202 恋人
とはいえフランチェスカの知る限り、それがレオナルドに影響を及ぼすとは思えない。不思議に思ったままでいると、レオナルドがくすっと笑う。
「ごめん。秘密にしていることが多すぎて、君を不安にさせてしまったな」
「……『いまは秘密』って言い方なら、すぐに教えてくれるつもりでいるんでしょ? さびしいけど、不安にはなってないよ」
「だが、先ほどから何処か緊張しているだろう?」
「っ、こ、これは……!」
意識しないようにしてきた問題を指摘され、フランチェスカはとうとう口にした。
「……さっきから、レオナルドが髪にキスなんかして、恋人みたいに接してくるから……!!」
「っ、はは!」
反論を絞り出したフランチェスカに、レオナルドは嬉しそうな顔をした。
「以前の君なら、これも友情だと受け止めていただろうが……」
「う……」
お互いの鼻先が触れ合いそうなほどに近付けて、こんな風に揶揄ってくる。
「……俺のこと、意識してくれているんだ?」
「…………っ!!」
何処か意地悪な質問ですら、レオナルドの大人びた雰囲気と合わさって、言いようのない色香を帯びているのだ。
「す、するよそれは!! だって、ちゃんと考えるって約束した……」
背筋がかちこちに固まって、緊張どころの騒ぎではない。けれどもフランチェスカは、どうにかレオナルドに告げる。
「……レオナルドが、私とどんなことしたいのか、知っておきたい……」
「…………」
レオナルドが、緩やかに目を細めた。
フランチェスカの頬に手を添え、親指で頬をするりと撫でながら、くすっと笑ってこう紡ぐ。
「…………やっぱり可愛い」
「〜〜〜〜……っ!?」
その微笑みに、思わず息を呑んでしまった。
「『恋人みたい』に振る舞うなら、まだまだこれくらいでは許してあげられないな」
「ま、待って、それはまだ駄目!!」
「はは。分かっているよ」
顔の前で人差し指を交差させたフランチェスカを、レオナルドは微笑ましそうに見遣るのだ。
「あんなキスは、もうしないさ。……俺のことを、好きになってくれるまで」
「ううう…………!」
フランチェスカは一ヶ月の間、レオナルドのこんな振る舞いに、ずうっと振り回されている。
***
その翌日、放課後の校内でリカルドと鉢合わせたフランチェスカは、思い切って切り出してみた。
「じ、実はねリカルド」
「?」
冬の日没は早い。この時間帯の生徒たちは、それぞれに部活や寮に向かったり、すっかり帰路についている頃合いだ。
他に誰の気配もない校舎の中で、フランチェスカはリカルドを見上げた。
(この一ヶ月、リカルドには言えてなかったけど。話すなら多分、今しかない……)
昨晩あった当主会議の影響か、レオナルドは学院を休んでいる。
それは珍しいことではないが、このところはレオナルドが居ない日は、リカルドも登校していないことが多かった。
そのため、リカルドとふたりだけで会う機会がなかったのだ。
今日はひとりで下校する予定だったフランチェスカは、リカルドと共に校舎の出口へと向かう階段の途中、決死の覚悟でこう告げる。
「……私とレオナルド、もう友達じゃないんだ……!」
「……それは俺には最初から、そう見えていたが」
「があん!!」
思わぬ答えに、外套の上から左胸を押さえた。
「ど、ど、ど、ど……っ」
「……フランチェスカ? まさか具合でも悪いのか!? 待っていろ、養護室の教員を……!」
「げ、元気だよ!! ちょっとショックで動揺しただけなの、大丈夫だから……!!」
フランチェスカはぷるぷると震えてしまいながらも、リカルドに確認する。
「友達じゃないように見えていたって、どうして……?」
「それはそうだろう。毎朝待ち合わせて共に登校するのも、放課後をふたりで過ごすのも、休み時間に無人の教室で昼食を摂るのも――……」
手すりに手を添えて階段を降りながら、リカルドは言う。
外套の襟どころか、マフラーの両端まできっちりと整えられた冬服姿で、生真面目な彼がこう続けた。
「男女の場合は往々にして、恋仲の場合に行なうことだが」
「そうだったの!?」
思わぬ事実を明かされて、フランチェスカに再びの衝撃が走った。
(ぜんぶ私がレオナルドに、『友達と一緒にやってみたい』ってお願いした内容……! 本当に今までずっとごめんね、レオナルド……)
今日は会えていないレオナルドに、心の中で深く謝罪をする。一方で、リカルドは少し呆れた様子だ。
踊り場まで降りてから立ち止まり、階段の途中にいるフランチェスカを振り返る。
「お前、やはり距離感のおかしさに気が付いていなかったのか……」
「リカルドもごめん……。それを突っ込まないでいてくれたっていうことは、なんだか色々と気遣わせちゃったってことだよね……?」
あるいは、レオナルドから何か釘を刺されていたりはしないだろうか。リカルドはなんでもない様子で、フランチェスカが踊り場まで降りてゆくのを待ってくれる。
「学生らしい節度を保っているのであれば、風紀委員としても言うことは無い。そもそも、お前はアルディーニの婚約者だしな」
「……婚約者……」
生まれたときからの肩書きを、こんな心境で意識することになるなんて思わなかった。
だが、一ヶ月前に『向き合う』と決めたあの決意を、決して後悔はしていない。
(私が考えなくちゃいけないのは、レオナルドの告白のこと。それから……)
ゲームの主人公として生まれ変わった自分のことを、しっかりと受け止めて背筋を正す。
「……引き止めちゃってごめん。リカルド、今日も当主会議なんだよね?」
「気にしなくていい、時間にはまだ余裕があるからな。……それにその……なんというか、今回の議題は、当家の出る幕でもなさそうだ」
(……リカルド、なにか誤魔化した? 一体何の話し合いをしてるんだろ。レオナルドが今日お休みなのも、その件だろうし……昨日帰ってきたパパも、すごい顔してたし)
今日の朝、父に聞いたところによると、昨日の会議は結論が出ないままに終わったのだそうだ。
当主会議において、そうしたことがあるのは珍しい。各ファミリーは対等といえど、それぞれの家に得意な領分や管轄があり、議題ごとに自然と流れが決まっていくはずだ。