼオ、さま……!!」
エリゼオの浮かべた微笑みは、何処か妖艶で無邪気だった。
構成員を踏み付けながら、エリゼオはくすくすと肩を震わせる。地面に押し付けられた仲間の傍で、残るふたりの構成員たちが俯いて、身を固く強張らせていた。
「校内の安全を維持するのだって、僕たち生徒会執行委員の大切な仕事だろう? まさか、お前たちに見回りを任せた結果、折れそうな枝があるのを見逃して女子生徒に怪我をさせかけるなんて」
「ぐ、申し訳、ありませ……」
「お前たち三年生はもうすぐ引退だけれど、校内の見回りで手を抜いちゃ駄目だよ。こうやって無様な姿を晒すことは、ロンバルディ家の名を穢すことにも繋がってしまうからね」
エリゼオの紡ぐ言葉は、とても穏やかで優しいものだ。それなのに、空気がぴりぴりと張り詰めている。
「ほら。ちゃんと僕の目を見て、言ってごらん」
その微笑みは、愚かな罪人を導く女神のように美しい。
それでいて、小動物を遊びながら握り潰す子供のように、無邪気でありながら危ういものだ。
「――『ごめんなさい』は?」
「…………っ!!」
構成員たちに注がれたのは、紛れもない殺気なのである。
「も……申し訳ありません!! 申し訳ありません、エリゼオさま、どうかお許しを……!!」
「エリゼオさま……!!」
(……他家のやり方に、口出しは出来ない)
ぎゅうっと強く手を握りしめて、フランチェスカは自分を押し留める。
(だけど、エリゼオの容赦の無さは、やっぱりゲームのレオナルドによく似てる……)
フランチェスカの脳裏に過ぎるのは、ゲーム四章のワンシーンだ。
『――この国を破滅に追い込もうとするレオナルドくんに、興味があるんだ』
ゲームのエリゼオは、『黒幕』であるレオナルドに対して、共感と賛同を示したのである。
『だって彼は、未来を変える力を持っている。圧倒的で、他者を惹き付けて服従させる、そんな強い力を』
『っ、エリゼオさん……』
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